第13話 夏菓子

 みーんみーんみーん。


 夏にせかるるなんとやら。いやいや違う。それは岩だ。

 翠溢れる木々の中を歩き、あちこちに響く虫の聲に耳を痛めた。


 五月蠅いなぁ、ここまで喚かれると気が滅入る一方だ。

 せっかく外に出る目的を得たのに、そんなに騒がれると足を止めてしまう。前を向く足は後ろに進みそうになっていた。


「ワン」


 犬の聲に身体が反応し、後ろを見た足は前を見た。

 茶色く丸いふわふわが私を見て、クルンクルンと回り始めた。上手に脚を浮かせ、私を招く。

 目的の店先に繫がれた可愛い犬は夏の陽射しにも負けず、柔らかく、茶色に輝いていた。


「ハゥアゥ」


 短い鎖に引っ張られる身体をバタつかせ、嬉しそうに吠えていた。

 小さい耳はピクピク動き、私を見てハフハフと、長い舌を出し入れし呼んでいる。

 そうだよ、あと少しで、家を出た理由があるんじゃないか。

 私は重い足を軽く、リズミカルに羽ばたかせた。といっても上手にスキップ、出来るわけではないけどね。


 軒先には風鈴が一つ。

 チリンと涼やかな音を奏で、私の顔を撫でた。蒸し暑い風が店の幟を凪いでいた。

 幟には主人が墨で書いたであろう、一文字の漢字がある。


「キュウン」


 私の脚を黒く湿る、鼻先が突いた。


 いやぁ、キミはいつもいい子に店番を熟す。賢いよ。


 看板犬のシバは小刻みにウロウロと、順番待つ私の足を踏み歩く。

 列乱す者をまるで監視しているかの如く、前へ後ろへ、のそりのそり。首に付けた細長い鉄の楔を引きずりながら。

 気がつくと、長い列が出来ていた。


「お待たせしました」


 順番を促され、私は入り口に立った。

 シャリシャリシャリシャリ──

 ああ、待ちわびた音がする。

 四角く、透明の物体が主人の手に合わせ前後に、右往左往に、素早く細やかに。羽のように綺麗に舞っていた。


 シャリッンィィシャッ。


「はい、どうぞ」


 席に着くなり、キラキラと光る冷たい氷が器に盛られ渡された。

 順番待つ間、出された紙に書いてあったお品書きから選び頼んだ、夏の逸品。

 綺麗できめ細かな透明が幾重も重なり、器の上で羽毛のように織り成された夏の風物詩。

 横に添えられた銀のスポーンでさえ、その輝きには負けていた。

 私はふわふわ成る、冷たい物を口へと運ぶ。


 ううーん、ちゅめっ……。そぅコレコレ、この冷たさ。

 上にかかる甘いシロップ、入れた瞬間のシャリッ、この塊を味わうために私は家を出たのだ。

 単純だろうが、そうでもしないと外に足が向かない。

 そう思いまた一口、私はスプーンを押し入れた。


 チリーン。


 入り口にぶら下がる物が冷ややかに音を立てているが、私の身体はそれ以上に凍え始めた。

 理由はともあれ、外に出るのはいいものである。

 店を出ると変わらない夏の日照りがあるが、今の私にはちょうど良い熱量で。あんなに嫌がっていた気分は今は嘘のように軽く、爽快であった。


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