第12話 言えない理由

「ただいまー」


 その後、俺は、何ごともなかったかのように、家に帰ってきた。


 というか、本当に、なにもなかったのかもしれない。さっき、あれだけ走り回って、かなり怖い思いをしたはずなのに、学校から帰ってきた時間は、いつもと変わらなかった。


 多分、あの結界の中にいた間は、時間が止まっていたんだ。


 俺は、いつもどおりの時間に家にいて、だけど、一つだけ、いつも通りじゃないことがあって……


「おじゃましまーす」


 俺の隣で、アランがにっこりと笑って、挨拶をした。


 どっかの有名小学校の制服みたいな、かなりオシャレな服を着たアラン。


 さっきまで生えていたつのもいつの間にか、なくなっていて、こうして俺の隣にたつ姿は、どこからどうみても、人間だった。


 ちなみに、なんで、こんなことになっているのかというと、さっき、アランに


『ちょっとだけ、君の家にいってもいい?』


 って、言われたから。


 魔界の王子なんて、かなりの危険人物だし、よく知らない人とか、危ない人を家に入れちゃいけないのは分かってる。


 だけど、不思議とアランは、悪いやつには見えなくて


「あ、あの、俺の部屋、2階だから」

「うん。お家の人、誰もいないの?」

「お父さんとお母さんは仕事。でも、妹はいると思う」

「そう」


 話しながら階段をのぼって、アランと一緒に部屋に入った。


 ちなみに、シャルロッテさんとカールさんは、あの後、また人形に戻って、いつの間にか消えていた。


 もう、昨日から不思議なことばかりだ。


「あ、あの」


 ランドセルを下ろしたあと、俺は、アランに話しかけた。


 何を話していいか、よくわかんなかったけど、これだけは、ちゃんと言っておこうとおもった。


「さっきは、助けてくれてありがとう。おかげで……助かった」


「うんん。僕の方こそ、昨日はありがとう。君がいなかったら、シャルロッテとカールがどうなっていたか」


 アランが、悲しそうに言った。


 あの二人を、とても大事な人形だって言っていたし、もしかしたら、アランも、俺と同じ悩みを抱えているのかもしれない。


 可愛いものが好きなのに、それを理解して貰えない、そんな悲しくて、どうしようもない悩み。


「あ、そうだ! まだ、ちゃんと自己紹介してなかったね。僕は、魔界の王、ヴォルフ・ヴィクトールの息子で、第一王子にして、第13代目の王位継承者、アラン・ヴィクトールです」


「え? あ、えっと……おれは、威世いせ 和彦かずひこの息子で、桜川小学校に通う、5年2組、威世 颯斗です!」


 つられて、それっぽいこと言ってみたけど、王子相手だと、全く張り合えない!


「君も、可愛いものが好きなんだよね」

「え? あ、うん」

「ふーん……でも、その割には、全く可愛いものないんだね、この部屋」

「え!?」


 一瞬、ドクンと心臓がはねた。


 確かに、俺の部屋に、可愛いものはほとんどない。普通の男の子の、普通の部屋。


「も、もしかして、可愛いものがあると思って、うちに来たのか!?」


「うーん、そういうわけじゃないけど、あまりにも何も無さすぎて、逆に違和感が」


 まぁ、そうだよな!

 疑いたくなるよな!こうも、何もないと!


「か、家族には、内緒にしてるから」


「内緒? なんで?」


「だって、心配するだろ! 男なのに、可愛いものが好きだったら!」


 その言葉に、ふと幼稚園の時を思い出した。


 子供の頃は、普通に好きなものを好きだと言っていたし、妹と一緒に着せ替え人形で遊んだり、ビーズでネックレスを作って、お母さんにプレゼントもしていた。


 だけど、年長さんの時、みんなで何色のランドセルを買うかって話になった時


『俺、赤いランドセルにするんだ!』


 ただ単に、自分の好きな色のランドセルを言っただけだった。


 だけど──


『えー、赤は女の子が使う色だよ!』


『颯斗くん、女の子のランドセルが、いいの?』


『ぎゃはは、変なの~!』


 男の子が、赤いランドセルを持つのはおかしいと、その場にいた全員に笑われた。


 それが、すごくショックで、帰ってから泣きながら、お母さんに話をした。


『なんで、男の子は、赤いランドセル選んじゃいけないの……!』


 泣きじゃくる俺の頭を撫でながら、お母さんはずっと慰めてくれた。


 だけど、その日の夜、俺は、たまたま、お父さんとお母さんが話してるのを聞いてしまった。


『颯斗、赤いランドセルが欲しいんですって』


『え? 赤?』


『うん。今日、それでお友達に笑われたみたいなの。できるなら、好きな色のランドセルを買って上げたいけど、もし、それで、いじめられたりしたら。それに颯斗、昔から、男の子のものより、女の子のものが好きだったけど、まさか、心が女の子ってことは』


