第29話 友達の大切なもの


 その後、屋敷の玄関先で、シャルロッテさんたちに黒い紙を貼った俺は、ずっと謝りつづけていた。


「ッ……ごめん……ごめ、ん……っ」


 花村さんが魔族に捕まった。


 返してほしかったら、この二人と壊せと言われた。


 黒い紙を貼れば、二人は人形に戻る。そうすれば、子供の力でも壊せるだろうからと。


(壊す? 俺が……っ)


 嫌だ、壊したくない。


 瞳からは涙がぽたぽた溢れ出して、シャルロッテさんのドレスの上に落ちた。


 涙が止まらない。

 壊したくない。


 でも、壊さなきゃ、花村さんが──


「ハヤト?」


「……!」


 瞬間、名前を呼ばれて肩がビクリとはねた。  


 顔を上げれば、そこには──アランがいた。


「……何してるの?」


「っ……」


 目が合った瞬間、青ざめる。


 どうしよう。だけど、アランは俺の前で動かなくなっている二人を見つけると、すぐさま俺の側に駆けよってきた。


 不安そうに二人を拾い上げたアランは、さっき俺が貼り付けた黒い紙をはがそうと、手を触れる。だけど


 ──バチ!!


「……いッ!」


 それは、また鋭い音を立てて、アランの手を弾いた。


 そして、俺はそれをみて、愕然がくぜんとする。


「あ……」


 取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。


 きっと、この黒い紙には、何か特別な魔法がかかっていて、そして、その魔法は


 アランでも──とけない。


「あ、ごめん……ごめん、アラン……っ」


 黒い紙を見つめたまま、何度とあやまった。


 涙は止まらなくなって、苦しさと申し訳なさで、胸がいっぱいになって。


 俺は、なんてことをしてしまったんだろう。

 アランの大事な家族に──


「ごめん……ッ」


「…………」


 だけど、泣いている俺を、アランはいっさい責めず、その後、服の中から本型のネックレスを取り出したアランは、それを魔導書に変えて、俺のひたいに手をかざした。


「ごめん……ちょっとだけ、記憶を見せてね?」


 そういって、赤の書の呪文を唱えると、俺を中心に赤い魔法陣が現れた。


 ほんの数秒、俺の中に、花村さんがさらわれた時の記憶がうつしだされる。


「……そっか、人質……ごめん、僕のせいで」


 魔法陣の光がきえると、俺が泣いている理由を察して、アランが申し訳なさそうに呟いた。


 アランは悪くない。悪くなのに……


 だけど、それからしばらくして、アランは優しく笑うと


「大丈夫だよ、ハヤト。君のお友達は、僕が必ず人間界に戻してあげるから」


 そう言って、俺の前から立ち上がった。


「え? 戻すって……どうやって……」


「お父様の目的は、僕を魔界に連れ戻すことだからね。僕が帰ればすむ話だよ。帰ったら、あの女の子を人間界に帰すように話してみる」


「…………」


 その言葉に、困惑する。

 花村さんは助けたい。


 でも、それじゃぁ……


「ダメだ!」


 思わず、声を張り上げて、俺は立ち上がった。


「ダメだ、そんなの! それじゃぁ、アランが犠牲になるようなものだろ!」


「犠牲になるなんて、思わなくていいよ。家出少年が家に変えるだけのことだよ」


「でも、嫌だったんだろ! 魔界の生活が!」


 辛かったって、アランは言っていた。

 それに帰ったら、アランはどうなる?


 魔王にシャルロッテさんたちを壊されて、今度は一人で、その辛い生活をしていかないといけないんじゃないのか?


 それなのに、そんな辛い場所に、アランは今、俺のために帰ろうとしてる。


「ダメだ、絶対!」


「じゃぁ、どうしろっていうの? 魔王相手に喧嘩でもふっかける気? 言っとくけど勝てる相手じゃないよ」


「ッだからって、なんで、簡単に受け入れるんだよ!」


「受け入れるよ。僕は、から」


「……え?」


「ハヤト、世界は変えられるよ。それは嘘じゃない。でもね、変えられないことだってあるんだよ。僕は変えられなかったんだ──お父様を……あの人は、僕を愛してない。そんな人に何を言っても響かないし、何も変わらない。だから、その子を助けたいなら、僕が戻って、お父様の言う通りにするしか方法はないよ」


「……っ」


 変えられなかった──その言葉に、悲しさとか、悔しさとか、いろんな感情が込み上げてきた。


 なんで、魔王はアランに、こんな酷いことするんだ。自分の子供なのに……っ


「そんな顔しないで。本当はね、あの時、消すはずだったんだ」


「え?」


「初めて会った時、ハヤトの記憶を消さなきゃいけなかったんだ。でも、魔王の息子が、可愛いものを好きでも、おかしくないって言ってくれたのが嬉しくて、つい、消したくないと思っちゃった……だからね、ハヤトは何も気にしなくていいよ。ただ、僕のワガママに付き合わされただけ。だから、はじめから何もなかったと思えばいい。大丈夫。辛い記憶は、僕が全部消してあげるから──ごめんね、ハヤト。短い間だったけど、ハヤトと友達になれて、よかった」


 瞬間、アランは俺の前から一歩下がると、また魔導書を開いた。


 考える間もなく俺の足元には、魔法陣が現れて、記憶操作の時に使ってた、赤い魔法陣だ!


