神に隠された子

毒の徒華

都市伝説『標(しるべ)さん』




 探せど、探せど、私の息子の裕紀ゆうきは見つからなかった。


 家の押し入れ、屋根裏、軒下、山の中、川のほとり、友達の家の周辺……ありとあらゆる場所を探し続けてあっという間に2か月の月日が経ってしまった。


 息子の裕紀が行方不明になったのは2か月前の6月10日。

 7歳の裕紀はいつも通り友達と遊びに出掛けて行き、それを最後に裕紀は忽然こつぜんと姿を消してしまった。

 警察に捜索願を出して近所の人と警察の人と一緒に裕紀を探していたが、裕紀を探す人たちは日を追うごとに減っていく。


 中には恐ろしいことを言う人もいた。


「もう……これだけ探していないってことは、誘拐されたんじゃないのかい?」

「子供1人で2か月も山の中で生きられるもんかねぇ……?」


 周囲の人たちは口々にそう言って捜索をやめていく。

 しかし、私は裕紀がどこかで1人で泣いているような気がして、寝ても覚めてもずっと裕紀を探していた。

 何度も調べた場所も、何度も何度も確認して調べてしまう。


「裕紀ー! いたら返事してー!」


 8月の灼熱の空気が喉を尚更枯らせてしまうが、それを気にもせずに私は裕紀の名前を朝から晩まで呼び続けた。

 しかし、その日も私は裕紀を発見できなかった。靴が見つかるとか、服の切れ端が見つかるとか、そういった手掛かりも一切ない。


「はぁ……」


 下を向きながら私は帰路を歩いていると、裕紀の友達のかける君がランドセルを背負って前方から走ってきた。

 この周辺は田舎で、家もまばらな田んぼだらけの小さな村だから、人がいるとすぐに分かる。小学校も片道40分程度歩かないと辿り着かない程の田舎だ。1クラス7人程度しかいない。


「翔君、こんにちは」

「あ……こんにちは」

「今日も暑いね。学校終わったの?」

「うん……」


 額から汗を垂らしながら翔君は俯いた。周囲はせみがうるさく鳴いていて、翔君の小さな声はその音にかき消されて消えていく。


「そう。気を付けて帰ってね」


 私がそう言った後、翔君は言いづらそうにもじもじと身体を少し揺らしながら、やっと口を開いた。


「……あのね、裕くんは『しるべさん』とかくれんぼしたんだよ。みんなにはぼくが言ったってことナイショにしてね」

「え? シルベさん?」

「うん。だからいなくなっちゃったんだと思う」


 突飛なことを言い出した翔君に、どう返事をしたらいいか悩んだものの、私は苦笑いで話を合わせる。


「そのシルベさんって、この村に住んでる人?」

「ううん。標さんはとなりの村に住んでるオバケだよ。裕くんはオバケにさらわれちゃったんだよ」

「オバケ? 隣の村ってどこのこと?」


 隣の村までは子供が徒歩で歩いて行ける距離にはない。片道2時間以上歩かなければ隣の村まで行けない。


「あっち」


 翔君は北の方角を指さした。その方角は私の想像していた隣町の方角とは異なった。


 ――北に村なんてあったっけ?


「あっちには村はないんじゃないかな?」

「ううん。あっちにだれも住んでない村があるよ。オバケしか住んでないの」

「誰も住んでない村?」


 私が疑問に思っていると、翔君の後ろから友達が元気よく走ってきて私の前で一度止まった。


まこと君に康平こうへい君、こんにちは」

「こんにちは! 翔、早く俺んちでゲームしよう! 新しいゲーム買ってもらったんだ!」

「本当? 行く! じゃあね、裕くんちのおばさん!」

「気をつけてね、みんな」


 はしゃぎながら風のように子供たちは走り去っていった。その背中を私は寂しい気持ちで見送りながら再び帰路につく。


 ――子供たちは想像力豊かね。確かに、急にいなくなっちゃったらオバケのせいにもしたいけど……シルベさんなんて聞いたことない。子供たちの間ではそういうのが流行ってるのかな


