どうかしたのだろうかと、わたしもかおりちゃんの部屋を出て、玄関へと向かった。

「お、佐藤じゃん! やっほー」

 そこにいたのは、シーツのような白い布を頭から全身に被っているひとだった。

 それは、木村くんの声で話している。

「え……木村くん、なの?」

 戸惑いながら呼び掛けると、隣のかおりちゃんが盛大な溜息を吐いた。

「こんなことするの、こいつだけでしょ。小さな子どもじゃあるまいし。他にいたら引くわ」

「何言ってんだ。ハロウィンパーティーだろ? 定番のお化けじゃねえか」

 言いながら、顔だけを出す木村くん。どうやら本当に、白くて大きな一枚の布を頭から被っているだけのようだ。

「何がお化けよ……って、吉田?」

「お邪魔します」

 木村くんの後ろから現れたのは、吉田くん。

 白いシーツお化けのインパクトが強すぎて気が付かなかった――わけではなく、彼は今しがたドアを開けて入ってきたのだ。

「急に来て、ごめん」

「良いよ。どうせ木村に捕まったとか、そんなとこでしょ?」

「まあね」

 淡い苦笑を浮かべる吉田くん。わたしは彼の登場に、ぽかんと口を開けていた。

 まさか、会えるなんて。だけどそのつもりじゃなかったから、思わず慌ててしまう。

「ほら、二人とも上がって。ちゃんと手を洗わなきゃ、食べさせてあげないからね」

「おう!」

 さすが幼なじみ。勝手を知っている木村くんが、吉田くんを手洗い場へと誘導する。

 その間にかおりちゃんは、二人のジュースを用意していた。

「クッキー美味そう! いっただきまーす! すげー、カボチャだ。顔も描いてあるんだな」

「あ、こら……ったく……苺樺も食べよう。早くしないと、全部取られちゃう」

「う、うん……」

「吉田も、遠慮せずに」

「ありがとう」

 人数が増えたため、場所はかおりちゃんの部屋からリビングへと移動した。テーブルをみんなで囲む。

 わたしの隣にはかおりちゃん。目の前には吉田くんがいた。

「木村、お化けはどうしたのよ」

 かおりちゃんが脱ぎ捨てられたシーツを見ながら、呆れ顔で尋ねる。

 いつのまにか、お化けはいなくなっていた。

「だって、食いづらいじゃん」

「まったく……ただのお菓子食らいじゃないの」

「あ、そうそう。これ買ってきたんだー。食べようぜ」

 楽しそうにお菓子の袋を開けていく木村くん。

 そうして、かおりちゃんに個包装されたチョコケーキを一つ差し出した。

「山本がこれ好きそうだなって思って、買ってきた。嬉しいだろ?」

「さすが木村。やるじゃない」

「もっと褒めろ」

「調子に乗るな」

 幼なじみってすごい。あのお菓子は、この間発売されたばかりの新作だ。

 かおりちゃんは前から食べてみたいって言っていたけど、まさかそれを選んで買ってきちゃうなんて。

 ちらりと見たかおりちゃんは、すごく幸せそうな顔をしていた。

 理由なんて、考えるまでもない。

「なんだよ、ったく……ほら、佐藤も食うか?」

「うん。ありがとう」

 それから、みんなでわいわい過ごした。テレビを見たり、ゲームをしたり。

 そうして少し落ち着いてきた頃、飲み物を買いに行こうということになった。

「オレ選びたいから行くー!」

「わかったわかった。苺樺、吉田。あたしも行ってくるから、残っててくれる?」

「良いの?」

「苺樺は着替えないとだし、吉田はそんなに飲んでなかったし。あたしは、ほら。ベルトとか取れば、普通に服だから。それに木村を野放しにしたら、いつまで経っても帰ってこない! なんてことになりかねないからね」

 そう言って、二人は近くのコンビニへと出掛けていった。

 玄関で、こっそりとかおりちゃんがわたしに向けて送ったウインクには、意味があるのだと思った。

 わたしは少しどきどきしながら、リビングに戻る。吉田くんは、窓辺に佇んでいた。

 カーテンが彼の髪とともに揺れ、風が見える。

 優しい風だった。

「あの二人がいなくなった途端、急に静かになったな」

「ふふ、そうだね」

「……」

「…………この辺、もう残ってないよね」

 落ち着かないわたしは、中身のなくなったお菓子の袋を片付け始めた。と、吉田くんから視線を感じる。

 戸惑いながら彼の方を向くと、やはり気のせいではなく、吉田くんは、わたしをじっと見ていた。

 無言に耐えかねて、彼の名を呼ぶ。

「吉田くん? どうか、したの?」

「佐藤が着てるのって、猫?」

「え……あ……」

 そういえば黒猫のコスプレをしているんだったと、今更ながらに自覚する。

 改めて聞かれたことで、急に恥ずかしくなってしまった。

「魔女と猫なんて、本当に仲良いんだな……似合ってるよ。可愛い」

 さらりと言われて、心臓が跳ねる。

 いつもの顔をしている吉田くんには、何でもない言葉かもしれない。

 だけど、わたしには向けられる言葉一つ一つ、すべてに意味が生まれる。

 にやけてしまうこの顔……どうしてくれるというのだろうか。

「あ、ありがとう。そ、そういえば、用事は大丈夫だったの?」

「予定より早く終わったから、大丈夫」

「そうだったんだ。来られないって聞いてたから、びっくりした」

「あー、実は急に行っても迷惑だろうと思って、来るつもりなかったんだけどさ。家に帰ってる途中で、名津なつに捕まったんだ」

 なつ……ああ! そういえば木村くんの名前、名津くんだ。

 普段名字で呼んでいるし、かおりちゃんもそうだから、誰のことかと思っちゃった。

「名津、あの格好で外歩いてたんだ。どう思う?」

「ええ? あのシーツお化けの状態で?」

 玄関前で被ったとか、そういうことじゃなくて? 家からあの格好で来たの?

 想像するとおかしくて。でも、木村くんならあり得てしまうと納得もしてしまって。

 わたしは、あははっと肩を揺らして笑っていた。

 吉田くんも、わたしにつられて笑っていた。

「佐藤も、家からその格好?」

「ええ? 違うよ。かおりちゃんの部屋で着替えたの」

「さすがにそうだよな」

 ちょっと前までの沈黙は、いったい何だったのか。そう思ってしまうほどに、わたしたちはそれから何でもない話をし続けた。

「ただいまーって、何々。楽しそうじゃん、二人とも」

「おかえり、かおりちゃん、木村くん」

 二人が帰ってくると、再び賑やかになった。

 このメンバーで過ごす時間は、とても楽しい。

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