第7話 ダメじゃない


 そう言って、ニッコリと笑ったアランに、俺は冷や汗をかいた。


 それは、完全に悪役のセリフだった。


 いつだったか、ドラマの中で『姿を見られたからには、生かしちゃおけねぇ!』と言ったボスのセリフが、映像付きで蘇った。


(あれ? なんか、やばい?)


 このまま返せないって、どういうこと?

 つまり──


「怖がらなくていいよ。痛くも痒くもないし、一瞬で終わるから!」


 あぁ、やっぱ、ヤバいやつだ!!

 一瞬で終わるって、なにが!?

 命が!? 


『時の神よ、我が血の盟約めいやくのもと、その命にしたがえ──』


 すると、どこからか分厚い本を取り出したアランは、呪文みたいなものを唱え始めた。


 俺の下には、いきなり赤い光と複雑な文字が刻まれた魔法陣が現れて、明らかにヤバイ雰囲気が漂っていた。


『赤の書・第──』

 

 だけど、それを唱え終わる前に、アランは突然黙り込んだ。


 冷や汗とバクバクと早まる心臓の音を聞きながら、俺はまたアランを見つめる。


 すると、アランは足元に落ちた、ぬいぐるを見つめていた。


 まっしろで、耳が長くて、赤い目をした──うさぎのぬいぐるみ。


(あ、ララ……っ)


 そこには、ララが転がっていた。さっきカラスに襲われた時に、ポケットから落ちたんだ。


 そして、それをみたアランは


「これ、君のぬいぐるみ? もしかして、君、、こんなに可愛いぬいぐるみ、持ち歩いてるの?」


「……っ」


 瞬間、心臓が痛いくらい音を立てた。


 あぁ、またバカにされる。

 また笑われて、嫌な思いするんだ。


 いやだ。

 もう、あんな思いしたくない。


 言っちゃいけない、本当のことなんて。


 可愛いものが好きことも、裁縫が好きなことも、絶対に……っ


「あぁ、そうだよッ!!」


 だけど、そう思う心とは裏腹に、出てきた言葉は、それとは全く違う言葉だった。


「ッ……そうだよ、俺のだよ! 俺、男だけど、ぬいぐるみも好きだし! 裁縫も好きだし! 可愛いもの集めるのも作るのも、大好きだよッ!」


 もう、頭の中がぐちゃぐちゃだった。


 魔界とか、魔王とか、ヘビ男とか、動く人形とか、もう意味がわからない。


 その上、またバカにされるなんて


「なんでだよ……男が、可愛いもの好きって……そんなにダメなことか……っ」 


 まるで、ため込んだ気持ちが爆発するみたいに、気付けば、声を上げていた。


 目の奥が、熱い。


 もう二度と言わないって決めてたのに、言葉は止まらずにあふれてくる。


 なんで、笑うの?

 なんで、おかしいなんて言うの?


 俺はただ、自分の好きなものを、素直に『好き』って言っただけなのに……っ



「──ダメじゃないよ」


「……!?」


 だけど、その後聞こえた声に、溢れかけた涙が一気に引っ込んだ。


 耳の奥に響いた声は、すごくハッキリしていた。だけど、始めは何を言われたのか、よく分からなくて


「え……?」


「そっか……だから君、僕と波長が似てるのかな」


「え? なに……いって」



「……え?」


「僕も大好きなんだ。が」

 

 その言葉に、俺はただただ目を見開いた。


 今、なんて言った?

 可愛いものが好き?

 魔王の……息子が?


「う……ウソだ」


「嘘じゃないよ」


「だ、だって、お前、魔王の息子なんだろ!? あ! もしかして、あれか! ワケあって男として育てられた、女の子とか!?」


「なにそれ。正真正銘、男だよ。僕は」


「え、でも……じゃぁ……魔王の息子なのに」


「魔王の息子だけど、可愛いものが好きだよ。そんなに、おかしい?」 


「…………」


 その言葉には、一気に気が抜けた。


 もしかしたら、おかしいのかもしれない。


 魔王の息子って、すごく怖いイメージがあるし、可愛いものが好きな魔王の息子なんて聞いたことないし。でも


「おかしく……ない……っ」


 俺が、そういえば、その後アランは、さっきとは違う、優しく笑みを浮かべた。


「そっか……ありがとう」


 笑ったアランは、魔族というよりは、天使みたいだった。


 だけど、なにより驚いたのは


(俺の他にも、いるんだ。可愛いものが好きな……男の子)


 それは、人間ではなかったけど、俺はその日、すごく安心したんだ。


 まるで、暗い暗い部屋の中に、突然明るい光が、射しこんできたみたいに……





 ◇


 ◆


 ◇





「魔王様。アラン様は今、ようです」


 その後、魔界では、魔王城の玉座の前で、ヘビ男……いや、メビウスが声を発していた。


 そして、その前に座るのは、黒く長い髪をした凛々しい顔つきの男。


 切れ長の瞳は、とても冷たく、その独特の雰囲気は、今にも押しつぶされそうなほど重かった。


 男の名は、ヴォルフ・ヴィクトール。

 そう、この魔界をすべる──魔王様だ。


「アランが、人間に?」


 そして、その手には、メビウスから渡されたが一枚握られていた。


 そこ写っているのは、人形と猫を抱えて走る──の姿。


「私の目に狂いはありません。あの波長は、間違いなくアラン様! なにより、シャルロッテが側にいました!」


 顔を氷で冷やしながら、メビウスが念押ししてそういえば、魔王は、その写真をじっくりと見つめたあと


「確かに……アランが、あの人形達を、他の者に触らせるはずがない。父親の俺ですら、触れさせようとはしなかったのだからな」


 鋭い視線をむけて、魔王が呟く。そして


「メビウス、皆に伝えろ。『アランは、この子供に化けている。捕まえて、私の前にひきずりだせ』とな」


「は! かしこまりました!」


 メビウスが、深く頭を下げて玉座の前からし退いた。


 すると、魔王は再び写真を見つめると


「アラン……人形遊びは、もう終わりだ」


 そう言って、写真をクジャリと握りつぶした。アランの──いや、ハヤトの映っている写真を。

 

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