第136話 孤児院のお手伝い(3)

「リリスがすまない」

「いえいえ、こちらこそ。子どもたちが随分と盛り上がっちゃって、ごめんなさいね」

「いや、リリスも一緒になって騒いでいたからな……」


 レイはメアリーの言葉に頬を掻いた。蝋燭の頼りない明かりに照らされた室内は、質素だが温かみのある調度品で整えられており、居心地がいい。木の形を生かした天板のテーブルに、丁寧に織られたクロス、年代を感じるソファーにも複雑な模様に織られたカバーがかけられている。


 綿弾草ワタダンクサの収穫の手伝いをした後、レイたちは孤児院に一泊することになった。というのも、収穫中に突如土の中から襲ってきた土竜モグラ魔獣をリリスがサクッとその辺の石を投げて倒したことで、子どもたちは大いに盛り上がった。一躍子どもたちのヒーローとなったリリスは、あれよあれよと言う間に子どもたちに押し切られて一泊することになってしまったのだ。


「子どもたち、そのまま寝ちゃいましたけど。良かったですか?」

「えぇ、えぇ。あの子たちに付き合ってくれて、ありがとうございます。リリスちゃんも、疲れたでしょ?」

「いえ、とっても癒されました!」


 隣室で子どもたちに絵本の読み聞かせを行っていたリリスが、そっと隣室の扉を閉めてメアリーとレイのいる部屋へ戻ってきた。

 部屋の隅では、メアリーの夫のダンとゼンが無言で晩酌をしている。無口同士で気が合ったのだろうか。先ほどから話をしている様子がないのだが、何故か上手くやっている。


 先ほどまで騒がしかった隣室は、ひっそりと静まり返っている。リリスは椅子を引いて、レイの隣に腰かけた。


乾燥果実ドライフルーツと木のナッツ?」

「あぁ、リリスも摘まむか?」

「ありがとう! あ、この間買ったこれも食べよ~!」


 机の上を確認して、リリスは自分のマジックバッグからお菓子の包みを取り出した。それは角麦と甘みのある芋を練りこんで、たっぷりと油で揚げた素朴なお菓子だ。少し前まで子どもたちと戯れていたリリスは、小腹が空いているのだ。


「あら、ではお茶でも淹れましょうかね」

そう言って席を立ったメアリーは、少ししてお盆を手に帰ってきた。どうやらハーブティーを淹れてくれたらしい。


「いい香りだな」

「あら、ありがとう。これも畑の隅で育てているのよ」

ニコニコと微笑むメアリーは、嬉しそうに話す。他にも細々と香草や野菜を育てているらしい。


「何故、私費で孤児院を?」

「そうね~。町の人には孤児院なんて言われているみたいなんだけど、私としてはそんなつもりないのよ」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。子どもを引き取っているうちに、いつの間にかそう呼ばれるようになってしまってねぇ」


 少し長くなるのだけど、と前置きをしたメアリーは、静かに語りだした。曰く、町でも腕利きのお針子だったメアリーは、仕事に追われるうちに婚期を逃してしまったらしい。


「お給金も良くて仕事は楽しかったし、そのことについて全く後悔はしていないのだけど」


 焦ったのはメアリーの両親だ。熱心に結婚を勧めてくる両親や周りの声もあって、知り合いの伝手を使ってお見合いをした。それが、両親も亡くなり、町外れで淡々と木こりとして過ごしていた、無口なダンだ。ダンもその無口な性格も相まって、婚期を逃していたらしい。最も周りの心配はよそに、ダンはそんな自分の性格も良く分かっていたので、結婚する気自体無かったようなのだが。


 人が好きで朗らかなメアリーと、無口なダンは意外と気が合った。思いっきり仕事に打ち込みたいメアリーと、仕事についてうるさく口を出さないダン。無口で言葉が少ないダンに、視線や表情からダンの言いたいことを読み取って家を心地よく整えてくれるメアリー。気乗りのしない見合いだったが、気付けばドンドン話は進んで結婚することになった。結婚したら、次は子どもだ。だが、いつまで経っても子どもは授からなかった。


「きっと、遅すぎたのよねぇ」


 周りから、特に自分の親からの孫の催促は辛いものがあった。仕事に打ち込んできたことは、自分で選んだことでもあるし、後悔はしていない。だからと言って、子どもが嫌いな訳ではない。いつかは、ともぼんやりと思っていた。

 だが時間が経つにつれて、子どもが授からないことへの不安は増していった。これまでは然程気にしていなかったのに、自分は子どもに恵まれないかもしれない、と思うと余計に欲しいと思う気持ちも強まっていった。ままならないことに、自分の生活も好きだった仕事も、気持ちも振り回された。心無い言葉に傷つくこともあった。


「そんな私を見かねたのか、ダンが珍しく口を開いたの」


 町には貧しくて捨てられる子どももいる。不幸があって、親を無くした子どももいる。自分たちと血が繋がっていなくてもいいんじゃないか、って。しばらく悩んだが何度も教会へ通って、子どもたちと触れ合っているうちに、懐いてくれる子どもが可愛くて仕方がなくなった。その子たちのうちから、手先が器用で将来お針子になりたいって言う子をひとり引き取ったの。


「それが最初だったわね」


 子育ては大変だった。仕事に子育て。忙しい毎日に、あっという間に時間は過ぎていく。悩むこともあった。喧嘩になることもあった。だが、気付けば一緒に過ごした時間が、家族としての絆を形作っていた。そこに血の繋がりは、あってもなくても関係がなかった。初めはお針子の仕事だけを受けていたが、自分の仕事への熱意と同じように、次第と自分の子どもを育てなければという気持ちも強くなる。メアリーは仕事の手を広げ、そうしているうちに迎え入れる子どもたちも増えていった。


「沢山の子どもを養うのは、大変じゃないですか?」

「大変よ~! でも楽しいわ。それにさすがに無理はしないの。教会の孤児院と違って、私たちが抱えられる子どもたちには限界があるもの。でも、おかげで私はこんなに大家族の母親になれたわ」


 そう言ってカラッと笑うメアリーは、本当に充実しているようだ。


「幸せ、と言うのは人それぞれよ。辛いことも沢山あったけど、これが私の人生なんだわ。私は今、とても幸せよ。これもダンのおかげね!」


 薄暗い部屋の隅で無言で酒をチビチビと飲んでいたダンは、それでもメアリーの話を聞いていたようだ。強面の外見だが、ほんのりと耳が赤く染まっている。この家族の幸せの形を見せつけられて、リリスは嬉しそうに目を輝かせた。


(幸せの形は人それぞれ、か)


 レイはそっと目を伏せた。チラつく蝋燭の明かりが、レイの目元に影を落とす。その横顔を、ゼドがそっと見つめていた。

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