 消される、記憶を──

 アラン達と過ごした、この一ヶ月間の記憶を。


「時の神よ、我が血と盟約のもと、その命に」

「───アランッ!」


 呪文を唱える瞬間、俺は思わずアランの肩につかみかかった。


「わ! ちょ、離しッ」


「嫌だ! 俺は、忘れたいなんて思ってない!!」


「……っ」


 二人目が合うと、アランはすごく驚いた顔をしていた。


 消されてたまるか! このまま全部なかったことになんて、させない!


「アラン! 俺は、忘れたくない! 俺、アランのおかげで変われたんだ! 今まで諦めていたことを、諦めなくていいって思えるようになった! 俺にとって、この一ヶ月は、なくしたくない大切なもので、この先も、ずっとずっと大切にしていきたいもので、それを、辛い記憶だなんて言って、勝手に消そうとするなよ!」


「……っ」


 声をはりあげて、精一杯うったえた。


 アランが、俺のために記憶を消そうとしたのは分かってた。


 でも、俺は絶対に忘れたくない。


 アランのことも、シャルロッテさんとカールをさんのことも。


 だから──


「俺も、一緒に行く」


「え?」


「俺も一緒に行って、魔王と戦う! 一人じゃダメでも、二人でだったら、なんとかできるかもしれないだろ! まだ、諦めるなよ、アラン! 花村さんを助け出して、シャルロッテさんとカールさんを元に戻したら、またここに、帰ってこよう! みんなで! アランも一緒に!」


「……っ」


 思うままに叫んで、気持ちを伝えた。

 すると、アランは


「……一緒にって」


 そういったあと、まるで張りつめた糸が切れたように柔らかく笑うと、その後、ゆっくりと魔法陣を消しさった。


「ハヤトはすごいね……! まるで、魔王を倒す勇者みたいだ!」


「勇者って、お父さん倒しゃダメだろ!」


「そのくらいのつもりでいかなきゃ、取り返せないよ! でも、そうだね。確かに、諦めたら、変えられるものも変えられないよね。よし! そうと決まったら、反抗期続行~!」


 まるで、ふっきれたように明るい笑顔を浮かべたアラン。そして、天井を見ると、また魔法陣が現れた。


 大きくて綺麗な、青い魔法陣──


「天空の使者よ。我が血と盟約のもと、その命に従え!──青の書 第二十四番 白翼の天馬ペガサス!」


 アランが叫んだ瞬間、その魔法陣から、星がいくつも降ってきた。


 キラキラ光る星が線で結ばれると、すぐさま馬の形を作り上げて、俺達の目の前に降りてきた。


 翼のはえた立派なペガサスが──


「わぁ、ペガサスって、ホントにいるんだ!」


「まーね。でも、ここから先は命懸けだよ」


「え?」


「なんせ、魔王につかまった、お姫様を奪い返しに行くんだからね! それに、この黒い紙もはがしてもらわないといけないし」


「え? はがして、もらう?」


「うん、これはね、呪いの呪符なんだ。この呪符を


「つ、作った人って、まさか……?」


「うん、これを作ったのは、僕の。つまり、魔王に直接はがしてもらわないと、この呪いは解けないってこと!」


「えぇぇ!?」


 その言葉に、俺は冷や汗をかいた。

 魔王に直接!?


「はがしてくれるわけねーじゃん!?」


「あはは、そうだね。だから、問題山づみ!」


「笑ってる場合か!!」


「大丈夫だよ。二人でやれば、なんとかできるかもしれないんでしょ? 頼りにしてるよ、ハヤト! というわけで、行こっか。魔王にとらわれたお姫様を救いに!」


 そう言って、にっこりと笑ったアランは、ペガサスにのって手綱たづなをとった。


 こうして馬に乗る姿とか、花村さんを「お姫様」なんて言っちゃうあたり、やっぱりアランは王子様なんだなと思ったけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない!


 目指すは魔界・魔王城──アランの父親、ヴォルフ・ヴィクトールの住む城へ!

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