第33話 魔族の寿命


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 アランの寿命を削ってる?

 シャルロッテさんとカールさんが?


「……ウソだ」


「嘘ではない。アランが、あの二人に命を与えたのは4歳の時だ。初めて使った魔法で、まだ幼かったアランは、魔術式の誤りに気付かず、自分の『魔力』ではなく『命』を代償に、ハーツを作り出した。あの"赤いハーツ"は術者の魂を削っているあかしだ。このままいけば、アランは、あと。君がアランの友達だというなら、どうするのがいいか、わかるだろう?」


 あと2年──

 その言葉に、愕然がくぜんとする。


 確かに、シャルロッテさんとカールさんのハーツは、ララとは違ってかった。


 でも、あんなにアランのことを大事にしている二人が、アランの寿命を削ってるなんて……


「嘘だ……っ」


「嘘ではない」


「嘘だ!! だって、魔族は人間より寿命が長いって本にも書いてあった! あのヘビ男だって、見た目は若いけど、86歳っていってたし、仮に寿命を削ってたとしても、あと2年でアランが死ぬなんて、絶対デタラメだ!!」


 そうだ! きっとデタラメなことを言って、俺から、シャルロッテさんたちを奪う気なんだ!

 だけど、そんな俺の言葉に魔王は


「ほぅ……人間界では、俺たちの寿命が勝手にと思われているようだな」


「え?」


「教えてやろう。俺たち魔族の寿命は、人間とそう変わらん。俺たちが、長く生きているのは、


「……え?」


「魂を喰えば喰うほど、魔族は魔力が高まり、寿命が延びる。だが、アランはまだ子供だ。あの子は、まだ、。俺たち魔族は、14歳の時に大人の魔族になるための儀式を行う。その時、初めて人間の魂を喰うのだ。なぜだか、わかるか?」


「な、なぜって……」


「天界に住む天使たちが、清き人間の魂を看取みとり天国にみちびくように、魔界に住む俺たち悪魔は、人間界のを、地獄に送る役目を担っている。だが、更生する見込みのない凶悪な魂は、地獄には送らず、そのまま悪魔や魔獣たちのかてにし消滅させる。神様は、俺たち悪魔の中に、凶悪な魂を封じることで、悪が栄えることを食い止め、世界の調和とバランスを保ってきた。……だが、人間界で悪さをしたみにくい魂は、未熟な子供の悪魔が食せば、精神を病んでしまう場合がある。だからこそ、心身ともに成長した14歳で、その儀式を行う。でも、アランは、魔術式に失敗したせいで、その年まで生きられない。だからこそ、今すぐ、あの人形たちを壊す必要がある」


「…………」


 ただ、呆然と魔王の話を聞いていた。


 悪魔が人の魂を喰う。その話は、花村さんが見つけてくれた本にも、少しだけ書いてあった。

 だけど、実際にそんな話を聞かされると、うまく飲み込めなかった。


 じゃぁ、アランも14歳になったら、人間の魂を喰うのか? いや、でもその前に、アランは……


「分かったら、早く、その人形達を渡せ」

「……っ」


 俺の銀の腕輪を見つめると、魔王は、更に俺に剣をつきつけてきた。


 呆然と座り込んだ俺の前には、鋭く光るやいばある。だけど


「ッ……嫌だ!」


「じゃぁ、アランが死んでもいいのか」


「それも、嫌だ!!」


 ひっきりなしに嫌だって叫んだ。

 だけど、もうどうすればいいか、もう分からなかった。


 アランが、死ぬなんて嫌だ。

 だけど、あの二人を壊すのも嫌だ……!


(あんなに、大事にしてたのに……っ)


 アランにとって、シャルロッテさんとカールさんは『家族』だ。


 とても、大切にしていた。二人に似合う服を一生懸命考えて、一針一針、丁寧に縫って。それなのに……っ


(ぁ、……泣いてる)


 瞬間、腕輪の中から、すごく悲しい感情が伝わってきた。シャルロッテさんが、中で泣いているんだと思った。


 二人は、知らなかったんだ。

 自分たちが、アランの命を削ってるって……っ


「そうか、そんなに嫌なら仕方ない」

「……ッ」


 だけど、その後、魔王が呟けば、魔王は、手にしていた剣を消しさり、今度は、大きなかまを出現させた。


 俺の背丈と変わらないくらいのその大鎌おおがまは、死神が持っているような、真っ黒で不気味な鎌。


 そして──


「そんなに二人を壊したくないなら、代わりに、


「え?」


 一瞬、何を言われたのか、分からなかった。

 たま、しい……?