 そこまで考えたところで、私は裕紀がいたらきっと同じようにはしゃいでいたはずだと考えて目に涙が浮かんでくる。

 それが汗なのか、あるいは涙なのか分からない液体が焼けたコンクリートに落ちてすぐに蒸発した。




 ◆◆◆




 それから2日が経った。

 相変わらず毎日猛暑日が続いていて、毎日私は汗だくになりながら裕紀を探している。

 しかし、努力も虚しくその日も何も収穫がない状態で、とぼとぼと夜の19時くらいに家に帰ると旦那の大和やまとが頭を抱えたまま椅子に座っていた。

 テーブルに置いてある作ってある夕食にはまだ手を付けていないらしい。


「美樹……ちょっとそこに座ってくれ」


 深刻そうな表情で大和は私にそう言った。


「何? 今日も暑いね。凄い汗かいちゃった。足もパンパンなの」

「…………裕紀のことだけど」


 私は咎められるような気がした。裕紀が未だに見つからないのは私のせいだという自責の念が沸騰し始める。大和に落胆されないように私は咄嗟に言い訳を始める。


「……一生懸命探してるの。でも、全然見つからなくて……本当、どこに行っちゃったのかな」

「もう……探すのは警察に任せよう。美樹はこれ以上探さないでほしい」

「え……?」


 大和のその言葉に、私は絶句した。

 返す言葉が見つからず、唖然とした顔で大和の方を見つめる。


「もう、やめてくれ」

「……なんで……? だって、警察だって全然探してくれないし、毎日警察署にも行ってるけど何の進展もないんだよ……? 今だって、見つけてもらえるのを裕紀は待ってるかもしれないんだよ?」

「…………常識的に考えてくれないか。もう2か月も見つからないんだぞ? こんな田舎で……誰かが保護してたらとっくに見つかってるはずだ。7歳の子供が保護もなしに生きている訳がない……」

「なんでそんなこと言うの……? 諦めずに探そうって言ってくれたじゃない!? 裕紀は生きてるよ!」


 裕紀がまるで、もうこの世にいないような口ぶりで話す大和に対して私は怒りがこみあげてきて声を荒げた。


「もう、いい加減にしてくれ。毎日毎日……遅くまで歩いて探し回って、裕紀の分の食事を3食用意して、テーブルに並べて……ショックなのは俺も同じだよ。でも、こんなこといつまでも続けていられないだろ」

「見つかるまで私は探し続ける! 大和は裕紀のこと大切じゃないの!?」

「近所の目も考えろよ! 美樹が完全におかしくなったって、俺の会社中に話が回ってるんだよ! 仕事にも支障が出るんだ……こんな小さい村、すぐに話が広まるんだ……俺の仕事がなくなったら、美樹も俺も生活できないだろ? もうちょっと冷静になって考えてくれよ……」

「……もういい。そんなこと言うなら、離婚でもなんでもしたらいいでしょ! 私は裕紀を探し続けるから!」


 居てもたってもいられずに、私は椅子から立ち上がって二階の自分の部屋へと駆け上がって勢いよく「バタン!」と扉を閉める。

 そしてそのまま扉越しにズルズルと崩れ落ちてボロボロと涙を流して泣いた。


 ――どうして……そんなこと言うの……裕紀が今も泣いてるかもしれないのに……父親なのに……


 そう思うと、私は涙が止まらなかった。

 悔しくて、悲しくて、もどかしくて、苦しい気持ちでいっぱいだった。


 涙が枯れた頃に、私は不意に翔君が言っていた『シルベさん』というオバケの話を思い出す。

 馬鹿馬鹿しい話のように思いながらも、もうすがわらもない状態だ。気休めにもならないが、それを調べてみようという考えが頭によぎる。

 泣き腫らした目を擦りながら、私はパソコンの前に座って検索エンジンで「シルベさん」と入力して検索してみた。

 しかし、検索したもののそれらしいものは見当たらない。


 ――県名を入れたら出てくるかな……


 なんて馬鹿なことをしているのだろうと、自分の行動に呆れてくる。しかし、私は検索エンジンに「長野県 シルベさん」と入力すると、一番上に「都市伝説『標さん』」というものがヒットした。

 それをクリックしてサイトの中身を見てみると、黒い背景に赤い文字で「標さん」の詳しい内容が書かれているページがパソコンの画面に映し出される。


【『しるべさん』


 長野県の×××郡に○○○村という廃村があり、そこには「標さん」という妖怪が住んでいる】


 ――妖怪なんている訳ないじゃない……


 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、私はそのページを読み進めていく。


【その妖怪と「かくれんぼ」をして勝利すると探しているものの場所を教えてくれるという。ただし、標さんに見つかってしまうと自分が永遠にこの世から隠されてしまう。また、標さんを怒らせてはいけない。1982年に標さんの住んでいる廃村の取り壊しを行っていた作業員20人が忽然こつぜんと姿を消したのも、標さんの怒りだと言われている】


