第12話 出会い 別れ そして……

 人は色々な場所で出会い、別れ。

 

 その出会いが良き出会いか、悪い出会いか。

 また良い別れになるのか、悪い別れなのか。

 どうなることやら。


 ◆


「まったく、これの何処が悪いの」


 溜息をつきつつ、珈琲と一緒に置かれた原稿を突き合わせた。


 私はカフェの四人席を一人で分捕り、好き放題私物で広げまくった。

 卓上には書類や依頼原稿、イラストなどといった完全自分、我が儘仕様に散らかせた。

 平日の昼最中、席は満たされるというに、はた迷惑な話だ。

 

「ふう……」


 大きく溜息をつくと、隣をたまたま歩く店員にコホンと云われているような錯覚が起きそうで……。


 ごめんなさい。でもココが良い。


「ああ、参ったな。これ以上の創造力は自分に不可解不可欠難波船」


 丸い卓上を一人で遣りたい放題。


 通り過ぎる店員に軽く会釈すると満面の営業スマイルが返ってくるが果たして心の中は何思う?


 ああ、ごめん。解ってる。分かってるんだ邪魔なのは。


 誰も何も云ってはいないが自責の念に囚われ、でも眼の前には原稿があり。


 まいった……。


 頭を抱え、悩む私に声掛ける男性が一人。


「相席しても?」


(あっ……)


 急いで片そうとすると男性はそのままにと、優しい声を奏でた。

 男性の声は其処いらにいる男共よりも綺麗に優しく、澄んでいたように思う。

 自身が切羽詰まる中、柔らかい口調が己の振る舞いを許したからか。

 独り善がりな考え方から、そう聞こえたんだ。と、もう一人の私が囁いた。

 すごい自己解釈だ。


「凄いですね」

「え?」

「僕はこんな風に絵が描けない」

「いえ、そんな」


 こんな身勝手な自分になんて温かい言葉だろう。

 私は照れ、心が弾む。


「うん、この色とか好きだな」


 彼は数枚ある絵を一枚手に取り、大ぴろっに広げた。

 空は青色に、その空を浮くキャンディや金平糖などの菓子を黄色や橙色、桃色などを使い。透明感主張したファンシーなイラスト


「あっちょ……」


 絵を透かさず捕られたことにも驚いたが、褒められたことにも驚き、声をいつもの数倍荒げた。

 もちろん店内に声が響き、注目を浴びた。客の視線に慌て、下を向いた。


「すみません、僕の所為で」

「いえ、そんな……」


 落ち着くために珈琲を飲む。彼の手にはまだ私の絵が握られたままだ。

 彼はごつごつした手だが綺麗で細長い指。

 私の作品を丁寧に扱っている。私はその指に見蕩れた。

 珈琲を飲み終え、われに還った。


(あっ……恥ずかしい)


「……そろそろ返していただいてもいいですか?」

「ああ、すみません。気に入ってしまいまして」


 こんなアナログな、しかも雑い絵を気にいるなんて嬉しいような恥ずかしいような。

 私の絵は水彩画の上に色鉛筆をぼかし調に、重ねに重ねた絵で。


 まだ仕上がっている、とは言えない色彩画。


 つくえの上に広げているのはラフ画という構想案のもので完成ではない作品。

 珈琲は飲み干し無くなったにも拘わらず、カップを手にした。自分の恥ずかしさを誤魔化すために。


 恥ずかしいものをお見せしたのに褒められた。こんな自分勝手な振る舞いをしているにも拘わらずにだ。


 一息つき、空のカップを置く。

 男性も外の景色を眺めていたが、カップを置く音を聞き、また話し掛けてきた。


「これはまたファンシーな。空に浮くキャンディ、金平糖ですか? 降り注ぐように描かれて」

「はぁ……」

「こっちは水飛沫が空に舞ってます」

「……」

「この青がいいです」

「ありがとうございます」

「こういうのを「可愛い」と言うのですか?」

「あっ、それは人それぞれです」


 「可愛い」のかな? 自分でも何とも思わ! あっ、それはボツと云われるはずだ。タハハ


 男性のひと言で今回の没発言の意味が分かった。


(そうか、綺麗なだけなんだ)


 男性は静かになり、そして私も黙った。

 

 ◆


 私も私で自分の世界に入り、絵にのめり込む。色鉛筆と鉛筆を紙の上で踊らせ、相席者のことを忘れシャカシャカヂャッシャと。


「へえ、そういう風に重ねていくんですか。面白い」

「え、あ」

「明日もいますか?」


 聞かれたことにポカンとなるも、直ぐ「はい」と返答してしまい。

 なぜ「はい」と応えたのか分からないがこの男性と話がしたいと、思ったのだ。


 ◆


 それからよく会うようになった。場所はこのカフェでだ。

 互いのことを色々と話、時には雑談。この関係が続くかは分からないがこのまま楽しいものになれば良いなと思う私がいた。


「明日からここには来れなくなります」


 唐突のお知らせだった。

 躊躇ってしまった。なぜその時、そうなったのか分からなかったが、後から気づいた。


「楽しかったです」

「私もです」


 しばし、沈黙が続いた。


 ◆


 後日、あの人の姿は綺麗に消えた。


 ◆


 相変わらず席を一人占め。

 周囲は慌ただしく、満席にも拘わらず。

 時折見渡す周りにはあの人はいない。


(バカなの?!)


 広げた原稿をトントン。

 手に集めたものを抱え、席を立とうとしたその時、一枚。

 ひらり。


「あっ」


 腕を伸ばし拾い屈んだ私。すると頭がひとつ! 目に飛び込んできた。


「この青がいいです」


 聞いたことある言葉、見たことあるゴツゴツとしている優しい指。

 覚えある姿が目の前にある。

 私は驚き、手に有る原稿をすべてばら撒いてしまった。ひらり舞う一枚を手にした人は優しい音色を奏でた。


「相席しても?」


 私は顔をくしゃくしゃにし、元気よく返事した。


「はい」


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る