第144話 レイの目覚めと女神とお仕事と(1)
淡い光の中、レイは銀色に輝くまつ毛を震わせ、目を開いた。目の前に広がるのは、何時ぞやも見た覚えのある白く光り輝く何か――光を受けて滑らかに輝く、ゼドの長く美しい髪だ。
ぼんやりと、その髪に手を伸ばす。手の中からサラサラと滑り落ちるそれは、とても美しく、滑らかで魅せられる。そう言えば、あの時もこの美しさに何故だか心が慰められる気持ちになったのだ。
「……気が付いたか?」
以前と同じことを尋ねるその声は、しかし以前よりも多分に労りを含んでいた。レイ自身もリリスを始めとした、旅で出会った人々に影響を受けて、随分と丸くなったように思うが、ゼドも随分と感情が豊かになったと思う。以前と同じ状況に置かれたことで、その違いに今、やっと気付いた。
遊ばせる手をそのままにレイが顔をあげると、そこにはいつもと変わらぬ、赤紫色の美しい瞳が輝いている。これは自分と対になる色だ。自分を見守るその色がそこにあることに、レイは自分でも不思議なほどに安堵を覚えた。
「……レイラ?」
「あぁ。あれから、どれほど眠っていた?」
「ひと月ほどだ」
「……随分とよく寝たようだ」
レイは支えてくれていたゼドから体を離してゆっくりと体を起こし、腕を伸ばしてみた。なるほど、少し体が凝り固まっているようで、どこか動きがぎこちない。ゆっくりとした動作で体全体が伸びるように立ち上がり、腕を回してみた。
「立ち上がって平気か?」
「あぁ。少し動きが鈍い感覚があるが、少し慣らせば平気だろう」
「そうか。腹は空かぬか?」
「……あぁ。そう言えば、全く空いてないな」
レイは座ったままのゼドを見下ろし、首を傾げた。そしてそのまま、周りを見回す。はて、ここはどこだろうか。
辺りは一面の白に染まる世界で、どこからが天でどこまでが地なのか、その境目が曖昧だ。それなのに、自分の足はしっかりとその地に立っている。しかしながら、そこに影はない。こんなにも明るい空間であるにも関わらず、だ。
レイは不可思議な空間に存在していることにもまた、首を傾げた。自分はあれからどうなってしまったのだろうか。
「色々と説明が必要だろう。あちらで待っている方がいるから、レイラが良ければそこへ案内しよう」
「……あ、あぁ」
待っている方? とは思ったが、既に不可思議な状況に陥っていることには変わりがない。説明してくれるならそれに従おうと、レイは座っているゼドに手を差し出した。おかしな状況に置かれているにも関わず、冷静を保っているレイであるが、それも
ゼドの案内に従って、方向さえも狂わせるようなただただ白に埋め尽くされた空間を歩く。自分にはさっぱり理解できないが、ゼドが自信を持ってズンズン進んでいくので、この方向で問題ないのだろう。レイは手を引かれるままに、足を動かした。
しばらく動かしていなかった足が少し疲れたなと感じる頃、周りの景色が切り替わった気配を感じて、レイは顔を上げた。
相変わらず、白い空間であることには変わりがない。しかし、足元には花畑が広がっていた。それも虹色の花弁を持つ花だ。風もないのにその花々は、サワサワと囁くように揺れ動き、まるで二人を歓迎しているようである。
そんな美しい花畑のずっと先に、人影があった。白くて分かり難いが、よく見れば花々が避けるように、その人物の場所まで一本の道が出来ている。どうやら、その人が「待っている方」なのだろう。レイはゼドに促されるまま、その方の前まで無言で足を動かした。
どんどん近づいてくるその人影は、花畑の真ん中で白く美しい細工の細かい机と、椅子に腰かけて優雅に紅茶を楽しんでいた。そっと近づく二人に気付いた人物は、こちらに向かってニコリ、と美しい微笑みを零す。その美しさたるや半端なく、レイは無表情を貫きながらも内心で驚いた。
その美しい女性のプルプルとした小さな唇が開かれ、鈴の音のような声が響く。それは正に、天井の調べのようであった。
「世界を見通す目を持つものよ。
世界の深淵を覗く目を持つものよ。
天眼たる力を有する魂よ。
鑑定魔法の始祖たる魂を持つものよ。
待っていたわ。よく来てくれたわね。」
その美しい人がパチンと指を鳴らすと、机を挟んだ反対側に二脚の椅子が現れる。そこに座れ、ということだろう。畏れ多くもレイは会釈をすると、そのうちの一脚に腰を落ち着けた。
正面で人を魅了するような微笑を浮かべているのは、見れば見るほど美しい女性だ。その女性の膝の上には神獣が丸くなっていて、優雅にティーカップを持つのとは反対側の女性の手でこねくり回されている。
(……神獣様?)
触れてくれるな、という雰囲気を醸し出す神獣を視界に収めながら、レイは必死でそれを見ないように努めた。
気付けば、自分たちの前にも紅茶が用意されている。「どうぞ」という女性に会釈をして、レイはそれに手を付けた。味わったことのない匂いと味だが、とても美味しい。心なしか体も温まってきたように思う。レイは知らず力の入っていた肩から、力を抜いた。
それを待っていましたと言わんばかりの女性は、レイと目が合うとニコリと微笑んだ。
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