第3話 猫と人形

(ミー、どこ行ったんだ)


 それから俺は、近所をひたすら走り回って、いつのまにか、二丁目から四丁目のあまりまできていた。


 秋の夕方は、普段なら少し肌寒いけど、上着を着ているからか、走ったからか、逆に熱すぎるくらいだった。


(どうしよう。もし、ミーに何かあったりしたら……っ)


 ひたいににじんだ汗を、ゆっくりとぬぐう。昔のことがあるからか、つい良くないことばかり考えてしまう。


 でも、もう大事な家族を失いたくない。俺は、そう思うと、更に走る速度を早めた。


「ミー!!」


 大声を上げて、ミーを呼ぶ。


 だけど、それからしばらく走って、路地を曲がった先で、目の前に、大きな屋敷が飛び込んできた。


 クラブ活動の時に、本田くんが話していた『お化け屋敷』だ。


(うわ……変なところに、きちまった)


 荒れはてた洋館は、シンと静まり返っていて、人の気配はまったくない。


 さすが、お化け屋敷!


 その不気味な空気を感じとって、軽く腰が引けた。


「みゃ~」

「……!」


 だけど、その時、屋敷の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 慌てて目を向ければ、屋敷の庭に、ミーがいるのが見えて


「ミー!」


 とっさに声をかけた。


 だけど、その声に驚いたのか、ミーは屋敷の窓にひょいと飛びのると、そのまま中に入り込んでしまって


「あ、ちょ、ダメだって! 戻ってこい!」


 あわてて声をかけたけど、もう遅い!


 マジかよ! ミーが、お化け屋敷の中に入っちゃった!?


「ど、どうしよう……っ」


 さっきまで熱かった体が、一気に冷えた気がした。


 冷や汗がでて、心臓もバクバクとうるさい。だけど、やっと見つけたのに、ここで見失うわけにはいかない。


 俺は、ごくりと息を飲むと、お化け屋敷の前に立った。


 ──ギィ……


 門を開ければ、びた鉄の音がした。なんだか、今から肝試しが始めるみたいな不気味な雰囲気。


 そういえば、中に入ったら異臭いしゅうがしたとか言ってたけど、死体が埋まってるような臭いってこと?


 そんな臭い嗅いだことないから、想像もできないけど、だぶん、すっごく嫌な匂いなんだろうな。


(……ていうか、これって不法侵入になるんじゃ?)


 庭をぬけて、玄関の前に立った俺は、ふと思った。


 昔は、お金持ちが住んでたんだろうなって、言われるほどの立派すぎる玄関。


 だけど、いくら誰も住んでいないからって、勝手に入るのは良くない気もして、ぐるぐる考えたけど、やっぱりミーをこのままにも出来ない。


(ごめんなさい! ミーをみつけたら、すぐに出ていきます! だから、怒らないでください! お化けも出てこないでください!)


 玄関前で、パン!──と、神社で神様にお願いするみたいに手を合わせると、俺は意を決して、ドアノブに手をかけた。


 ──ガチャ。


(あ……開いてる)


 玄関に、鍵はかかっていなかった。


 俺はそのまま扉を引くと、おそるおそる中を覗き込んだ。


 入ったとたん異臭がしたとかいってたけど、不思議と変な臭いはせず、中に入れば、玄関ホールって言うのかな?


 そこには、ホテルのパーティー会場みたいな大きな広間があった。


 高い天井と、赤い絨毯。


 見上げた先には、蜘蛛の巣がかかったシャンデリアがあって、その奥には、二階に続く階段。


 それも、俺の家みたいな狭い階段じゃなくて、横に三人くらい並べるような広い階段。


 まさに、ドラマとかで、すごい人たちが、すごいパーティーをする時でてくるような豪華すぎる玄関だった。


(スゲー……マジで、執事とか出てきそう)


