第138話 その頃のレイとリリス

 禪とゼドが気まずい食事――気まずい気分を味わっているのは禪だけだが――をしている一方、レイとリリスは町中のガヤガヤと騒がしい酒場に来ていた。


「ゼンさんとゼドさんは、どこに行ったんだろうね~?」

「さぁ、な」

「珍しいこともあるんだね」

「あぁ、そうだな」


 宿の主人から、ようやく依頼を終えて戻ってきた禪と暇をしていたゼドが二人で連れたって出て行ったと聞いたのは、つい先ほどのことだ。禪が今日戻ることを聞いていたリリスは、それを楽しみに宿に戻ったのだが、どうやらすれ違いになってしまったようであった。

 すれ違いになったことを知って、頬を膨らますリリスの機嫌を取るために、レイはリリスが以前から目をつけていたこの酒場に連れてきたのだ。


「いっつもこのお店すっごく混んでるのに、今日は待たずに入れて良かったね!」

「あぁ。時間が少し早かったのもあるが、運が良かった」


 二人は運よくすんなりと席に通されたが、この店は見るたびに店の外まで人が溢れている繁盛店なのだ。ひとまず適当に注文を済ませた二人は、料理が来るまでの間店内を見回した。


「でも、あっという間に満席だね」

「あぁ。随分と活気のある店だ」


 料金の割に量の多い料理を出す店は、大飯喰らいの男たちや体が資本の冒険者でひしめき合っていて、酒を片手に大声を張り上げている者も多い。よく言えば活気があるが、悪く言えば少し騒がしい。それでもクルクルと快活に動き回る従業員が、上手く場をとりなしているので、喧嘩なども起きずに不思議と居心地のよい空間となっている。


「あの~、お客さますいません」

二人が話をしながら料理を待っていると、店員の一人に声をかけられた。二人は揃って顔をあげる。


「どうかしましたか?」

「見ての通り、ただいま大変混雑していまして。申し訳ないんですが、よろしければ相席をお願いしてもいいですか?」

「あ、いいですよ~」

ペコペコと頭を下げる店員に、リリスはにこやかに微笑んで相席を了承した。


「あ、相席了承してくれたんだって? ありがとうね、可愛いお嬢さん」

「いえいえ~。このお店、すっごく繁盛してますもんね」

「そうそう、席が無ければ諦めようかと思っていたんだけど。運がよかったよ」


 店員に連れられてやってきたのは、若い女性二人組だ。恰好からして、冒険者だろう。赤髪を右側側面だけ刈り込み、左側の長い髪を編み込んだ特徴的な髪型をした褐色肌の女性と、緑色の長い髪を後ろでゆるく三つ編みに結んだ眼鏡姿の女性だった。

 声をかけてきたのは赤髪の女性の方で、緑髪の女性はニコニコとしながらこちらへ会釈して席についたので、こちらも軽く会釈を返しておく。


「お二人は冒険者ですか?」

「そうそう。私がニナで、こっちがアン」


 人当たりの良いリリスが、テンポよく会話を続ける。赤髪がニナで、緑髪がアンというらしい。ニナは戦士らしく大きな斧を担ぎ、細見だが引き締まった筋肉が服の上からでも分かる。一方のアンは魔導士よりの魔法剣士らしく、動作がしなやかだ。

 リリスは手短に自分たちの挨拶も済ませ、この辺りの情報交換を始めた。さすが社交的なリリスである。ニナも愛想よくリリスに応じており、アンは相変わらずそんな二人をニコニコと見つめている。


 そうこうしているうちに、注文していた品が続々と運ばれてきた。空腹を刺激する匂いを漂わせるそれに、溢れ出す涎が止まらないリリスである。レイは慣れたもので、それが机に滴り落ちる前に、白いハンカチをリリスの顔面に押し当てた。そんなリリスに、ニナは若干顔を引きつらせ、アンは微笑ましいと言わんばかりにニコニコと微笑んでいた。


 ここの名物は大きなチキンのソテーである。それから、カラリと揚がった鶏の揚げ物。鶏に特化した店で、普通の鶏から魔獣の鶏まで選べるのが特徴だ。魔獣のランクが高ければ高いほど、お値段は高くなるが。

 料理が揃うのを待ちきれないリリスは、早速それを口に含んだ。表面はサクサクパリパリで、中から溢れ出る肉汁としっかりと付けられた下味が口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。アツアツのそれをハフハフと頬張るリリスの頬は、見る見る内に桃色に高揚し、トロンと目がとろけた。どうやらお気に召したらしい。


「うわぁ。旨そうに食うなぁ」

「ほんと、こっちまでお腹が空いてきちゃうわ」


 ニナが言うことに完全同意であるレイは、コクコクと無言で頷いた。アンはそんなリリスの食べっぷりをニコニコと見守っている。それほど待つこともなく、ニナとアンの食事も運ばれて来たので、他愛もない話をしながら四人は食事を進めた。


「あ、二人はパートナーなんですね」

「そうそう。ずっと二人でいるうちに、な」


 結構な量のある料理をガツガツと食べ進めながらも、スムーズにニナ達と会話を楽しむリリスを見て、器用なことをするな、と思いながらもレイはその会話を聞いていた。

 どうやらニナとアンは、仕事上の相棒バディでありながら、私生活プライベートではパートナーでもあるらしい。冒険者は、その仕事上仲間に自分の命を預けあう場面も多々ある。そうなると必然的に心の距離も近くなり、同性間でパートナー関係になるものも一定数いるのだ。

 血を繋いでいくことに重きを置く貴族社会では、未だに同性結婚を忌避する傾向が強いが、一般庶民や冒険者の間では、もはやそのような垣根は無くなってきている。


「素敵な愛のカタチですね」


 肉に齧り付き、なおかつ手も唇も油でテカテカにしながら言ったリリスの一言に、ニナとアンは幸せそうに手を取り合って微笑んだ。

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