「まあいいや。佐藤、おれのこと信じて」
「え?」
「佐藤が自信を持てないなら、おれを信じて。佐藤が一人で頑張る競技じゃないよ。これは、二人で頑張るものだと思うんだけど、どう?」
「二人で……」
「おれがいる。それとも、相手がおれじゃ安心できない?」
胸から、きゅっと音がした。込み上げる思いが、溢れてしまいそうだと思った。
「そんなことない。そんなことないよ!」
「良かった」
わたしだけに向けられる笑顔が、柔らかくて眩しい。
触れ合った箇所よりも、心が熱くて、溶けてしまいそう。
「じゃあ、行こう。大丈夫。最後まで、おれが一緒だから」
吉田くんがいてくれる。きっと転んだって、最下位だって、楽しかったねって笑ってくれる。そんなひとが、一緒にいてくれる。
なんて頼もしいんだろう。心強くて、優しい。
だから、わたしはこんなにも惹かれるんだ――
◆◆◆
「苺樺、お疲れ様」
「かおりちゃん! 応援ありがとう。かおりちゃんの声、聞こえたよ」
運動会が終わり、片付けもあらかた終えた頃、わたしたちは教室へと戻ってきた。
この後は、解散。それぞれ、気を付けて帰宅するようにと言われている。
わたしはかおりちゃんに肩を貸しながら、一緒に校庭を目指していた。
「二人三脚、急に任せることになってごめん。でも、すごく楽しそうだったから安心した」
「無我夢中だったけど、楽しかった。だから、謝らないで」
「良かった。苺樺、最近ちょっと暗かったから、気になってたんだ。もし悩んでることがあるなら、いつでも言って。あたしで良ければだけど」
「かおりちゃん……」
わたしのことを、気に掛けてくれているひとがいる。それだけで、胸が熱くなった。
決めたんだ。変わるって。もう、見ているだけのわたしじゃない。
大丈夫。わたしは、かおりちゃんのことだって、信じてる。
かおりちゃんは、きっとわたしが悪い子でも嫌いにならない。
怒るかもしれないけど、嫌いにはならない。かおりちゃんは、そういうひとだから。
だから、わたしは大事にしたい。
「あのね……わたし、かおりちゃんに謝りたいことがあるの」
「あたしに? どうしたどうした」
わたしは話した。かおりちゃんが怪我をして苦しんでいる時に、わたしは欠席を喜んでしまったことを。心配しているふりをして、自分のことばかり考えていたことを。
佐藤苺樺は優しくなんてない。本当は、嘘吐きの悪い子だということを。
懺悔するかのように、心に抱えていたものを吐き出すように、わたしは包み隠さず、かおりちゃんに話した。
「それで、最近悩んでたの?」
「うん……」
「本当に、苺樺はいい子だね」
「え? 何で? 今の聞いてたでしょ? わたし、いい子じゃないよ?」
「いい子だよ。心が綺麗でピュア。そして、強いよ。格好良い」
「えええ……」
かおりちゃんは怒るどころか、思ってもみないことを言い出した。
わたしは、ただ慌てる。
「可愛い、苺樺。吉田のこと、好きなの?」
「へっ……! あ、いや、えっと、そのお……!」
「慌ててる慌ててる。そうかそうか。あいつ、いいやつだからね」
「うう……かおりちゃん……」
「良いと思うよ。だって、二人きりになれたから嬉しかったんでしょ? あたしだって、同じように考えると思うし。それに、本当に嫌なやつならさ、今の全部、黙ってると思うから。だから、隠し通せないで悩んじゃう苺樺は、いい子だよ。それに可愛い」
「か、可愛いは違うよ……」
「違わないの。あたしがそう思うんだから、苺樺は可愛い。決定!」
「ふええ……」
あははと、楽しそうに笑うかおりちゃん。
いい子なのは絶対に、かおりちゃんの方だと思った。
「じゃあ、良かったね。二人三脚、一緒に走れて。どうだった? 優しくしてもらった?」
「え……う、うん……励ましてくれた」
「そうかー。いいなー。……あいつだと絶対そうはいかないから、羨ましい」
「あいつ?」
わたしが首を傾げると、かおりちゃんはどこか、しおらしくなった。はにかんでいる。
「そうだね。あたしだけが知ってるのは、不公平だからね。苺樺にだけ教えてあげる。あたしの好きな人」
「かおりちゃんの? え? 誰?」
「……あいつ」
そう言ってかおりちゃんが指差したのは、吉田くんの隣で笑っている男の子。
「腐れ縁だし、喧嘩ばっかだからさ、あいつにそんな気がないのは、わかってるんだけどね……」
「そうだったんだ……」
近くにいたのに、全然気が付かなかった。確かにけんかばかりの二人。だけど――
「応援するね」
応援したい。そう思える二人だった。
「ありがとう。あたしも応援する。委員の時とか、二人で行動しなね」
「えっ、う、うん……」
想像しただけで恥ずかしい。だけど、楽しくなってきた。
「いいねえ。苺樺が恋かあ……何だか成長していくみたいで、お姉さんは寂しいよ」
「お姉さん? わたしたち、同い年だよ?」
「そういうところも、可愛い」
「えええ?」
かおりちゃんにからかわれながら、わたしたちはそれぞれの家族と合流する。
運動会の感想を言い合いながら、こんなに楽しかった運動会は初めてと思うのだった。
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