中学生になっても続いたら良いのにと、この時のわたしは思っていた。


◆◆◆


 十一月になり、わたしたち六年生はビッグイベントを迎えていた――修学旅行である。

 わたしたちが今いるのは、奈良県だった。

 社会科の授業で習った場所を実際に見られて、不思議な心地になる。

 初めての場所で緊張するけれど、かおりちゃんが隣にいてくれて、とても心強かった。

「かおりちゃんと班行動できて、嬉しい」

「ああっ、もう……苺樺! 可愛い!」

 ぎゅうっと抱きしめられ、えへへと嬉しくなる。

 それを見た同じ班の木村くんが、「うげ」と声を上げていた。

 途端、かおりちゃんの瞳が鋭くなる。

「何よ」

「何だよ。何も言ってねえだろ?」

「嘘。今、『うげ』とか言ったでしょ」

「……逃げろ」

「あ、待てー!」

 どうもこの二人は、どこにいても変わらないらしい。走り回っていた二人は、先生に注意されていた。

「相変わらずだな」

 隣に立った吉田くんは、二人を見て小さな笑みを浮かべている。

 彼のわずかに動く表情に気付けると、どうしようもなく嬉しく感じた。

 夏休み前よりもずっと話す機会が増えたし、仲良くなれていることを感じられて、胸に温かいものが広がるようだった。

「吉田くん、あっち見に行こう」

 ふいに現れたのは、松井さん。彼女も同じ行動班のメンバーだ。

 隣に戻ってきたかおりちゃんが、浮かない顔をしている。

「相変わらず、露骨……逆に尊敬するわ。苺樺、吉田取られちゃったね」

「あっちに何かあるのかな? かおりちゃん、わたしたちも行こう?」

「……苺樺は、そのままでいてね」

「かおりちゃん?」

 急にどうしたのだろうか。首を傾げるものの、結局わからなかった。

 朝に奈良県入りしたわたしたちは、平城宮跡へいじょうきゅうせき法華寺ほっけじなどを見て回っていた。そうして今、バスで春日大社かすがたいしゃに来たのだ。

 広いから、できるだけ固まって行動するようにと言われている。

「せっかく吉田と同じ班になれたのに、ずっと木村や松井さんに取られてるね」

 わたしたちのクラスの班は、平均六名の編成だ。女子が男子よりも多いクラスなので、どうしても偏りが出る。

 わたしたちは、かおりちゃんと片山さん、松井さんに木村くん、吉田くんのメンバーで組んでいた。

 行動班を決めるのは、一筋縄ではいかなかった。みんな吉田くんと組みたがったし、好きな子同士が固まったから、人数の調整に時間が掛かった。だから一緒の班に決まった時は、すごく嬉しかった。

「でも、一緒に班行動できるから。それだけでも嬉しいよ」

 本当は、ちょっと嘘。吉田くんと、もっと話がしたいと思ってる。

 だけど、一生懸命な松井さんのこともすごいって思うから、上手く行動できないでいた。

「わあ、鹿がいる! 可愛い」

「そうだ。ここって、縁結びの神様がいるんだって!」

「え、そうなの?」

「お守りがあるらしいよ。見つけたら欲しいなあ」

 かおりちゃんの情報に、何だかわくわくしてきた自分がいた。

 お守り、わたしも欲しい……!

 それにしても、こうやって恋愛の話ができる友達がいるって、すごく楽しい。

 打ち明けたのは流れだったけれど、あの時に勇気を出して本当に良かった。

「お守り買うなら、あそこみたいだよ」

「本当だ」

 片山さんが教えてくれた先に、お守りが並んでいた。

 わたしたちは揃って見に行く。

「片山さんも何か買うの?」

「うん。これにする」

 片山さんが選んだのは、家内安全のお守りだった。

「家族の健康と安全は、大事だもんね!」

「学業でも恋愛でもないとは……さすが片山っち。あたしは何も言わないことにする」

 片山さんがお守りを買っている横で、わたしはかおりちゃんと目的の物を探していた。

「えーっと……あ、これじゃない? 縁結び守り」

「可愛い……」

 想像していた形とは違って、ぷっくりと丸みを帯びたお守りだ。

 わたしとかおりちゃんは、それを揃って買うことにする。

「買えて良かったね」

「何? 何買ったんだ?」

「木村!」

 いつのまにか木村くんたちが近くにいた。みんなもお守りを見に来たようで、松井さんが吉田くんから離れている。

 わたしはかおりちゃんに背中を押されて、一歩吉田くんに近付いた。

「佐藤も何か買ったの?」

「う、うん……お守り」

「へえ? 何の?」

「え、えっと……内緒」

 縁結びだなんて、恥ずかしくて言えなかった。それに、踏み込まれて質問されたら困る。

「何それ。気になるだろ。教えろよ」

「だめ。内緒だもん」

「ふうん? まあいいや」

 何だか吉田くんが楽しそうだ。内緒って言ったけど、怒っていないらしい。

 そのことに安堵していると、先生から声が掛かった。

 どうやら移動時間が近づいてきたようで、お手洗いへ行っておくようにとのことだ。

 この後は、旅館に向かう。一日ずっと歩き通しだったから、そろそろ足が疲れてきていた。

「ご飯も温泉も楽しみ」

「そうだね」

「なあ、そろそろ班で集まれだってさ」

 わたしがかおりちゃんと話していると、木村くんがやってきた。きょろきょろするも、吉田くんたちがまだいない。

「吉田たちは? まだトイレかな?」

「見なかったけどな」

「あ、片山さんが戻ってきたよ」

「片山っち、まだトイレ混んでる?」

 かおりちゃんが声を掛けると、片山さんは不思議そうに一度首を傾げた。

「もう誰もいなかったけど」

「え?」

「じゃあ、松井と弥生やよいはどこ行ったんだ?」

「まさか、迷子?」

 松井さんと、吉田くんだけが戻っていない――?

 他の班は揃っている。

 あの二人だけがいないなんて……。

 わたしの心がざわつき始めたその時、声がした。走りながら戻ってくる人影が、二つ。

「ごめんなさい、先生。遅くなりました」

 にこりと、優等生然としている松井さん。その後ろにいるのは、いつもの表情をしている吉田くん。

 先生たちは、点呼をして全員が揃っていることを確認すると、並んでバスへ向かうようにと声を掛けた。

 わたしは、みんなと同様にぞろぞろと列になってバスへ向かう。

 ちらと見た松井さんの表情は、とても満足そうなもので。わたしは、どうしてだか落ち着かなかった。


◆◆◆


 宿泊先の、旅館の大部屋。女子ばかりの部屋の端に、荷物を置く。宴会場での夕食はすごく美味しかったけど、次から次へと運ばれてきて、食べきれないほどだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る