第137話 ゼドと禪の密談

「「…………」」


 ピッオスの町中、雑多な大通りから数筋離れた裏通りにひっそりと佇む料理屋。その一室で、ゼドと禪は対面していた。もちろんこのこじゃれた店の選択チョイスは禪である。ここも知る人ぞ知る、防音対策のしっかりとなされた個室しかないちょっとお高い料理屋だ。Sランクとして各地で活動しつつ様々な情報を集めている禪は、各地に点在するこのような店を把握しているのだ。


 テーブルの上には、雑多な大通りの店とは一味違った上品で繊細な料理が並んでいる。それを見下ろしているのは、二人の長身の男だ。ゼドは貴族のような整った顔立ちをしているので、一見絵的にそこまでおかしくはない。だが、その無表情が全てを台無しにしていた。

 これがリリスであったならば、透明度の高い皿に上品に盛り付けられた、宝石のような色とりどりの野菜と果物のサラダに目を輝かせ、鮮やかなソースで彩りを加えたこの辺りでは手に入りにくい魚のフリットや、花開くように盛り付けられた薄切り肉に感動してお腹を鳴らし、頬を赤く染めながら「こんなお店に連れてきてくれてありがとう! さすがゼンさん!」と言ってくれるのに……などど考えながら、現実を見て気付けば禪もスンッと無表情になっていた。



「……では、ごゆっくりどうぞ~」

料理を持ってきた店員は、二人のグラスに酒を注ぎ終わるとそそくさと部屋を後にした。和やかとは言い難い雰囲気に、店員も思うことがあったのだろう。顔に出すことは無かったが、厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンとばかりに、すごい速さで退室していった。



「……と、とりあえず食べながら話を聞くってェことで、いいデスカ?」

「随分しおらしいな、赤鬼禪アカギゼン

「その家名付きで呼ぶの、止めてもらっていいデスカねェ?」

「お前も、その鬱陶しい喋り方を止めろ」

「「…………」」


 いつまで経っても神の相手に慣れない禪と、無口で無表情のゼドの間に沈黙が落ちる。禪はこれまで、ゼンに直接話しかけたことはほとんどない。たいてい傍にいるレイに話しかけることで、遠回しにゼドから聞きたいことを聞き出す、という非常に回りくどいことをしていたのだ。それが何故、こんな二人で食事をするようなことになったのか。


「とりあえず料理が冷めるンで……」


 若干目を虚ろにさせながら、禪はナイフとフォークを手に取った。どう考えても楽しい食事になりそうにはない。Sランクともなれば、貴族や何なら王族と食事を共にする機会もあるにはある。だが、それらが大したことないと思える程に、この場の居心地は悪かった。そもそも禪の軽薄な態度と口調は、隙あらば貴重なSランクを囲い込もうとする貴族や王族におもねらないためのものである。


 神という、人を超越した存在であるということを抜きにしても、自分が名乗ってもいない家名を知っていたことといい、既に色々と見透かされていそうな相手にその仮面を被る必要はないだろう。連日の指名依頼に、貴族の相手にと駆けずり回った疲れも相まって、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた禪である。

 そもそもこの食事会も、宿に戻った禪がたまたま一人でいたゼドに、「聞きたいことがある」と言われて、有無も言わさず連れ出されたのだ。挙句の果てに店選びまで丸投げされた禪は、段々と投げやりになってきていた。


「ふむ」


 禪に倣って、カラトリーを手に取ったゼンは、優雅な手つきで目の前の皿へ手を伸ばす。ほんと、そうしていれば絵になる男だよなと呆然と思いながらも、禪も見た目にも涼しいテリーヌを口へと運んだ。


(てか、何で俺は食事に誘われたんだ?)


 普段はレイに張り付いているとも言っていいゼドが、ひとりでウロウロしているのも珍しい。その上、禪を誘うなど、一体何事であろうか。禪はついつい、優雅に食事をとる目の前の相手を琥珀色の眼で眺めてしまった。


「なんだ?」


 あまりに眺めていたので、ゼドに見咎められたようだ。禪は気まずそうに目をそらしつつも考える。未だにゼドに対して口調の定まらない禪であるが、この際そんなことはどうでもいい。禪はさっさと真意を問いただして、さっさと開放してもらおう、と口火を切った。


「その、聞きたいことがあると聞いたが、何だろうか、と」

「あぁ。先日、そなたとレイラに懐いておる娘を町で見かけてな」


 禪は頭を捻った。ここの所、仕事が忙しくてなかなかリリスとの時間は取れていない。ゼドの言い方からするに、前の休日のデートの時だろうか。と考えながらも、禪は無言で先を促した。


「随分仲が良さそうであった。レイラは我といる時より、あの娘と一緒の時の方が楽しそうだろう。何が違うのだ?」

「…………」


 禪は薄切り肉をフォークに突き刺したまま、ポカンと口を開いた。自分は今、この目の前の神から恋愛相談を受けているのだろうか。いや、ひょっとすると人の常識や感情に疎いこの神は、もっと別のことを聞きたいのかもしれないが……。グルグルと無言で考える禪をよそに、ゼドは更に畳みかける。


「そなたと小娘は、恋人というものなのだろう? 我らと何が違うのだ? いや、見ていれば我らとは違うというのはわかるのだ。だが、どうすればいいのだ?」


 とうとうリリスのことを小娘と呼び出したゼドに、禪は少し呆れた顔をした。つまり、この無表情で非常にわかりにくい神は、自分よりもレイと仲良さそうにしているリリスに嫉妬している……ということだろうか。その上で、関係を深めるにはどうすればいいのかを尋ねているのか。

 自分から見れば、ゼドがリリスに嫉妬する理由は全くないのだが。あの二人は確かに仲はいいが、どこからどう見ても仲間や友情といった範疇を超えているようには見えない。神でもそんなことを悩むのだなぁ……と、フォークを持っているのとは別の手で頬杖をついて、目の前の御仁を眺めた。禪がゼドに親近感を覚えた瞬間である。とはいえ。


「レイはあの性格だからなァ……」

「それもよくわからんが?」


 レイもゼドも、どちらも恋愛に向いている性格には見えない。いや、そういったものに疎そう、という意味である。関係を進めるには胸の内を言葉にすることも必要だが、この二人は自分の気持ちもよくわかっていないだろう。自分は二人に関わる時間は少ないのだが、レイがゼドの前では気を抜いているように見える、とリリスから聞いたのはつい最近だ。というか、お互い無自覚にイチャついている時もある。



「時間をかければ、自ずと纏まりそうな気もするんだがなァ」



「…………時間があれば、な」



 そう呟いたゼドは、どうしたことかそれきり口を開くことはなかった。ゼドの口から小さくこぼれた言葉が、気にならなかった訳はない。禪はその真意を問いただしたかったが、ゼドがそれ以上話す気がないのは明白であった。こういった場合の引き際は、わきまえているつもりである。


 なんとなく気まずさを残した男二人の食事会は、こうして静かに幕を下ろしたのであった。

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