第2話 颯斗の秘密


「ただいまー」


 その後、学校が終わって、家につくと、俺は二階にある自分の部屋にむかった。


 モノトーンでまとまった、オシャレなこの家は、三年前に建てられた一軒家。


 一階には、リビングとダイニングキッチンがあって、お風呂とトイレと客間が一つ。あとは、お父さんとお母さんの部屋。


 そして、二階には、俺と、妹の夕菜ゆうなの部屋がある。


 俺は、階段を上って、奥の部屋のドアを開くと、そのあと、ランドセルを下ろして、深くため息をついた。


「カッコいい……かぁ」


 サッカーは、好きだし楽しい。


 カッコイイとか、すごいと褒められるのも、もちろん嬉しい。


 だけど、あんなに持ちあげられると、ますます言いづらくなる。


 本当はクラブ活動だって、サッカークラブに入りたいわけじゃなかった。


 だけど、俺がを希望したら、絶対にバカにする人たちがでてくる。


 『男なのに変だ』とか『恥ずかしい』とかそう言って、笑う人たち。


 笑われたら嫌だし、すごく悲しい気持ちになる。


 だから、ずっと本当のことが言えなくて、クラブ活動も、四年生の時からつづけて、サッカークラブに入ってしまった。


(まぁ、サッカーも好きだから、いいんだけどさ。……あ、そうだった!)


 ふと思い出して、俺はランドセルから、あるものを取り出した。


 黒いランドセルから、出てきたそれは──


 学校の裁縫箱から、こっそり持ち出してきたそれを机の上に置くと、俺は勉強机の一番下の引き出しから、をとりだした。


 まっしろな毛、長い耳と、赤い瞳をした、手のひらサイズのウサギのぬいぐるみ。


 俺は、それをみるなり


「ただいま、ララ!」


 そういって、めいっぱい笑いかけた。


 あ、もしかして引いた!?

 キモッとかおもった?


 もう、わかったと思うけど、俺が本当に好きなのは、ララみたいな可愛いぬいぐるみ。


 そして、好きなことは──


 何を隠そう、俺は、子供の頃から可愛いものが大好きだった。


 女の子が好きそうな、ふわふわのぬいぐるみとか、おしゃれなアクセサリーとか、編み物とか。


 でも、別に『心』が女の子なわけじゃない。


 普通に、男の子のアニメや漫画だって見るし、ヒーローにもあこがれるし、女の子の服を着たいと思うわけでもない。


 心は、しっかりとした男。


 だけど、それでも俺は、可愛いものが好きだった。


「ごめんな、ララ。今すぐ治してやるからな」


 そのあと、ララと一緒に、携帯用の裁縫セットを取り出すと、俺は、学校から持ってきたピンク色の糸を針に通した。


 ピンクの糸は、学校では全く減らない色だけど、家にあったピンク色の糸は全部使い切ってしまった。 


(また買っとかないとなぁ、ピンク……)


 ちなみに糸を買うのは、めっきり百円ショップ。

 手芸屋さんとか、雑貨屋さんとか、可愛いものがいっぱいあるお店にも行ってみたいけど、残念ながら、男一人で入る勇気はない。


 これが、おかしいのか、おかしくないのか、自分ではよく分からなかった。


 心が女の子なら、自分でも納得できたかもしれないけど、男なのに可愛いものが好きって、やっぱりおかしいのかな? 


 そう思うと、誰にも相談できなくて、こうして隠れて、好きな裁縫を続ける日々をすごしてる。


 ちなみに、俺が今日、サッカーの誘いを断ったのも、ララの服を治してあげたかったから。


 ララは、昨日うちの飼い猫のミーにひっかかれて、洋服がやぶれてしまって、すぐに直してあげたかったけど、糸がなくて断念。


「ミーも、もう少し、優しく遊んでくれたらいいのに……」


 軽くグチりながら、ララのワンピースを脱がすと、俺は、破れた場所を丁寧に縫っていく。


 裁縫をはじめたころは、ボタンつけしかできなかったけど、今では、並縫い、まつり縫い、本返し縫いなど色々マスターして、洋服一着、全部自分で作れるようになった。


 ここだけの話、ララに似合う服を自分でデザインしたり、アレンジしたりするのは、すごく楽しい。


 自分のお小遣いの中で、布とか糸とか買うから、色々と限界はあるけど、こうして、もくもくと裁縫をしていると、更に実感する。


 やっぱり俺は、裁縫が好きなんだって……

  


「よし、なおった!」


 その後、縫い終わって、俺は針とハサミを裁縫セットにしまう。


 こころなしか、ララも喜んでるように見える──ていったら、ますます笑われるかもしれないけど、こうして自分の好きなことに没頭している時間は、すごく心がみたされた。


「また、ララに新しい服作ってあげようかなー?」


 元通りになったララをみて、ふむと考えるのは、そんなこと。


 今ある洋服は、五着くらい。

 また、新しく作ってみようかなって。


(次はどんなのにしよう。ちょっとレベルをあげて難しい服に……)


「お兄ちゃん!!!」


「うぇッ!?」


 いきなり扉が開いて、俺は慌ててララと裁縫セットをポケットの中に隠した。


「な、なんだよ、夕菜ゆうな! いきなり入ってくるなよ!」


 入ってきたのは、妹の『威世いせ 夕菜ゆうな


 今、小学四年生の夕菜は、俺と同じ赤毛の髪をしたツインテールの女の子。ちょっと口うるさくて、なまいき。だけど、その夕菜が


「ぅ、うぅ、お兄ちゃん……っ」


 目を合わせた瞬間、泣きそうな顔をしている夕菜がいて、俺はおどろいた。


「どうしたんだよ! なにかあったのか!?」


「う、うぅ、どうしようっ……ミーがいなくなっちゃったぁ!」


「え?」


 その瞬間、俺は目を見開いた。


 ミーは、8歳の三毛猫で、俺たちが子供の頃から、ずっと一緒にいる猫なんだけど……


「い、いなくなったって、なんで!?」


「リビングの窓をあけたら、いきなり外にとび出していちゃって……っ」


「……ッ」


 ひくひくと泣く夕菜を見て、ふと昔のことを思い出した。


 実は、俺たちの家には、もう一匹猫がいた。三毛猫のミーと一緒に産まれた、虎猫のロー。


 だけど、そのローは、家から脱走した時に、車に引かれて死んでしまった。


 だから、その時のことを思い出して、夕菜は不安で仕方ないのかもしれない。


「う、うぇぇよ」


「ッ……大丈夫だって! 俺が、すぐ見つけてくるから!」


 夕菜の肩を掴んで、心配するなと呼びかけた。


 だけど、室内飼いのミーは、ローと同じように、外に出たことは、ほとんどなくて……


 ──こうしちゃいられない!


 俺は、すぐさま部屋から出ると、ミーを探すため、家から飛び出した。

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