第7話 携帯に疎い先輩が自然に格好いい


 薄ら寒くなり始めた今日この頃。

 暑さからの解放を待ちわびていた俺は嬉しく、頬に伝う空気の冷たさの余韻に浸っていた。

 ふと横を見ると、携帯をポチりながら歩く人がいる。


 俗に言う歩きスマホだ。


 さほど、珍しいことではないのだがこの間の上司の所為か、やたらと目に止まるようになったのだ。


 会社の上司──。


 会社の昼休みに皆で携帯を触り、ワイワイきゃいきゃいと騒いでいた。するとネクタイもないのにネクタイを解く手癖をして、隣に大先輩が席に着いた。


「ああ、いつまで経っても癖が抜けない。あれ? みんなはなにぃ、ご飯は終わったの」

「はい、お先でした」


 大先輩と言っても年はまだ三十後半の人だが、少し老け顔の所為か、四十前半の年に見える。

 高校卒業後すぐ就職したそうだからスーツ歴も長く、休み時には手を首に持っていき必ず第一ボタンあたりのワイシャツをさわる癖が抜けないらしい。

 が女子社員には受けがいい。

 その姿に小さい可愛い悲鳴を上げているコもいるので、俺ははたまにヤキモキすることがある。


(チェ、今はワイシャツノーネクタイの時代だからそんな素ぶりは確かにしない。が、それが様になるってどうよ)


 今日も席に着くだけで、そのしぐさが好きな女子は声を上げていた。


「いやぁ、すごいね。どうしたらそんなにスマホが扱えるのか。うらやましい」


 携帯を扱う皆の手ぶりに感嘆したらしく、声のトーンからも冷やかしていないのが分かる。


「イヤさ、僕は携帯に疎くてね。おじさんだね、ホント」

「何を言ってるんですか、もう。慣れますよ」

「私、教えますよ」

「ありがとう。この間も知り合いに呟いた一言が炎上してね。ホントに困ったよ」


 そう言いながら弁当に箸を立ていれ、恥ずかしそうに食べる姿は端から見てて嫌みがなく、こっちまで照れてしまう。


(アア、そう言えばこの間スタンプについて尋ねられた。あれはどうなったのだろう)


 休暇時間も終わり、仕事が始まると先輩は営業に出掛けいなくなった。


「おいっ、この書類を届けてくれ、あれ? あいつはどうした」

「先輩なら、営業に出ましたよ」

「ああ、そうか。しまったな」

「あ、届けましょうか。これポストに入れに行くので」

「おお、頼む。追い付くかな」


 先輩の足はゆっくりな上に、営業に出る時は必ずコーヒーを買って出る癖を知っていたのですぐに追い付くことは分かっていた。


「先輩、書類を届けに来ました」


 声に気づき振り向く姿は耳にスマホを当て、いかにもビジネスマンぽくってカッコがよくて……呼び止めたこっちの足が止まってしまった。


「いやぁ、ありがとう。今、連絡をもらったよ。ついでとはいえ悪かったねありがとう」


 書類を渡す際に先輩の手にあったスマホが転がり落ちた。急いで拾うも手にあたり、また転がる。

 三回も繰り返すので、四回目は俺が拾いあげると満面の笑みで礼を言われた。


「ありがとう。僕は普通にしていてもコイツに嫌われていてね。外で使うと必ず落とすわ蹴るわ、でもうテンワヤンワで傷つけてしまう。ながらスマホができる人がうらやましいよ」


 隣で聞いていておかしくて吹き笑うと、先輩はますます笑った。


「みんな、上手に使うよね。文字も早いし、最新のツールをうまく使いこなしている。いいな、教えてもらうのだが、なかなか」


 先輩はスラックスのポケットにスマホをしまう際、ホルダーの紐が少しはみ出ていた。俺がホルダーの紐に気づき、驚いていると先輩はまた恥ずかしそうに笑った。

 月日が経っても俺は彼の顔を見るなりこの間のことを思い出した。

 しばらくあの表情を忘れることはないだろうと思う。


 今でも先輩はスマホを良く落とすし、少しでも難しい操作があると俺の所に訊きに来る。

 あと何年すれば完璧に使いこなせるかなと思いつつ、先輩はそのままでいてほしいと思う俺がいた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る