第2章 王子様は家出中!?

第8話 勇者と幽霊


 

 ピピピ、ピピピ、ピピピ


 次の日の朝、俺はベッドのなかで目を覚ました。もぞもぞと起き上がって、目覚ましをとめると、昨日のことを思い出して、ふと辺りを見回す。


 見慣れた部屋の、いつもの景色。


 ふだんと変わらない朝に、ふと、あれは夢だったのかと考えた。


 昨日、俺は、四丁目のお化け屋敷で、魔界の王子様に出会った。


 魔王の息子で、俺と同じように、可愛いものが好きだといった男の子。


 あのあと、アランはまだ魔力が怪我が回復してないから無理はできないどのことで、アランの代わりに、カールのケガを治してあげて、サッカーボールを本田君の家に届けたあと、ミーと一緒に帰ってきた。


 ……はずなんだけど。


(やっぱり、あれは……夢?)


 あまりにも、いつもどおり過ぎる朝に、俺はベッドの上で首を捻る。


 でも、よく考えてみたら、ヘビ男に追いかけられるとか、人形がしゃべって戦うとか、魔王の息子に出会うとか、もう、アニメの世界じゃん!?


 これは、アレか。

 俺の願望がうつしだした、夢!?


 いや、でも、もしそうなら、もう末期じゃん! 俺、そんなにストレス貯めてた!?


 夢の中で、同じ趣味の友達作りだすほど!? しかも、その相手が魔王の息子とか、俺の頭、大丈夫か!?


「なぁ、ララ、やっぱり、あれ夢だよな!?」


 思わず、ララを取り出し、語りかけた。

 ……けど


(なにやってんだろ……人形が話すはずないのに)


 ふと我に返って、冷たい風が吹き抜ける。


 なに、やってんだろう。

 おれは、深くため息をつくと


「ありがとうって言われて、嬉しかったんだけどな……」


 今まで、ずっと隠してきた。可愛いものが好きなことも、裁縫が好きなことも。


 だけど、その隠してきた裁縫が、昨日初めて、誰かに役にたった。


『ありがとう、シャルロッテと、カールを治してくれて……』


 そういって笑ってくれたアランの言葉が、すごくすごく嬉しかった。

 それなのに──


「あぁぁぁ、全部夢とかああああぁぁ、ないだろうぉぉぉぉ!」


「うるさい!!」


 するとそこに、また妹の夕菜が入ってきた。


「もう、お兄ちゃん、朝からうるさすぎ! 早く準備しなきゃ、遅刻するよ!」


 いつもと変わらない、夕菜のうるさい声。

 俺は、それを聞いて


「あー……やっぱり、夢かぁ」


「なにいってんの? 寝ぼけてないで早く起きてよ!」


 いつもとかわらない朝。

 

 そのあまりにも変わらない一日の始まりに、俺は一人むなしく学校に向かった



 ◇◆◆



 ――のだが。


「みんな!! やっぱり、颯斗は男の中の男だ!!」


 その後、学校につくと、五年二組の俺のクラスの中で、本田君が大声をあげて、俺の話をしていた。


 え? なにこれ?


「あー威世いせくんだ!」


「きいたよ! 昨日、あのお化け屋敷に一人で挑んだんでしょ!」


「え!?」


 入るなり、集まってきたクラスメイトに、俺は困惑する。


 お化け屋敷?

 あ、確かに入ったけど。


 あれ? でも、アレは夢で……


「颯斗! おまえ、やっぱりスゲーな! 本田から聞いたぞ! ネコを助けるために、あのお化け屋敷に一人で乗りこんだって!」


「あのお化け屋敷大人でも入れないって言われてるんだぞ! しかも、ネコだけじゃなくて、サッカーボールまで見つけてきてくるなんて、もう勇者じゃん!!」


「「かっこいい~」」


「……えーと」


 女子の黄色い声が響いて、俺は、思わず苦笑いをうかべた。


 つまり、本田君のうちに、サッカーボールを届けに行ったばかりに、こんなウワサが広まっているわけだ。


 まるで英雄のように祭り上げられる俺。


 ──って、これ可愛いものが好きって、益々いいづらくなってない!?


「あ、あの、俺は別に、大したことは」


「そうかそうか、お化け屋敷に入るくらい朝飯前だよな~颯斗にとっては」


「って、違──」


 ドン!


「きゃッ!」


 力強く言い返そうとしたとき、後ろを通りかかった誰かとぶつかった。


 小さな悲鳴ひめいが聞こえて、びっくりして振り向けば、髪の長い女の子が尻もちをついていた。


 紺色のTシャツと、カーキ色のショートパンツ。長い前髪で顔を隠した女の子の名前は『花村はなむら 彩芽あやめ』さん。


「あ、ごめん、花村さん」


 あわてて手を差し出して、引き起こそうとした。だけど


「威世君が、謝ることないよ~」


 それを、女子に止められた。


「え?」


「だって、花村さん、影が薄すぎるんだもん。いきなり後ろ通ったら、気づかないよ」


「花村、マジで幽霊みたいだもんな~」


 すると、本気か冗談か、クラス中が口々に、幽霊、幽霊と言い出した。


 花村さんは、四年生の時に転校してきた女の子だった。


 地味で、暗くて、声も小さくて、それでついたあだ名が「幽霊」


 気配がなくて、いつも一人でいるうえに、何を考えているか分からない。


 だから、今となっては、誰も話しかけないし、クラス中が無視するような空気になっていて、そして、それを


「威世くん……ごめんね」


 もう、花村さんじたいが受け入れてる。


(っ……俺が、ぶつかったのに)


 あやまるのは、俺の方なのに、逆にあやまられて、引き起こすどころか、勝手に立ち上がった花村さん。


 その後、クラスに空気は、あっという間になかったことになって、花村さんは自分の席に歩いて行った。



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