 その記事を見て、かなり前の事件だが確かにそんなことがあったという事を思い出した。


 ――私が生まれた頃の事件だから全然分からないけど……お父さんからそんな話を聞いたことがあったような気がする


 そこまで思い出したところで、私は確かに北の方に立ち入り禁止区域があって、その先にあるのかもしれないと考えた。


【標さんと「かくれんぼ」をする方法は簡単。夕方に廃村の中にある神社の本坪鈴ほんつぼすずを3回鳴らす。その後に自分の探しているものを口に出して言いましょう。その後に10分以内に村の中のどこかに隠れ、30分見つからなければ勝ち。「もういいかい」「もういいよ」のやり取りをしてから30分経った時点で「かくれんぼ」は終了。「かくれんぼ」が終わると神社のやしろの中に地図が置かれる。自分の探し物の場所は標さんが地図に×印をつけてくれているので、それを頼りに自分の探し物を見つけよう】


 ――本当に馬鹿馬鹿しい……こんなデマを流して楽しいのかな……?


 そう思っても私は惰性的にそのサイトに書かれている文字を目で追い、マウスホイールを動かして画面を下へとスクロールしていく。


【※注意事項※


 1.時間はしっかり確認しよう

 2.標さんに「もういいかい?」と呼びかけられるので、必ず「もういいよ」と返事をしよう

 3.「かくれんぼ」が終わったら】


 ドンドンドン!


 そこまで読んだ時点で部屋のドアが強めにノックされたので、私は驚いてそのページを閉じてしまった。

 ガチャリ……とドアが開いて大和が申し訳なさそうな顔をしながら入ってきた。私の泣き腫らした目を見て、尚更申し訳なさそうな顔をしている。


「美樹、さっきはごめん。言い過ぎたよ」

「あ……ううん……私の方こそ感情的になってごめん……」

「……でもさ、美樹のことが心配なんだ。いつかは前向きになっていかないといけないんだからさ……」

「……………」

「疲れただろ。ご飯食べて風呂入って、もう今日は寝ろよ」

「うん」


 それだけ言って、大和は部屋から出て行った。


 ――早く見つけないと……本当に手遅れになっちゃうかもしれない……


 私はその考えを頭から振り払い、大和の言った通り食事をしてお風呂に入って眠ろうと考え、一階に降りた。

 食事をしていても味をあまり感じない。調味料を入れ忘れた訳ではないのに、味を感じることができない。お風呂に入っていても疲れは取れないし、連日ずっと歩き回っているせいか脹脛ふくらはぎも痛い。

 お風呂から出てすぐに私はベッドに入り、疲れていたのですぐに眠りについた。




 ◆◆◆




 馬鹿馬鹿しいとは思っているけれど、私は日中にずっと裕紀を探し、疲れたままの身体で北にあるという廃村を目指して歩いていた。もう他に当てがある訳ではない。

 時間は夕方に差し掛かる少し前だった。

 道とは到底呼べないような山道を歩いて私は廃村を目指す。場所は事前に調べておいたが、地図に載っていない村でおおよその目安しか分からない。


「はぁ……あっつい……」


 道なき道を歩いて1時間程度経った頃だろうか、立ち入り禁止の看板やテープを横目に通り過ぎてしばらく歩くと、私は廃村らしき場所にたどり着いた。

 崩れた古い作りの家がいくつかあるが、崩れずに家として残っているものも多くあった。多くあったと言っても5軒、6軒程度しか残っていない状態だ。

 道を進んで行くと神社の廃墟があり、そこら中がこけむしていて雑草も生い茂っている。周りの木が高く、日があまり射さないその廃村は不気味で、その周辺は山の中なのに虫も鳴いておらずにやけに静かだ。少し寒いようにも感じる。


 ――ここ……だよね? もう地図にも乗ってない村だけど……


 もう時間は夕方だった。

 あの都市伝説のサイトを見て情報を頼りに、私はボロボロになっている本坪鈴をジャランジャランジャランと3回鳴らした。


「……えーと、私が探しているのは高橋裕紀という名前の私の子供です……」


 小さい声でボソボソと神社の社に向かって話をした。


 ――何やってるんだろ、私……ちゃんとこの村の中を探さないといけないのに……でも、一応あのサイト通りにやってみてからでいいか……


 私は村の中で隠れられそうな場所を探した。

 隠れられるような場所は沢山あるのだが、ここなら見つからないだろうという場所が中々見当たらない。

 水道の下や、トイレの中、押し入れの中、階段の下の収容スペースと色々あるのだが、私が鬼だったら真っ先に探しそうな場所は避けることにした。


 ――どこがいいかな……?


