第2話 おでん屋。
「おじさん、聞いてる~」
「はいはい、玉子、ダイコンお待ち!」
おでん屋台で酒を呑む私はそこの親父に色々と愚痴を吐き、絡みに絡みまくっていた。迷惑も考えずに。
「気いつけな、熱いよ」
「わ”-い」
親父は皿に寄せた注文の品をすぅうと、私に渡す。渡された玉子は口に入れた瞬間ーー、余りの熱さに迷わず口からポンっと吐いた。
タイミング悪くたまたま隣に人が立ち、飛び出た玉子はその人に当たった。
弾んだ玉子を見届けると目の前が、暗くなった。
──私は洗濯機の音で目が覚めた。起きた直後、私の芯からアツい物が伝ってくる。次の瞬間……。
「んー。う゛ぇ」
「おいっ、マジかよ。何回目だよ」
頭の上から、聞き覚えのない男の声が降ってきた。
「はっい?」
持ち上げた頭はガッと鈍い音を立てた。
「がっ! いてっ、何だよ、なぁっ!」
頭蓋骨のてっぺんが何かの振動を伝い、シーンと耳に目に、身体に響く。
頭を押さえ、閉じた眼をそうっと開きながら上を覗いた。見据えた先には若い男の顔があった。
顎を摩る相手の声は怒り気味で、もの凄く迷惑そうに聞こえたが私にはわからない。
私はなにがなにして、どうしてここにいるのか。
胸に手をあてると何かがスースーする。考えがおぼつかない私は原因を捉えるのに、少しばかり時間がかかってしまった。
「あっ、ごめん。直視した」
「???」
「裸」
男はそう言いながら、轢いてあるタオルを片付けていた。
よく見ると周りにタオルが轢かれ、所々色が変わっていた。
私は訳が分からず、固まっていた。
「裸! 隠せよ」
今度は足元にある布団を被せられた。とてつもなくゲロ臭い。
「臭い」
「知らんわ。目ぇ覚めた? 玉子のお姉さん」
男は冷たく言い放った後に、眼の前にあるおでんに手をつけ始めた。
私の鼻をそれは刺激した。
「う゛」
「!!」
「あっ、大丈夫です」
「・・・・・・・・・」
荒い口調の人は隣で箸を取り、黙々と食べ始めた。
長い指が大根を口へと運ぶ、その所作に私はピンッと閃く。
「玉子!」
「あっ? やんねし」
「あっ、そうではなく」
布団に包まりながらあちこち眺め、自分の置かれた状況を確認するが、やはりよく分からない。
ただ分かるのは自分の部屋ではない。見知らぬ男がいる。
──気分が悪い。
なぜ眼の前で、あなたはおでんを食べている。
なんで?
「あー、ごちそうさま」
目の前の男がパックの上に箸を置き、手を合わせている。
「……。すみませんがここは」
「……オレの部屋、お姉さん最悪」
「?? なにが?」
「玉子吐かれるわ。倒れるわ。背負ってるときゲロ吐くわ。お陰でここよ。交番に置いてくる予定が……」
よく見ると青年? は風呂上がりなのか、肩にタオルを掛け髪は生乾きのように見える。
「ご迷惑」
「かけられた。まあお陰でおでんはただで貰えたがと言うか替わりの押し付け?」
「……」
布団に包まりながら自分の身体を確認していると言葉が飛んでくる。
「大丈夫。女だからと無闇に抱きません。飢えてません。見知らぬ上にゲロ女なんて」
もの凄く、暴言を吐かれている気もするがこのように扱われているのはいいことなのだろう。たぶん。
「上の服は袋に入れてある。帰れそう?」
追い出しにかかる男には悪いが頭がぐるぐるとして胸も気持ちが悪い、上に考えがまとまらない。
はっきりと分かるのは飲みすぎたことだ。
そしてまた目の前が暗くなり。
身体の痛さに目が覚めた。
布団に包まり、座りながら寝ていたらしい。その身体のきつさで目が覚めた。
首を振り男を探した。床の上で掛け布団に包まり、寝ていた。
ボトン──。
「?」
足下に一ℓボトルの水が転がる。
それを見て少し吹き笑うと、なぜか安心した。
とりあえず水を貰うことにしたのだが手が……。あっと呟く前に大きな手の平が飛んできた。
「あぶなっ。これ以上はやだよ」
「……すみません」
水を取り上げられ、落ち込む私の前にコップが出て来た。
「ありがとう」
無言で渡され、様子を見ていると違う扉が開き、聞き慣れた音がする。
ジャー ……バタン─。
あっ、トイレか
そして青年? はまた床で寝た。
一連の動きを見送ったあと、私も寝ることにした。
──翌朝。
日差しの明るさで目が覚めた。
そしていい匂いがしてるが……。
何の匂いだろうと思いながら起きた。
「おいっ!」
叫び声で驚くがその声が飛んできた理由が分かり、布団を被る。
裸なのを一喝されたのだ。
男が睨んでいる。気付かなかったが見た目が少し若い、私より年下かも。
「すみません」
「はあ」
もの凄く、凄く、迷惑そうに溜息を吐かれ落ち込んだ。布団に覆われながら男の動きに目を追うと服を渡された。
「洗える時間があったので」
私が着ていた服だ。
乾燥機に掛けたばかりなのか、ほのかに温かい上に洗剤のいい匂いがする。
「ありがとう」
お礼を言うと笑顔が返ってきた。
(あっ、そんな顔も出来るんだ)
そして男はうどんを食べている。
きゅるるるぅ───。
安心したのか、私のお腹の音がした。
青年が驚いて私を見、訊かれた。
「お腹空いた?」
首を立てに振ると青年は立ち上がり、何かを作り始めた。
服を着終えた私は布団を畳む。
そしてそこに座り直した。
渡された器には温かい、駒切れにされたうどんが入っている。
「うどん?」
「それしかないし、長いとまた吐かれそうなので」
スプーンを渡され、なぜか笑い続けた。
「早く食べなよ。あっオレの伸びた」
「いただきます」
スプーンで口に運び、ほっとしたあと言葉が出る。
「あっ、美味し」
青年はこちらを見るとニッ、と笑い。
それが嬉しく、私も微笑んだ。
「お姉さん、仕事はってあればあんなに飲まないか」
(ああそうだ。今日は日曜だ)
食べ終えるとお礼をいい、何か出来ることを伺うが別に何もないと言われた。
「まあ、強いて言うならいつ帰る?」
その一言にただ謝り、少しばかりの気持ちを渡し去ろうとしたが断られた。
玄関で靴を履き、帰ろうとしているとあるものを渡された。
名刺だ。
「悪いと思うなら仕事依頼してよ。そこで働いてるから」
花屋の名刺。それを見て吹き笑った。
「何だよ、コーディネートしてるんだ。悪い?」
「いえ、そうではなく。ありがとう、お世話様になりました」
「本当に世話したわ。次はないようにってか気をつけなよ。たぶんすべての人がこうではないよ。たぶんね、たぶん」
「はい」
またお礼を言い部屋から去って行く。
本当は花屋というところに吹き笑ったのだ。
このような人との交わりも悪くない。
そう思い自分の家へと足を運んだ。
本当に悪いことをした、と思ったのでその花屋に電話をし、時期が時期なので母へのプレゼントを頼んだ。
後日、花を取りに行く。
──青年は笑っていた。
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