「貴様の魂は、アランと、とてもよく似ている。これだけ波長が似ていれば、まだ幼いアランの体にも、すんなり馴染むだろう。貴様の魂をアランに喰わせれば、あと10年は寿命が延びる。そうすれば、もうあの二人を壊さずにすむかもしれない」


「……っ」


 魔王の目は、本気だった。

 本気で、俺の魂を……アランに?


(っ……逃げなきゃ)


 そう思って、俺は足に力を込めた。

 立て、早く。

 だけど、体が思うように動かない。


「ハヤトくん、逃げろ!!」


 すると、今度は、腕輪の中からカールさんとシャルロッテさんが飛び出してきた。


「魔王様、もう、やめてください! 手を下すなら私達に!!」


 二人は、俺を助けるために、出てきたんだと思った。だけど、魔王は、そんな二人には目もくれず、今度は、魔法陣を出現させた。


 俺の下に現れた魔法陣は、黒く光りながら、たくさんの文字を刻んでいく。そして、魔王は


「邪魔をするな。この子供の命を一つで、全てのだ。お前たちは、黙って見ていろ」


 そう、シャルロッテさんたちを静止させると、その後、頭上高く大鎌を構えた。


 切られるのだと思った。


 それが、身体なのか、魂なのかはわからなかったけど、どちらにせよ、それは俺自身の『死』を意味していた。


 そして、鋭く目を光らせた魔王をを見て、俺は、きつく唇を噛み締めた。


 元に戻る──確かにそうなのかもしれない。


 俺の魂を食べさせれば、アランは死なずにすむし、シャルロッテさんたちだって、壊さなくてすむ。


 だけど──


「元になんて戻るわけないだろ!!」


 苦しくて、悲しくて、必死の思いで声を張り上げれば、魔王は再び俺をみつめた。


「なんだと?」


「元になんて戻らない! だって、ここで俺の魂を奪っても、アランは絶対に、!!」


 ハッキリとそう言えば、その場の空気が一気にざわつき出した。


 側にいる魔族たちは、みんな驚いているみたいだった。だけど、これだけは言っておきたかった。


「アランは、絶対に俺の魂を食べない! アイツは、だ! これまでも、何度も俺のことを助けてくれた。花村さんが攫われた時は、自分を犠牲にしてまで、俺たちを助けようとしてくれて……そんなアランが……そんな優しいアランが、友達オレ魂を喰うわけないだろ!!」


 たった一ヶ月だったけど、俺たちは『友達』だった。


 例え、寿命が延びるとわかっても

 例え、家族が無事でも


 『友達の魂を食え』と言われて、平気でいられるようなやつじゃない。


 アランは、魔王の息子で、魔界の王子で、魔法を使わせたら、すごくおっかないやつけど、

本当は、誰よりも家族思いで友達思いな


 ──優しい悪魔だから。


「だから、元になんて戻らない……! アランは、そんなの望んでない! なんでだよ! なんで、アランの気持ち無視して、勝手に決めるんだよ! 心配なら心配だって、直接アランに言ってやればいいだろ! 、なんでわかんねーんだよ!!」


「……っ」

 

 涙が溢れそうになるのを必至に堪えて、俺は叫んだ。


 アランのことを考えたら、すごく苦しくなった。


 自分の父親に、友達の命を奪われて、それを食えなんて言われたら、アランはどんな気持ちになるだろう。


 俺だったら、絶対、耐えられない。


 だけど、俺の言ったその言葉に、魔王の顔が微かに曇った。


 鎌を持ったまま、動かなくなった魔王は、なんだかとても、をしていて……

 


 ──ガシャァァァァン!!!


 だけど、その時、広間の窓が大きく砕け散った。


 空間を切り裂くように、突如、ひびきわたったガラスの音。その音に、俺たちは一斉に上空を見上げた。


 すると、割れたその窓から、白馬が飛び込んできたのが見えた。


 アランと花村さんをのせた、ペガサスが──


冥界めいかいの王よ! 我が血と盟約めいやくのもと、その命にしたがえ! 黒の書・第九十九番──刺突の剣エスパダ・ロペラ!』


 アランが、馬上から呪文を唱えると、その瞬間、黒い魔法陣から細長い剣がでてきた。


 1mくらいの漆黒な剣。


 そして、旋回してきたペガサスから颯爽と飛びおりたアランは、頭上から、まっすぐ魔王に切りかかった。


 

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