第16話 冬。


 あらら、冬です。

 みかんです。焼き芋です。数の子です。お餅です。シチューです。グラコロです。蟹です。白菜です。鍋です。熱燗です。おせちです。甘酒です。

 おお、今どれだけ暖かいものを上げましたか?

 

(述べた数を少し考えた)


 アレレ、冬です。

 雪です。氷です。冷水です。氷河です。雪だるまです。アイスです。霜柱です。ダイヤモンドダストです。除夜の鐘です。


 ……、これぐらいでいいや。


 手に向かって吐かれる息は冷たい雫となり、指から細く滑り落ちた。


「うう、寒うぅう」


 冷える気温や風に、文句言う私は神社の茶店で善哉を食す。しかも外席に腰をかけているので冷気が身体の隅々に行き渡ること、行き渡ること〜〜。


(おお! 寒い)


 でも冬風にあたりながらのハフハフ啜るこの汁が、


「美味でございますぅ~」


 と言い、今度はお餅を口に咥えた。景気よく、白い塊が箸でグィーンと伸びる感触、目で味わう味覚を楽しむ。


「ふふふ、つぃー、としてもっちもちぃいい」


 甘い汁にホッコリ、そして湯気立つ黒いつぶつぶの中では薄っすら輝く丸い白い宝石がある。


(アレ? 気が付くと私、太り始めてる?)


 心の中で冬にいちゃもんを付けるも、好物を頬張りすぎたらしい。

 気付くとぽっちゃり。

 着ている服以外に、身に付けている肌布団に気が付いた。


(でも……)


 文句言わず私に付き合い、相席をしてくれている子に目配せ、時間延長を申し出た。


「ねぇ、あともう一杯食べたい」

「……良いよ」


 私の相手をする眼前男子はハァアと大きく、ため息をついた。


「見てるだけで腹いっぱいになりそう」


 茶を啜り、小言をぼやくこいつは恋人未満で幼馴染みの少年。なんだかんだと文句を言いつつ付き合ってくれる、非常に良い子なので─感心感心。

 この季節、ここの茶店は私の好きな物で溢れる。しかも、家と学校の中間にあるのですっごく来やすい。

 お茶をズズッとしばくこいつも勿論、ご近所さんだ。

 寒さに身震いする子は頬杖をつき、私を真っ直ぐ捉えた。


「そんだけ食べれば帰りは暖かいだろうな」

はふはい?」

「あっ、ここにも餅」


 お餅を頬ばる私のほっぺをむにむに楽しそうに触れ、笑う奴がいた。


「それ、私のほっぺ」

「知ってる。柔らかく膨らんでるので抓った」

あんなに?」

「やっぱり俺も食べよ」


 嬉々とし、店員を呼ぶコイツのお目当ては可愛いレースで仕上げたドレス着物を着こなす女の子。


「おお、鼻の下がよく伸びてますよ? この餅のように」


 私はお箸の柄で、そいつの鼻下を突いた。


「良いだろう。太るのとスケベとどっちがマシィ?」


 なんか偉そうに、講釈を述べるコイツの顔つきを見て少し「ああ」と思わされたが、どっちもどっちという結論に至った。


「私は両方お断りだ」


 お椀を高く持ち、箸でカシカシ善哉をずぞぞぞぅう。はしたない音を立てる私に目をくりくりさす少年は皮肉を込め、口角を上げた。


「なんか言いたげだね」

「おう。ブタブタ子ブタお腹がすいたよ、ブヒィ」

「なんだと? お前も豚にしてやる」


 私はお椀に残る餡子をスプーンに乗せ、そいつの口に押し込んだ。ちょうどその時。


「あらあら、仲が良いのねフフ。お待たせしました」


 ヒラヒラとしたピンクレースを衿に、裾に、飾り付けた着物が良く似合うお姉さんはにこやかに微笑む。そしてコトンとお皿を置きひと言「ごゆっくり」と添え、テーブルから去っていった。

 注文され、彼の元にやってきたのは見目可愛い雪だるまアイスがちょんと添えられた、ドラ焼きだった。


「あれ、何それ」

「この店の裏メニュー、知らなかった?」

「うん、ムカつくぐらい可愛いな、それ」

「だろ? はい、お誕生日おめでとう」

「ん?」


 私の誕生日は先週だけど……と、訝しく構えていると「先週は妹と被ったからやれなかったし」だって。

 顔を上向けブツブツぼやき、私の前に皿を押しているヤツの耳はほんのりと紅くなっていた。席またぐ二人の間をふわり、冷たい結晶が舞い降りた。


「あっ、雪」


 私の「太るじゃん」と言おうとした口は彼のひと言に、塞がれてしまう。

 雪がしんしんと白く静かに。その上に広がる情景は薄暗く、灰色を落としていたが私の目には優しく映り込んだ。


「それ食ったら確実に肉布団羽織るから温かいな」

「ふん、そう思うなら贈り物を食べ物ではなく形で、くださいな」

「……考えとくわ。それより早よ食え、これ積もるぞ」


 急かすそいつは粉雪を掴んだ。

 私の誕プレは食べ物で誤魔化された。ブーブー声を漏らしつつ皿に乗る丸い物体も、目の前にある景色も撮り納めた。フィルム枠の中には鼻先を赤くさせ、白い息を見せる少年もきちんと入っている。

 私はサブサブ云いながら、口の中でひんやりと溶けていく食感を楽しんだ。

 恋人未満から恋人以上になるかは分からない。

 でも今は、この空間を楽しもうと思う私がいた。

 

 

 

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