第34話 王子様は守りたい

 


 ──ガキィィィン!


 剣とかまが、激しくぶつかる。

 アランの黒剣を、魔王の大鎌が受け止めた音。


 だけど、一度近づいたその距離は、あっという間に魔王にくつがえされた。


 強く押し返され、弾き飛ばされたアランは、その後、くるりと着地すると、息をつく間もなく、また呪文を唱える。


『黒の書・第百八番──最後の晩餐デス・イーター!』


 詠唱とともに、魔王の背後に黒い魔法陣が現れた。そして、そこから現れたのは、スライムみたいなドロドロの化け物。


 冥界の生き物なのか、俺たちの何十倍もあるその大きな化け物は、魔王を飲み込もうと襲いかかる。


『ギャァァァァァァァァァァァァ!!』


 だけど、叫び声をあげたのは、化け物の方だった。

 顔色ひとつ変えず鎌を振り上げた魔王は、たった一撃で、その化け物をなぎ払った。


 圧倒的な強さだった。

 誰もが勝てないと確信するほどの──


 だけど、魔王が化け物をしとめた頃には、もう遅い。なぜなら、俺の頭上には、既にペガサスがいたから。


威世いせくん、掴まって!!」

「花村さん……!」


 花村さんが、手を差し出してきて、俺はその手を掴むと、シャルロッテさんとカールさんを連れて、すぐさまペガサスに乗り込んだ。


 花村さんの肩には、ぬいぐるみ姿のララがいて、俺が無事だとわかった瞬間、ララは泣きながら俺に飛びついてきた。


「ハヤト~!」

「ララ! ゴメンな、心配かけて!」


 腕の中で、ララを抱きしめる。

 花村さんもララも、二人とも無事でよかった!


 だけど、まだ安心はできない。魔王を見みれば、逃げようとする、俺たちを見あげて


「なるほど、今のはおとりか」


 そうボソッと呟いたあと、化け物を薙ぎ払った大鎌をおろし、次にアランを見つめた。


 ひさしぶりの親子の再会。

 それを見て、空気がはりつめる。


 すると、それから暫くして、アランが口を開いた。


「お父様、ハヤトに何をしようとしていたの?」


「………」


「僕、その鎌も魔法陣も知ってるよ。だ」


 アランの言葉に、場の空気が凍りつく。


 アランは、魔王が何をしていたのか、わかっているような口ぶりだった。


 すると、何も言わない魔王をみて、アランは、悲しそうに笑うと


「お父様は、僕の大切なものを奪おうとしてばかりだね。そんなに、僕が嫌いなの?」


 その悲痛な声に、その場にいたみんなが息をつめた。


 これまでの話を聞いていたからか、他の魔族たちは、みんな泣きそうな顔をして、アランと魔王を見つめていた。


 だけど、アランはそんなことには気づきもせず、魔王だけを見て話し続ける。


「お父様、僕は、この魔界の空気が嫌いだ。魔族らしくとか、魔王らしくとか、型にはめられた、この世界が大嫌い。それでも、シャルロッテとカールがいてくれたから、僕はこんな世界でも幸せだった。二人がいてくれたから、僕はこの魔界でも、生きてこれたんだ。……それなのに、お父様は、そんな二人を壊そうとして、今度は、まで、奪おうとするの?」


 悲しそうに。まるで今にも泣き出しそうなアランの声が、暗い広間に響いた。


 だけど、その後、まっすぐに魔王を見つめたアランは


「これ以上、僕の大切な人たちを傷つけるつもりなら、例え、お父様でも──許さない」


 そういって、剣を構えた。

 まるで宣戦布告とでも言うように。


 すると、魔王は


「そんなに、その者たちが大事か?」


「うん」


「戻ってくる気はないのか?」


「ない」


 ハッキリ言い放ったアランに、今度は、魔王の側にいた堕天使の女が、慌てて語りかけた。


「アラン様!! 違うんです! 魔王様は」


「ダリア、いい」


「ですが!!」


 だけど、その言葉を止めた魔王は、その後、少しだけ黙り込むと、またアランを見つめた。


「そうか、なら……もう好きにしろ」


 そう言って、手にしていた大鎌をあっさり消し去った魔王。


 それを見て、アランは少しだけ悲しそうな顔をしたけど、その後、また笑顔を浮かべたアランは、また魔導書を開いた。


「ねぇ、お父様! 僕、可愛いものが大好きなんだ! 魔界の王子だけど、可愛いものに囲まれていると自然と笑顔になれるんだ。だから、これは、僕をからのプレゼント」


 その声と一緒に、アランは上空に魔法陣を描き出すと、その瞬間、ふわふわと何かがおりてきた。


 それは、ウサギやクマ。ネコやアルパカ、カエルやヘビなどの何種類にもわたる、可愛らしいぬいぐるみの山。


「お父様、最後ぐらい笑ってよ! 僕、お父様の笑顔、見たことないんだ。出来れば、もっと会いに来て欲しかったし、もっと色んな話をしかった。本当は、お父様の好きな物をプレゼントしたかったんだけど、僕、お父様のこと何も知らないんだ。だから、たくさん作ってみた。これだけあれば、お父様が気にいるものも、一つくらいはあるよね?」


 笑うアランは、目に涙を浮かべていて、その表情を、目をそらさず見つめている魔王の周りには、場違いなほど、ふわふわで可愛いぬいぐるみが、降りそそいでいた。


 そこは、さっきまで戦っていた場所とは思えないくらい柔らかい雰囲気につつまれていて、アランの作ったぬいぐるみ達が、この魔界の空気を、少しずつ変えていくのがわかった。


 だけど、それでも魔王は──笑わなかった。


 アランは、そんな魔王を見て、悲しそうに微笑むと


「……行こう、みんな」


 そう言ったあと、ペガサスを呼び寄せたアランは、俺たちの前に乗り込み、手網をは引いた。


 声を上げて、ペガサスが空へと走り出す。

 だけど、俺は


(本当に、このままいいのかな?)


 魔王の方に振りかえれば、アランの作ったぬいぐるみに囲まれている魔王の表情は

 

 なんだかとても──寂しそうだった。

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