 そう考えている最中、何か聞こえた。

 ねずみでもいるのだろうかと歩くのをやめて辺りを見渡して音に集中する。


 音に集中して耳を澄ませると


「もういいかい……?」


 と聞こえた。


 聞こえた瞬間、私は凍り付いたように恐怖に支配されて動けなくなった。


 ――嘘……何か聞こえた……「もういいかい」って聞こえた……嘘、誰もいなかったはずなのに、どうして?


 あの黒い背景に赤い文字の都市伝説サイトの内容を必死に思い出そうとする。半ばパニックになって私は冷や汗がどっとあふれ出した。


「もういいかい……?」


 標さんを怒らせてはいけないという文言を思い出した。それから、「もういいかい」に対して「もういいよ」と返事をしなければならないことも思い出す。

 一先ずは返事をしなければいけないと考え、私は恐怖に上ずった声で返事を返した。


「ま……まぁだだよ……!」


 まずい。

 早く隠れなければ。


 私は普通であれば絶対に調べない場所を探した。上下左右に首を必死に動かし、見つからない場所をパニックになりながら探す。

 上を見た時に屋根裏に隠れるという方法を考え付いた。かくれんぼであまり調べない場所だ。虫や鼠がいそうで嫌だったが、そんなことを気にしている場合ではない。

 屋根裏に入れそうな場所を見つけて私は屋根裏に隠れた。

 案の定、虫や鼠がいたが私は屋根裏に隠れて、少しの隙間から下の部屋が見渡せる位置まで匍匐ほふく前進で進んだ。


「……もぅいいかいい……?」


 隠れ終わった後に不気味な声が聞こえてきたので、私は生唾を飲み込んでから


「もういいよ」


 と返事をした。

 そこで私はスマートフォンの画面をつけて時間を確認する。

 時間は17時50分。

 たしか、見つからずに30分経ったら勝ちというルールだったので18時20分まで隠れ切れば成功という事になる。

 すぐに私は明かりを消して、ジッとその場で音を立てないように待っていた。


 ――何の音もしないけど……


 音がするとしたら、自分の心臓が破裂しそうなほどに脈打っている音くらいしか聞こえない。激しく自分の中の血が凄い速さで身体を巡っているのを感じる。

 そうして10分程度が経っただろうか、私は徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。


 ――ここなら見つかるはずないし、きっと子供たちが私の後をつけて悪戯いたずらしているだけかも。だとしたら後でからかわれちゃうかもな……翔君も意地悪なこと言うなぁ……


 そんなことを考えていた時だった。


 ズルズル……ズルズル……


 と、何かを引きずるような音が聞こえてきた。


 私は屋根裏の屋根の木の隙間から下の様子を見るが、右にも左にも何かいるようには見えない。

 しかし、「ズルズル……」という音は確かに大きくなっていった。


 ――何の音……?


 やがて、やけにはっきりとその音が聞こえるようになってきたときに


 ガチャ……バタン……


 と、何か戸を開けるような音がした。どうやら戸棚の辺りを開けて確認している様子だ。


 ――せっかくだから、かくれんぼが終わった時にちょっと脅かしてやろうっと


 私は久々にほんの少し楽しい気持ちになり、子供たちが真下の部屋に現れるのを待った。

 何かを引きずるような音がかなりはっきりと聞こえるようになって、かなり近くなってきた頃に、私は隙間から懸命に真下の部屋を除いた。


 そして、視界の端にを捉えた時に、私の喉にヒュッ……と空気が詰まるような感覚がした。

 かなり暗くなってきたのではっきりは見えないが、屋根が一部倒壊しているので部屋の中に多少の光は射していた。

 あるいは、見ない方が良かったのかもしれない。


 そこには、得体のしれない生き物がうごめいていた。


 初めは熊か何かかと思ったが、熊よりも大きい上に体毛のようなものはまばらにあるだけで殆ど皮膚が見えている。目が身体中についていて、触手のようなものがいくつも身体から出ていた。

