第145話 レイの目覚めと女神とお仕事と(2)

「気負わなくて平気よ。貴方もこれから私の下で働いてもらうのだもの。仲良くいきましょう」

「レイラ、この方はこの世界全体の管理者だ。人は女神と呼んでいる」


 ――それは、創造神ということではないだろうか。レイは持っていたカップを取り落としそうになった。


「あら、驚いているところ申し訳ないけれど、創造神ではないのよ。私はこの世界を前任者から引き継いで、見守っているだけ。実際に管理してくれているのは、貴方の隣にいる天竜を始めとした管理者たちなのだけど」

「女神様は、管理者の統括……ということだろうか」

「この世界に於いては、そうなるわね。この世界の創造者は別にいるのよ。私自身も私よりも上位の者たちの指令を受けて、様子を見ているだけだしね」


 想像を絶する話の上、今自然に思考を読まれなかっただろうか。レイはあまりの展開についていけず、目を回しそうになった。ただでさえ、目覚めたばかりなのだ。正直、脳の処理が追い付かない。


「ふふふ。貴方には難しいことかもしれないけれど、そんなに難しく考えなくていいわ。天竜と婚姻契約を結んだ貴方は、人の理から外れて天竜と同等の存在になった。つまり、私の部下になったのよ!」


 それを聞いたゼドは、レイの隣で紅茶を飲みながら苦い顔をした。


「……その、何となくわかるのだが、ゼドと同等の存在となったというのは……」

「あら。天竜、貴方この子に何も説明していないの?」

「早い方がいいだろうと、目覚めてすぐにここに連れてきたからな」

「もう。少しは自分で説明なさい。可哀そうに、すっごく混乱してるじゃない」


 そう言った女神は、レイに向かい合うと説明をしてくれた。レイの寝ている間に、ゼドとの婚姻契約は無事に結ばれたようだ。レイが夢だと思っていたあの暗闇でのやり取りは、契約を結ぶ上での最終確認で必要なことであったらしい。寝ている間に勝手に結ばれた契約が、どのようなものなのか気になるところではあるが、あの場で急かしたのは自分であるし、その辺りは追々確認していこうと思う。


 それはそれとして、レイがゼドと問いに「是」と答えたことで、無事に契約はなったようだ。それを持って天竜の伴侶となった自分は、人の理からは外れ、天竜と同等の管理者へと格上げされたらしい。それに伴い、天竜であるゼドと共に役割も授かるのだが、それはまぁ、ある程度想像していたことだ。覚悟もしていたので、レイは気後れしつつもしっかりと頷いた。


「納得してくれたようで、安心したわ。一時は心配していたのだけど。貴方を救う方法は、これしかなかったものだから、私は見守ることしか出来なかったのよね。不安なこともあるかもしれないけど、これからちょくちょく顔を合わせることになるだろうし、気になることは都度聞いてくれたらいいわ」


 紅茶を一口含んで「ほぅ」と息を吐いた女神は、レイの目をしっかりと見つめて説明を続けた。


「貴方、『天眼』を所持しているわよね」


 女神の言葉にレイは、コクリと頷く。『天眼』――それは、レイがリリスにさえ隠し続けた才能、いや能力である。生まれた時からこの能力を持っていたレイは、その他には何の才能も適性も持っていなかった。恐らく、それほど強力な能力なのだろう、と思っている。


「天眼所持者は、否応なく世界から排除されるわ。それが、人には扱いきれるものではないし、そもそもは才能ではないのよ。完全なカテゴリ違いよ。創造者が何を考えていたのか知らないけど、排除される運命である哀れな魂を生み出さない為にも修正しようとはしたのよ。でも、何故だかできないのよね。そんな訳だから、誤って天眼を所持した魂が世界に生れ落ちると、世界は混乱を避けるためにそれの排除に動くの。貴方は魔の森に捨てられた時に、本当は死ぬはずだった」


 レイはコクリ、と頷いた。世界の仕組システムみはよくわからない話だが、自分が異端であるということは、実は早いうちから気付いていた。


「けれど、貴方の魂は限りなく善性に偏ったものだわ。そんな罪のない魂を易々と刈り取ることは、私の本意ではなかった。そもそもの原因は、この世界の創造者にあるのだしね。だからと言って私が手を出すことも出来ないし、仕方なく天竜に様子を見に行ってもらったの」


 自分の死に際に現れたゼドに、レイは納得した。あそこで運よく拾われた命だと思っていたが、そんないきさつがあったのだ。


「とは言っても、私は見てきてと言っただけよ。天竜が咄嗟に婚姻契約を持ち出すとは、私も思っていなかったの」


 そうなのか。レイは思わずゼドを仰ぎ見た。レイの視線を受けたゼドは、どこか気まずそうにしながらも、コクリと頷いた。


「思えば我は、哀れで過酷な運命から逃れられないにも関わらず、善性を持って弟のために生きようとする、そなたの魂に魅せられたのだ。あの時は正直、直観で動いていた」

「もうそれって、一目惚れよねぇ……」


 紅茶を飲みながらも、女神はニヤニヤとゼドを見つめた。無機質な美しさを持つ女神であるが、そう言った顔をすると途端に親しみを持てるような気がするのだから不思議だ。肝心のゼドは、とても居心地が悪そうにしているが。


「ま、そういう訳で無事に天竜と婚姻契約を結び終えた貴方は、人の理から離れたの。それに伴って、その能力もなんとなくいい具合に世界に組み込まれるわ。『天眼』は人ではなくなった貴方しか持ち得ないけれど、これから世界にはその能力の下位互換である『鑑定魔法』の才能を所持した者が、生まれ落ちるようになるってことね。ようやく長年の頭痛の種から解放されるわ! しかもその上で私の手足が一人増えるなんて、最高!」

「……レイラ、関係ないそなたを巻き込む形になってすまぬ。管理者は、万年人手不足なのだ」

「いや、どのような形であれ、生きたいと願ったのは私だ」

「うふふ。とはいえ、私も鬼じゃないわ。天竜と完全に能力を共有したその体に慣れる時間も必要でしょ。しばらくは、天竜と共に軽いお仕事をしながら、これまで通り地上で生活するといいわ」

「随分と待遇が良いではないか」

「まぁね! 天眼所持者は、本当に長年の悩みの種だったのよ。それが解決したんだもの! ちょっとくらいサービスするわ! それに地上にいてくれた方が何かと目端が利くでしょ。天竜、貴方にも手伝ってもらうわよ」

「……まぁ、伴侶のためだ。それくらい働こう」

「うふふふふ。それじゃあ、早速で悪いけど、お仕事の話よ!」


 女神の鈴を転がすような楽し気な声が、その白い空間に響き渡った。どうなることかと身構えていたが、それほど難しいことは求められていないようだ。それに、ゼドが支援してくれるというのなら、こんなに力強いことはない。

 その上、しばらくはこれまでと同じ生活を送ってもいいそうだ。しばらくとは言っているが、それは女神の感覚だ。つまり、リリスたちとまだまだ旅を続けることができる。

 その事実にレイは安堵して、そっと微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る