第18話 これも何かの縁ですかね?
今日会うあなたはどんなお方?
カッコいい? カッコ悪い? それとも? 会う前から緊張するこの感覚はなんでしょう。
写真でさえも会うこと叶わない。
そんなあなたを、私は待ち侘びる。
この格好は変かしら?
それとも?
今日会うあなたはどんな人だろう。
かわいい? きれい? それとも? 会う約束だけを取り継いだ。
写真でさえも見たことない。
そんなあなたが、そこにいる。
この格好は変かな?
それとも?
* * *
からんからん。
入り口の鈴が鳴る。
開いた瞬間、芳香な豆の匂い。
耳にはぷつぷつ。サイフォンの音に紛れ、偶に途切れる蓄音器の音。『れこーど』という丸い板に音が記憶されているらしい。
その機械は店奥にあるにもかかわらず、すぐ目についた。
黒い円盤がくるくる回り、針がその上を滑っている。
百合を思わす形の金属が、ラッパの先に似ている気もする。流れる音は不思議と落ち着くが、ある間隔で途切れもする。それはそれで……耳に、こそばゆい。
もう少しいい感じに流れてくれれば、奥ゆかしさも感じるのだが……。
あるテーブルに座する人がいる。
ある場所から眺める人がいる。
ああ、僕は約束の人を見つける。
ああ、私は約束の人を目に入れる。
席に座る僕と私は初めて会うのに、なんだか以前から知ってる人のようで……。
そう思うほど十分に、互いの容姿を聞かされていたのだろう。
店の主人が白い陶器を二つ、盆に乗せて近づいてくる。
「どうぞ」
丸いテーブルに置かれるカップ。
黒い液体がゆらゆら揺れている。器の中で小さく波を上げるその茶水は、光に透けるとなんとも不思議な色を上げる。
濃い茶色が半透明に際立って、綺麗だと思った。
銀の匙を湯気まとうカップに、差し入れる。
何とも言えない芳醇な香りを纏い、そこで波立つ不思議な飲み物。
器の柄を指で摘み、同時に持ち上げ声を上げる。
「ああ、美味しい……」
「ああ、苦い……」
否定と肯定。
相反するきびすに、お互いが口元を手で隠す。
あら、私。舌がおかしいかしら?
あれ、僕。舌が……?
「あ、私には苦くてつい……」
「あ、僕には美味でつい……」
互いの目が初めて合う。
座るなり顔を伏せ、机に置かれた指にばかり気を取られ今、初めて視線を交わす。
しばらく間を置き、笑い出す。
「ふふふ、何てことかしら。あなたは店に入るなり、真っ直ぐここに座られたのに……」
「ははは、何てことだ。あなたは真っ直ぐ目を向けここに。誘導してくたのに」
僕も私も、どうやら初対面だが初対面ではないらしい。
「おかしいな」
「おかしいです」
「いつも着物を着ておられるというのですぐ見つけることが出来ました」
「目印が着物? では私が先に、来ていて良かったです」
「いえ、僕が先に来ていてもあなたは僕を見つけるでしょう」
「なぜ?」
「僕がどんな人物像であるかをあなたは、見知っているからです」
「そう……かしら。聞かされていただけなのに?」
「そうですよ」
何の根拠があって言い切ったのか不思議だが、威張る僕は見つめられる。
何の根拠があって言い切るのだろうと、訝しむ私は捉えられる。
彼女は僕をまじまじと観察する。
彼は私をまじまじと……。
瞳を交え、笑いだす。
「でも味覚までは聞いていない。お砂糖を足せば飲みやすいですよ」
「お砂糖……そんな贅沢……」
「でも、舌が辛いんでしょ? せっかくの飲み物を楽しまないのは損ですよ」
「では……」
スプーンに一盛り、そしてさらさら。かき回され、溶かされていく様を静かに眺める二人。不思議なひと時。
その間も流れる音は時折、飛び跳ねる。
まるで僕と私の気持ちを汲んで、いるように。
「あら、ほんとう。甘い……」
「でしょう。でもこの苦味も捨てがたい……」
彼は自慢げにしている。
彼女は謙虚にしている。
「挨拶もせず、いきなり会話を始めてしまいました」
「そう言われれば、なんてことでしょう」
僕と私はここにきて、自己紹介を始める。
その後、すいすいと話しが弾む。やはり、昔から見知った仲のように……。
忙しなく席立つ人や、激しく大声立てる人で賑わう場所。
でも私と僕には、優しく穏やか空間に思える。
これは俗に言うお見合い。
なのにぎこちなさもなくすんなり溶け合う僕と私。お互いの耳に、かわいい声とたくましい声が交互に飛び交う。
そんな中、たまに入る雑音とぷつぷつと歯切れ悪くても流れる綺麗なメロディがある。
でもそれが、僕と私にはちょうど良い協和音。
実に心地よい。
こんな始まりである僕と私。
これからも、よろしくお願いします。
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