第6話 お酒を作るの、辞めました

 

 隣の女がグラスに酒を割ると横にいる男にそのグラスを渡している。


「はい。どうぞ」

「おお、ありがとう。君が作るモノは上手いね。酒が進む」

「もう、やだ、何をおっしゃるのかしら」


 席に座る男女が和気あいあいと酒のグラスを持ち話していた。その遣り取りを私はチッと心の中で舌打ち、隣で眺めていた。


  本当に何を言っているのやら。


 隣の女のコテコテの仕草に呆れていると酒を作れと合図された。


(合図送んないでくれる? そりゃああなたはヘルプじゃあないわよ。でもねッ……この◯◯女が)


 ここは、女の子が男の人にお酒を振る舞い楽しい時間を提供する場所。

 心が黒くなるのは仕方がないが、最近こんな自分が厭になってくる毎日。


 そもそもここで働いているのは、学費を稼ぎながら生活費も手に入るからだ。

 我慢して作り笑いをしてお酒を振る舞う。


(高い酒飲んでるよね。この一本で米が買えるわ)


「ねえ、聞いてる? ホントに聞いてる?」

「はい、お疲れ様です。大変ですね」


(ああ、本当に自分に嫌気が差す)


 男の人に相づちを打つのに疲れ気味の私にも、ある日驚きの出会いが来た。

 出会いといってもこのお店だけど心が疲れ、暗かった私にも少しの明るさがやって来た。


 ああ、良かったいい人に巡り会えてと思っていたのにその人は妻子持ちだった。。

 やはり、店での出会いはこんなものだ。

 いい出会いは外でしかないのかと少し嘆くが致し方なし、である。

 ここ最近この繰り返しの日々が続いていてやっと抜け出せたと、思っていたのになんてことだ。


 ある日、仕事が終わり暗い気持ちで家路に着くはずがばったりと妻子持ちに出会ってしまった。

 しかも違う女を連れていたのだ。


(こんな奴と付き合っていたとは……)


 あまりの馬鹿らしさに呆れ、口も聞かずに去ろうかと思ったがつい口が開いた。


「あら、奥さんとお幸せに」


 満面の笑顔で去っていくと後ろから揉める声と音が聞こえる。

 私は上機嫌になり、飲まずにいられない気分。

 どこぞ店のドアを開く。

 そこはワインバーの洒落た店で何となく気分も上がってしまう。


「何になさいますか?」


 いつもは持てなす方なのに今日は逆に、はやされる方だ。

 ますます気分が上がり、高揚感のままに飲みまくる。


(上越な気分だ。何かが満たされる)


 あまりの心地良さに飲むスピードも上がり、最後は覚えてなかった。


 気がつくと頭が痛い。布団の感触が身体に直で擦れる。可笑しな事に気づいた私はあることに気づいてしまった。


(ヒャァー。私は裸だ)


 完全にやってしまったと、後悔する私がいた。

 服を探す為にまずは鞄を探す。


 コンタクトをはめたまま寝たため、視力が覚束ない。私の視力では周りが見えない。

 なので眼鏡がある鞄を探す。


 手探りで探し、やっと鞄を見つけ眼鏡を出し掛けるが頭が重い。視界を開く前に思考を開くべきだと気がついた。


(いきなり視界に何が入るか分からない)


 何をどうして帰ってきたのか、何も覚えていないということはないはずだ。

 考えに考えるが、思考がまとまらずにいるとあることを思い出した。


 そうだ、閉店間際までいて最後、バーテンのお兄さんと帰ったんだ。


(やっと視界を開く勇気が出来た)


 隣に人はいず、とりあえず一息ついたのだが、辺りを見渡しびっくりする。

 色々なモノが散らかり溢れている。

 服を探す前に、この散らかりようは一体何事なのか。


「ヨシッ! 片すか」


 シーツで身体を包み、脚を出し、動きやすい仕様にアレンジした。

 服を探しつつ部屋を片す。


 大方、綺麗に片づいたのに服は出て来ず、この部屋の主らしき人も居ない。


(どういうことか)


 恐る恐る部屋から足を出し、キョロキョロと見渡すと玄関の開く音がした。


 慌てベッドに座り直した。

 

 急いで走って来る足音が聞こえる。


「ごめん。起きてる? 牛丼買ってきた」


 部屋に見知らぬ男と牛丼が覗き見えた。もう片方の手には服が入った袋を持っていった。

 袋の中は私の服だった。


「コインランドリーで回してきたけど……あとお腹空いてると思って」


 朝から牛丼を渡され、乾いた服も渡された。

 笑いながら受け取り、服を着替える。


「さすが、酒には強そうだ」

「私はどこまで話したのでしょう」

 

 牛丼を食べる箸は止まらず、ワシワシ食べる自分に驚く。


「キャバ嬢で、男に振られ、と……学費がどうとか」


 話を聞くと、ほぼ全部話しているようだ。


 男も食べる箸は止まらず、口の中に放り込んでは話しをしている。

 話し終え、モゾモゾしているといきなり名刺を渡されその上、土下座がついてきた。

 驚いていると告白をされた。


「出会いはともあれ不躾だが付き合って欲しいです」

「はぁ……」


 牛丼を食べ終え、名刺を見て考えている自分にも驚く。


 とりあえず名刺をいただき、お礼を述べ男の部屋を出た。

 なにが二人の間にあったかは聞かず、告白されたことだけが頭に残る。


 あれから電話も店にもいかず、男とはいっさい連絡をしていない。


 私は、お酒を作るのを辞めた。

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