 昔は、お嬢様が執事とメイドと一緒に暮らしていたとかいっていたけど、ホントっぽい。


 もちろん、窓はところどころ割れていて、床にはガラスの破片はへんとか落ち葉とかも散乱しているし、古いのは確か。


 でも、窓から射し込む夕日のおかげか、その屋敷は何年も空き家になっているわりには、とても、明るくて綺麗だった。


「ミ~、どこだー?」


 その雰囲気に軽く恐怖心がやわらいで、俺は玄関から、ミーに声をかけた。


 辺りを見回しながら階段の下まで進むと、リンと鈴の音をならしながら、階段の上から、ミーが顔を出した。


「ミー!」


 よかった、無事だ──ミーの無事を確認して、パッと顔が明るくなる。


 その後、ミーが階段からおりてきたのを見て、俺もミーの元にかけよった。


 だけど


「ん? お前、なにくわえてるんだ?」


 ミーの口元を見て、俺は首をかしげる。


 膝をついて、ミーを抱きあげれば、ミーはララと同じくらいのをくわえていた。


 もともと人形で遊ぶのが大好きで、ミーは、よくこうして俺や夕菜の人形を持っていこうとするんだけど……


「お前、これ、どっから持ってきたんだよ」


 ミーの口元から、そっと人形を抜きとると、俺は改めて、その人形を見つめた。


 赤と黒のゴシックドレスを着た、女の子の人形。


(わ……この人形、すっごく可愛い)


 目にした人形は、今まで見たどの人形よりも可愛いかった。


 髪がサラサラで、表情も穏やかで、すごく大人っぽい。


 しかも、手や足がじゃない。


 布と綿で作られた人形なのは確かなのに、その手足にはしっかり関節があって、俺が普段つくるものとは、明らかにレベルが違った。


(スゲー……これ、ここに住んでた人が持ってたのかな? 布製なのにちゃんと動く。それに、このボタンも小さいのにおしゃれだし。あ、この模様は刺繍してあるのか。うわぁ、こまかい……ってか、この人形センス良すぎ!)


 さすが、お金持ちの人形!──といいたくなるような、品のあるぬいぐるみに、思いのほか感動してしまった。


 可愛いし、綺麗だし、芸術的なセンスすら感じる!

 だけど、ひとつ残念なのは


「これ、うちのミーがやったのかな……?」


 そのぬいぐるみには、肩から、ざっくり切られたあとがあった。


 生地が引き裂かれて、中からは綿がはみでていて、なんだかとても痛々しい。


「あ、そうだ」


 すると、ふと思い出して、俺はポケットから、裁縫セットを取りだした。


 さっき夕菜が来た時に、とっさに隠した裁縫セット。ちなみに反対側のポケットには、ララが入ってる。


「……せっかくだし、直してあげよう」


 こんなに可愛い人形が、このままなのは可哀想な気がして、俺はそのまま床に座り込むと、裁縫セットの中から、針と糸を取り出した。


(糸は……白、しかないか)


 肌の色──すこしだけ色味が違う気もしたけど、肌色がなかったから、あまり目立たないように白にした。


 着せ替え人形みたいになってるその人形は、服だけ別にできたから、まずは肩のほころびを縫い目が目立たないようにすくいながら縫って、そのあと、糸を赤色に変えて、ドレスの方も縫い合わせた。


「できた!」


 おー、なかなかいい感じ!


 お化け屋敷の中で何やってんだ──って、自分でもツッコミたくなったけど、縫い終わって、改めてその人形を見れば、本当に綺麗で可愛くて……


「いいなー……俺も、こんなすごい人形作れたらいいのに」


 そんなことをしみじみ思っていると、ミーが横で、にゃ~と鳴いた。


 あ、そうだった。もう帰らないと、夕菜ゆうなが心配してるんだった。


 そう思うと、俺は裁縫セットをまたポケットの中に突っ込んだ。


 だけど、その時


 ──ガシャァァァァァン!!?


 と、突然、ガラスが割れる音が響き渡った。


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