『おい、何言ってるんだよ。颯斗、サッカーも好きだし、ちゃんと男の子の遊びもしてるだろ。ランドセルは、赤が好きだから、赤っていっただけだろうし……大丈夫だよ。今は可愛いものが好きでも、そのうち男の子らしいものを好きになっていくよ』


 男らしいもの──その言葉を聞いて、おもった。


 男の子は、男の子らしくしてないと、心配されちゃうんだって……



 ◇



「それからは、可愛いものが好きだってこと、隠すようになったんだ。ランドセルも黒にしたし、誕生日プレゼントも、可愛いものはねだらなくなって……だから、部屋だって普通の部屋」


「………」


 ポツポツと、家族に隠している理由をアランに話した。するとアランは、しばらく黙り込んだあと


「そっか……好きな物を隠さなきゃいけないって、ツラいね。でも、ちょっとだけ、うらしいかな」


「うらやましい?」


「うん。だって、心配してくれるってことは、ハヤトのことを大事に思ってるからでしょ? 人と違うことをしたら、仲間外れにされることはよくあることだから、きっと、君のお父さんとお母さんは、とても優しい人たちなんだね。僕のお父さんとは大違いだ」


「……アランのお父さんて、魔王の」


「うん。会うのは、年に数回で、ずっとほったらかし……だったのに、いきなり来たかと思もえば『もう、人形遊びはやめろ』だよ! しかも、シャルロッテとカールのこと壊そうとするし。きっと僕が、いつまでも女の子らしいことしてるのが気に入らないんだろうね」


「もしかして、それで、家出してきたのか!?」


「うん! だって、いくら親でも、僕の大事なもの壊そうとするんだよ? それに、いつか魔界から出ようって思ってたし、ちょうど良かったよ! 魔界って、暗くてジメジメしてて、可愛いものもほとんどないし、だから、ずっと人間界に来てみたいって思ってたんだ!」


 そう言って、ニッコリと笑ったアランは、家出している子供って感じは全くしなかった。


 どちらかいえば、遊園地に遊びに来た子供みたいな。


 まぁ、あんなにカッコよくて、頼りになりそうなシャルロッテさんとカールさんもいるし、なにより、アランが強いすぎるし、普通に家出してもやっていけそう。


「あ、そうだった! 座っていいぞ! なにか、飲み物持ってくる」


 すると、ふと思いついて、俺は床にしかれたカーペットの上を指さし、アランに座るようにすすめた。


 王子様にすすめるには、あんまりかもしれないけど、ソファーとかないし仕方ないよな?


「えーと、麦茶かオレンジジュース……て、魔族って何を飲むんだ? いっとくけど、人の生き血とかはないからな!?」


「人の生き血? あはは、吸血鬼か何かと勘違いしてるのかな?」


 アランが、くすくすと笑う。

 その姿は、まさに美少年。


「そんなもの飲んだりしないよ、僕はね」

「……あ、そうなんだ」


 ん? でも、ってことは、ほかの魔族は、飲んだりするんだろうか?


 この先は、ちょっと怖いから、聞かないことにしよう。


「飲み物なんて、気を使わなくていいよ。用事済ませたら、すぐに帰るし」


「用事?」


「うん。昨日持ってた、うざきのぬいぐるみ、どこにあるの?」


「え?」


 ララのことを言っているんだとわかって、俺は首をかしげる。


「ララなら、机の引き出しに……て、何する気だ?」


「うん。君、僕と波長が似てるし、これからも狙われることがあるとおもうから、君にも"騎士ナイト"が必要かなと思って」


「ナイト?」


「うん。まーいいから。うざきさん、貸して」


 また、にっこり笑って、手を差し出された。


 俺は言われるまま、机の引き出しから、ララを取り出さ、アランの手渡す。


 するとアランは、服の中から首にかけていたネックレスをひっぱりだした。


 金色のチェーンの先には、本の形をしたペンダントがあった。


「それは?」


「さっきの魔導書だよ。そのまま持ち歩いたら重いから、使わない時はネックレスにしてるんだ」


 すると、チェーンから外れた小さな本が、ぱっとアランの手の上で、分厚い魔導書に変わった。


「おー! すげー!」


「ちょっとはなれててね。今から、この子に聞いてみる」


「聞く?」


「うん。がほしいかどうか」

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