決められた時間に大浴場へ行き入浴を済ませ、今は大部屋に戻ってきている。わたしは早速、今日買ったお守りを取り出し、財布につけていた。
「苺樺、一階のお土産コーナー見に行こうよ」
「うん」
かおりちゃんに誘われて、財布を手に部屋を出る。今は自由時間。
就寝時間までは、旅館内ならば基本何をしても構わなかった。もちろん、他のお客さんの迷惑にならないことが前提で。
「髪を下ろしてるのも可愛いね。いつもはツインテールだから、新鮮」
「ええっ、あ、ありがとう。お風呂の後はいつもこうだから、何も考えてなかった」
「良いの良いの。似合ってるんだから。あたしも伸ばしてみようかな」
肩口で揺れるかおりちゃんの髪。今でも十分似合っていて可愛いけど、長い髪のかおりちゃん……見てみたいかもしれない。
「何があるんだろうね。あ、おまんじゅうは買って帰ろっと。苺樺は?」
「わたしも何か食べる物が良いな。お母さんが、クッキーかおまんじゅうが良いって言ってたし」
「家族にってところが、苺樺らしいね」
二人でおしゃべりしながら、目的地へ辿り着く。おまんじゅうやサブレ、クッキーとたくさん箱積みされていた。
「見て、鹿の形してる」
「本当だ。可愛い」
かおりちゃんの手には、既におまんじゅうの箱があった。決めるのが早い。さすがかおりちゃん。
「ポストカードにコップもある。いろいろあるね」
「エコバッグだ。こっちにはキーホルダーも」
「苺樺は、ゆっくり見てていいよ。あたし、先にレジ済ませてくるね」
「あ、うん」
いつのまにか、かおりちゃんの手にはお土産が三、四点ほど。対するわたしは、何も決められていない。
かおりちゃんの背を見送って、わたしもそろそろ決めなければと思った時だった。
「あれ、佐藤だ」
「木村くん。と、吉田くん」
二人の登場に少し驚きつつも、嬉しくなる。もう今日は会えないものと思っていたからだ。
「お、見ろよ、これ。鹿のぬいぐるみ!」
枕の大きさくらいのぬいぐるみを見つけてはしゃぐ木村くん。戻ってきたかおりちゃんに窘められていた。
「佐藤もお土産?」
「うん。クッキーにしようかなって。吉田くんも?」
「おれは、名津に連れて来られた」
「そっか」
鹿の形をしたクッキーを手に取る。可愛い。これにしよう。
あとは、ストラップかキーホルダーが欲しいな。可愛いやつ。
そう思い眺めていると、ふらりと吉田くんが隣に立った。
「鹿、好きなの?」
「え?」
「だって、クッキーもキーホルダーも、鹿ばっかり」
「あ……」
手にしているものを指摘されて、改めて手元へ視線を落とす。
確かに、持っている物はすべて鹿だった。
「鹿というか、可愛い動物が好きかな」
「ふうん? さすが、真面目な飼育委員だね」
からかい口調の吉田くん。言葉の意図が掴めず黙っていると、ひょいと陳列されているストラップへ手を伸ばしていた。
「おれも、これにしよう。佐藤とお揃い」
「え……」
固まるわたしを置いて、吉田くんはレジへと向かってしまう。
色違いのストラップ。吉田くんと、お揃いの思い出。
急に、手に持ったストラップが愛しくなった。キリッとした顔の鹿を、そっと握り締める。
嬉しい。何気ない気紛れだとしても、わたしには関係ない。こんなことが、幸せだ。
わたしは、買ったストラップを大事にすると決めた。元々、乱雑に扱うつもりなんてなかったけれど、他の何よりも大切にしようと思った。
そのまま吉田くんたちと別れ、大部屋に戻る。もうすぐ就寝時間だ。
楽しい修学旅行の、一日目の終わり。幸福感に浸って眠れる。
そう思っていたわたしの耳に、女子たちのざわめきが届いた。
「え、吉田くんと占いしたの?」
「いいなー。いつのまに」
輪の中心にいるのは、松井さん。五、六人に囲まれているその表情を見て、旅館へ向かう前のことを思い出した。
吉田くんと二人、遅れてきた時のことを。
「どんな占いなの?」
「水占いよ。紙を水に漬けたら、文字が浮かび上がるの」
「そんなのあったんだー。私もしたかったなー」
「ねー、羨ましい。で、どうだったの? 何が出たの?」
結果なんて、聞かなくてもわかる。嬉しそうに話す彼女を見ていられなくて、わたしはこっそりと大部屋を後にした。
「どうしよう……」
思わず出てきてしまったが、行く当てなどない。就寝時間になれば、先生も部屋へやってくる。それまでには戻っておかなければ。
少し散歩したら戻ろう。そう決めて歩く。
エレベーターで一階へ。そのまま玄関から外に。
敷地外へ出るつもりはない。ここには、庭が広がっている。
この場所なら、気兼ねなく時間を潰せると思った。
「月だ……」
見上げた空は、晴れていた。月が、頭上で光っている。
時折吹く風に髪を遊ばせながら、目を閉じた。
穏やかな時が流れる。こうしていると、心が落ちついた。
だけど、寒い。上着を置いてきたことを、後悔した。
「誰かと思ったら、佐藤か」
名を呼ばれ、弾かれるように振り返る。
わたしが、声を間違えるはずがない。そこには思った通り、吉田くんが立っていた。
「佐藤も散歩? 気が合うね」
「う、うん。ということは、吉田くんも?」
「あいつら、枕投げ始めたからさ。ドタバタするから、逃げてきた」
迷惑そうな顔で溜息を吐く吉田くん。彼には悪いが、わたしはくすりと笑っていた。
それにしても、驚いた。ここでまた会えるなんて。
だけど、お土産を買った時とは違う。素直に心から喜べない。
松井さんの話が頭を過る。気になって仕方がなかった。
「疲れた?」
「え?」
「なんか、元気ない」
じっとまっすぐに見つめられて、わたしは言葉を失ってしまった。
不思議そうな吉田くんの顔。何か返さなければと思うのに、何を言ったらいいのかわからなかった。
「そういえば、山本は一緒じゃないんだ?」
「う、うん……」
「一人でいるなんて珍しい。何かあった?」
「う、ううん……ちょっと、散歩したかっただけ……」
言えない。みんなの会話を聞きたくなくて出てきたなんて、無理、言えない。
だって、どんな話か聞かれたら終わりだ。そんなこと言ったら、バレてしまう。
だけど、聞きたい。一緒に占いしたの? って。
どうして、一緒にしたの? もしかして、吉田くんは、松井さんのこと――
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