 見た事のない生き物だった。目が無数についている肉の塊が触手を使って器用に移動している。その巨体を移動させるたびに「ズルズル……」という身体を引きずっている音が聞こえているらしい。


「どこ…………どこ……」


 この世の者の声とは思えないような声で、私の事を探している。

 あまりの恐ろしさに私は呼吸の仕方も忘れて、ただただ逃げ出したい気持ちで必死に気配を消した。


 ――なに……あれ…… 


 恐怖に身体が硬直する。

 身動きが全く取れない状況のまま、そのバケモノ――――標さんはゆっくりと家から出て行こうとしていた。

 そのときに


 コトン……


 と、ポケットに入れていたスマートフォンが屋根裏の木に落ちて音を立ててしまった。

 その音を聞いて標さんは出て行こうとしていた身体を止め、無数にある目で天井を見上げた。


 ――まずい……! 見つかった!?


 私は咄嗟に覗いていた隙間から顔を放し、逃げられそうな場所を探した。

 しかし、逃げられそうな場所もなければ、そこから更に隠れる場所もない。


「どこ……どこ…………」


 ズルズル……ズルズル……


 標さんは屋根裏に向かって来ている様子だった。

 そのとき、私は走馬灯のように裕紀との思い出がよみがえる。

 裕紀が失踪する数日前に裕紀を強く叱ったことを思い出した。


 ――過去――――――――――――――


「裕紀、ずっと持ってた怪獣の玩具おもちゃどうしたの?」

「どっかいっちゃった」

「なくしたってこと?」

「うん」

「うんじゃなくて、なんで物を大切にできないの? 物を大切にしなさいって何度も言ってるでしょ。ちゃんと探してきなさい」

「だってないんだもん。逃げちゃった」

「言い訳しないの! ちゃんと見つけるまで、次の玩具買ってあげないからね」

「…………はーい……」


 ◆◆◆


「ママ、ゲーム買って」

「怪獣の玩具見つけられたの?」

「見つけたよ」

「じゃあ見せてごらん」

「今、友達に貸してるからない」

「……裕紀、本当の事言って? 嘘つくのは、物を失くすことよりも悪いことなんだよ? 悪いことをする子にはずーっと玩具買ってあげないからね」

「…………まだ見つけてない」

「じゃあゲームも買ってあげない」

「でも、誠君の家は買ってもらえるって言ってた!」

「他の家の事は関係ないでしょ! うちはうち、他所よそは他所! ちゃんと探してきなさい!」


 ――現在――――――――――――――


 もしかしたら、裕紀はそれを探すために噂を聞いて、私と同じように「かくれんぼ」をしたのかもしれない。

 だとしたら、強く言った私のせいだ。


 ――ごめんね、裕紀……こんなことになるなんて思わなかった……


 今更それを後悔しても、もう遅いのかもしれない。

 私も今まさに標さんに見つかろうとしている。


 ――もう駄目、見つかる……!


 目をギュッと閉じて死を覚悟した瞬間、トットットット……と1匹の鼠が走って屋根裏から出て下へ降りて行った。

 それを見た標さんは鼠の方をジッと見つめ、ゆっくりと身体を引きずりながら出て行った。

 それを見た私は嫌な汗でびっしょりになりながら必死にゆっくりと静かに呼吸をした。

 それから、落ちたスマートフォンを音を立てないようにゆっくりと持ってきて時間を確認した。時間は18時8分。あと12分でこのかくれんぼは終わる。

 私はただひたすら時間を確認し続けた。


 ――早く終わって早く終わって早く終わってお願い……!!


 祈りながら穴が開くほどスマートフォンの画面の時間表示を確認し続けた。

 早く過ぎてほしいと願っているほど、時間と言うのは立つのが遅く感じる。今まで生きてきた33年間に比べればその内の30分などほんの微々たる時間なのにも関わらず、まるで火あぶりにされているかのように時間が永遠に感じた。

 そして、心臓が止まるのではないかと思う程鼓動を打っている中、ついに18時20分になった。


「………………」


 ――終わった……?


