第5話 着ぐるみバイト
「熱い」
一言もらすと空を見上げ目的地へと向かう。今日のバイトの目的地は駅の中、ここより涼しければ文句はないが……
(今日は晴れ間が良すぎてこの
まだ、二つの穴がしっかり空いている、そこから入る光の穴と空気に、少し救われる。
湿度、熱気、動くたびに荒れる息に出てくる汗が何とも気持ち悪い。
(フー。フー。湿気、熱気、喉渇いた)
なぜ、こんなに息ぐるしくしているのか。
私は今、着ぐるみの中にいる。
そう、あのキャラクターや、動物の、あの着ぐるみで動いているのです。
私の仕事は着ぐるみのバイトをしているのですよ。
「ワァ、桃太郎だ。桃太郎」
(はいっ、そうだよ)《体を動かす》
「ばいばい」
《手を振る》(はい、はい)
「わぁ。お可愛い。ばいばい」
《手を振る》(有難う。はいっ)
「ね、男? 女? 中は誰」
(どっちでしょう)《手を振る》
耳に届く会話が、今の自分に気力を
この着ぐるみの中は息は出来るが熱く、蒸れる、そして中の匂いは
臭くは無い。
息苦しさも、熱さも、その時、その時の着ぐるみの構造次第だ。
(ただ、やはり一番は熱さだ。
この熱さは気をつけないともってかれる。
体は火照り、水分をきちんと取らないとバタンキューである)
なぜ、そんな熱い思いまでしてこの仕事をするのか聞かれた。
まぁ、別に好きでこの仕事をしている訳ではないが、子供と触れられる仕事があっただけの話しであって。
そもそも私は、保育園の仕事をしていたのだが解雇され、同じ職を探していたが、ありつけなかった。
そんな折、友人が紹介してくれたのがこの着ぐるみの仕事だ。
接客、仕出し、配達と探せばたくさん仕事は在るが、やはり「子供」というワードが自分の中から離れなかった。
(いつか保育園の仕事にもどりたい)
「わぁ、固いい。ボスボスいうね」
「これっ、叩いては駄目ですよ。ごめんなさいね」
子供が着ぐるみを叩くとたまにモヤッとするが、それはそれ。
我慢して手を振り送り出す。
中の表情は見えないだろう。
(にやり)
そして、素に戻る。
(いやいや、いいんですよ~。触れ合ってこその着ぐるみ、触れ合ってこその宣伝)
子供の行動は分からないが、この中にいるとますます分からない。
子供の背は低く、目線も着ぐるみによりまちまちなので、視界に入らないことが多々ある。
一応、抜き穴はあるがこれも大きさや、着ぐるみの種類や作製している会社により違う。
この間のペンギンは自分の目の高さと合わず、許可を得て急遽強引に穴を作った。
だが、小さな穴なのでほんの少し垣間見る程度で終わった。
本当に視野が狭く、写真を希望される場合は誘導して頂くか、お客が手を引いてくれるか、側に来て頂かないと位置に立てなくたまに難儀する。この間は、何もないところで転けてスタッフと客に起こされる自分がいた。
(反省、本当に足元には、特に気をつけないといけない。でも見えないのです)
起こされると見ていた子供に笑われる自分がいたが手を大仰に振り、飛んだりもして無事?をアピールする。だがある程度動きは決まっているのでその範囲内で大仰に動く。
(ありがとう。ごめんね。また会おうね)
自分は、子供も人も別に嫌いではないので普通に接しているがこの間、数人の着ぐるみショーの時に仲間と話し様々な意見を聞いた。
「ええ? 仕事の切っ掛け? まぁ、時給もだけど人見なくていいじゃん?」
「ああ、それな! ウンウン」
「私もそれかな? 話さなくていいしぃ」
今日の人は人との接触を避けるために、この仕事に着いていた。
在るときは時給、掛け持ち等々、人の答えは無象無人にある。
(そうか、まぁ、それはそうだわ。色々だ)
自分のことを話すと驚く人もいれば、応援してくれる人もいる。
「早く、園の仕事が見つかるといいですね」
「ありがとう」
休憩後、着ぐるみの頭を被り、持ち場に着き、人と接する。
重いし、蒸れるし、息はしずらく、中の空気は臭いがこの仕事も板についてきた。
(中々、面白い仕事である)
そして一日が終わる。
この仕事に不満はなくは無いが強いて言うなら呼吸の仕方を改めたいことだ。
晩ごはんは、焼肉弁当とビール、二本を買い家に帰る。
(明日は職安に行く予定もあるので鋭気をつけておこう。まぁ、今の仕事も好きだからたぶん止めないだろうが、
明日の予定を見て寝床に着いた。
電気の消えた暗い天井をボーと眺める。
布団を肩まで掛け、明日のことを考えると少し、わびしく思うこともあるがとりあえず瞼を閉じた。
(いいこともあれば悪いこともある。明日も成るようになるさ……暗いことは考えるな!)
自分に強く暗示をかけ、明日を待ちわびた。
さぁ、新しい一日の始まりだ。
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