 聞こえていたズルズル……という音も聞こえなくなり、気配がなくなった。

 私は時間が過ぎても恐ろしくてなかなか外には出られなかったけれど、5分、10分経ったときにようやく屋根裏から出られた。

 身体についた埃を払う気力もなく、がくがくと震える足を懸命に前に出しながら社を目指した。

 辺りをキョロキョロと見渡しながら何度も何度も標さんがいないことを確認する。

 仮に見つけたとしても、腰が抜けてしまっていて走って逃げられる状態ではない。ただひたすら、会わないことを願うばかりだ。


 ――確か、社の中に地図が入ってるんだよね……?


 私は社にたどり着いて、中を確認するために開けた。

 すると、本当に中に地図が入っているのが見え、奪い取るようにその地図を手に取って場所を確認した。

 古ぼけた地図だったが、確かに地図だ。

 地図上に×印がつけられていたので、私はその場所がどこなのか確認する。

 その地図上の×印がつけられている場所は、この村だ。この地図から消えた廃村に×印がついている。


 ――ここに裕紀が……!


 私はすぐさま廃村の中をくまなく探し始めた。家の中、戸棚の中、トイレの中、屋根裏、床下、探せるところはいくつも探し始める。

 最後の家を調べる頃にはすっかり日も暮れて夜になってしまっていた。恐怖よりも裕紀がいるという希望の方が大きく、私は裕紀を捜索する。

 そして、最後の家の中を調べている途中にまた声が聞こえてきた。


「もういいよ……」


 ――え……?


 また標さんの声だった。その声に恐怖し、再び心臓が跳ねあがるのを感じる。


 ――もういいよって何……? またかくれんぼ? もう冗談じゃない……!


 最後の家の中を急いで探し、裕紀がいないかどうか確認した。


 ――どうして……? どうしていないの……? ×印は確かにこの村の場所なのに……!


「もういぃよぉ……」


 まだ声がする。

 私は恐怖に耐えられなくなり、一度この廃村を出て警察や夫や近所の人と一緒にまたこの場所へ来ればいいと考えた。

 殆ど探してみたけれど裕紀はいない。この地図がデタラメな可能性もある上に、とにかくこの不気味な廃村から逃れたい一心だった。


 ――逃げなきゃ……


 私がその家を出ると、まだ標さんは「もぅいいぃよぉ……」と言っている。

 恐怖でガクガクと震える足を引きずりながら走って村の外に向かった。村の外に向かって私ができる限りの全力で走っていると、後ろから何やら音がした。

 その音は急に大きくなり、私の真後ろまで迫ってきて、私は恐怖で振り向けないまま、地面に崩れ落ちた。

 それでも這いずるように村の外に向かおうとするが、あまりの恐怖に身体が硬直して全く動かない。


 明らかに、後ろに


「はぁ……はぁ……っ!」


 私は激しく息をしながらゆっくりと振り返った。

 しかし、振り返り切る前に、私の身体は余すところなく掴まれた。


「な……なぁ……ななななな……なぁんでぇ…………?」


 掴まれた身体は少しも動かすことはできない。ただただおぞましいその声を聞くしかなかった。


「も……っももも……もっと、とととと……あそんで……よ……よよよよよ……」

「嫌ぁあああああああああ!!!」


 身体の感覚が狂って行くのを感じた。まるで自分の身体の感覚が全て引きはがされるような感覚だ。


 私の身体は標さんに社の中に引きずり込まれ、この世から永遠に隠されることになった。


 そうして私は気づいたのだ。

 裕紀がいると×印がつけられているこの廃村に、裕紀も囚われているということに。


 この廃村の幽世かくりよに、永遠に隠されているということに。




 ◆◆◆




【1か月後】


 美樹までもが失踪し、大和は絶望に打ちひしがれていた。

 大和が考えるに、美樹は自殺だ。息子が見つからない絶望に耐え切れずに自殺したのだと大和は考えていた。

 自殺にしても、遺体などはこの周辺のどこにも見当たらない。

 ニュースになって、メディアの人間が何人か訪ねてきて心境などを聞いてきたが、心境が明るいわけがない。そんなくだらない質問に対して苛立ったこともあった。


 9月になり、ようやく苛烈かれつ夏の暑さが落ち着いてきた折、大和は美樹の足取りを探すために美樹の使っていたパソコンを起動した。


「何か、検索履歴に手掛かりは……」


 美樹の最後の検索履歴は『長野県 シルベさん』というワードだった。


 ――なんて読むんだ? シルベさん?


 検索して一番上に出てくるサイトをクリックして見てみた。


【『しるべさん』


 長野県の×××郡に○○○村という廃村があり、そこには「標さん」という妖怪が住んでいる】


 大和はそれを見て、顔をしかめた。

 馬鹿馬鹿しい都市伝説サイトだと、大和は口元を押さえながら首を軽く左右に振る。

 美樹はこんなオカルトを信じている節はなかったはずだが……と考えながらも画面をスクロールして下へ読み進めていく。


【その妖怪と「かくれんぼ」をして勝利すると探しているものの場所を教えてくれるという。ただし、標さんに見つかってしまうと自分が永遠にこの世から隠されてしまう。また、標さんを怒らせてはいけない。1982年に標さんの住んでいる廃村の取り壊しを行っていた作業員20人が忽然こつぜんと姿を消したのも、標さんの怒りだと言われている】


 ――「かくれんぼ」? 探しているものの場所を教えてくれる……?


 まさか、こんなものを信じて出て行って道中で事故に遭ったんじゃないだろうか。

 確かあの廃村への道は立ち入り禁止だったはずだ。足場も悪く、もしかしたら崖から落ちてしまったんじゃ……?

 その辺りを捜索するように警察に掛け合ってみようと大和は考えた。


【標さんと「かくれんぼ」をする方法は簡単。夕方に廃村の中にある神社の本坪鈴ほんつぼすずを3回鳴らす。その後に自分の探しているものを口に出して言いましょう。その後に10分以内に村の中のどこかに隠れ、30分見つからなければ勝ち。「もういいかい」「もういいよ」のやり取りをしてから30分経った時点で「かくれんぼ」は終了。「かくれんぼ」が終わると神社のやしろの中に地図が置かれる。自分の探し物の場所は標さんが地図に×印をつけてくれているので、それを頼りに自分の探し物を見つけよう】


 ――くだらない都市伝説サイトだな……ここに住んでいて長いけど、そんな話聞いたことない


 そして、サイトの画面最後の注意事項の欄まで大和は到達した。


【※注意事項※


 1.時間はしっかり確認しよう

 2.標さんに「もういいかい?」と呼びかけられるので、必ず「もういいよ」と必ず返事をしよう

 3.「かくれんぼ」が終わったらすぐに村を出よう


 次の「かくれんぼ」が始まると、途中放棄はできないので、絶対に夕日が沈みきる前に廃村を出よう。途中でやめてしまうと標さんの怒りを買うことになってしまいます。注意しましょう】


 そこでサイトは終わっていた。

 読み終わった大和はパタン……とノートパソコンを閉じて、ため息をつく。


「はぁ……そんなことで探しているものが見つかるなら何も苦労しないよ……」


 しかし、廃村の方角は大和も探しに行ったことがなかった。

 時間は少し日が傾きかけてきた午後3時。

 行ってみるか……と、大和は廃村を目指して準備を整えて家を出た。

 家を出て少しばかり大和が歩いていると、翔君の家の祖父が杖をついてよたよたと歩いているのが目に入る。


「こんにちは」

「おぉ……どうも。これからどこか行くんか?」

「北にある廃村の辺りに行こうかと思いまして」


 大和がそう言うと、翔君の祖父は突然豹変したように目を見開いて大和の方を見た。


「いかん! 神様の住む場所に行ったらいかん! あそこは立ち入り禁止だ!」

「え……神様の住む場所、ですか?」

「そうだ。あの場所は遊び好きな神様が住んでいる。神様の住んでる場所に人間が住んだから、全員いなくなっちまったんだ。行ったら神隠しに遭うぞ」

「神隠し? ……そうなんですか…………その、もし神隠しに遭ったらどうしたらいいんですかね?」

「あぁ……そりゃ神様の気まぐれだな。遊び好きな神様だから、遊びに満足したら返してもらえるかもしれないなぁ……なんにしても、神様の領域に入らないのが一番だ」


 そう言って翔君の祖父は再びよたよたと歩いて去っていった。

 にわかには信じられない話だが、大和の中で点と点が少しばかり繋がっていった。あまりにも突飛な話だがこんな小さな村でこれだけ探して手掛かりの1つも出てこないのは変に思う。

 翔君の祖父は行ったらいけないと言ったけれど、大和はその廃村が尚更気がかりになり、向かうことにした。


 ――美樹、裕紀……もし本当に神隠しに遭ったなら、俺が絶対に取り戻してやるからな……


 大和は日も落ちかけている中、神様の住むという廃村に向かった。


 それから、大和の姿を見た村人はいないという。




 END



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