第135話 孤児院のお手伝い(2)
「こんにちは~」
ピッオスの中心部から歩いてどれほど経っただろうか。町はずれというより、もはや町の外ではないかと思うほど歩いたところに、その家はあった。
孤児院と聞いていたが、聞いていた通りこじんまりとしたそれは、青い屋根とクリーム色の壁をした建物である。奥を覗き込むと、どうやら建物の裏手は畑になっているようだ。リリスは木の扉を数回叩いて、声をかけた。
「はいは~い! どちら様かしら?」
バタバタと奥からやってきたのは、少しふくよかな背の低い女性だ。慈愛を含んでいるようなニコニコとした笑顔は、母性がにじみ出ているようである。
「あ、すみません。依頼を受けた冒険者なんですけど」
「あらぁ。あの依頼を受けてくれる方がいらしたんですね! こんなところでは何ですし、どうぞ中へ。ちょうどお昼の休憩を取っていたところなの」
そう言って女性は三人を奥へ案内すると、お茶の用意のためにキッチンへ消えていった。残されたのは、レイとリリス、ゼドと、こちらをジッと見つめる何対かのつぶらな瞳である。突然現れた冒険者たちに、そこにいた五人の子どもたちは、好奇心を隠し切れないようで目を輝かせている。
「狭いところでごめんなさいね。はい、お茶をどうぞ。依頼ということは、
「あ、ありがとうございます! はい、その依頼を受けて来ました」
「あら、助かるわ~。ちょうどさっき午前中の収穫を終えたところなのよ。もう少ししたら、この子たちと午後の収穫を始めるから、それを手伝って貰ってもいいかしら?」
「もちろんです! 任せてください!」
リリスは自分の胸をドンッと叩いて、自信満々に言い切った。それを聞いて、子どもたちがわっと喜びに沸く。子どもたちに囲まれるリリスを横目に見つつ、レイは冷静に女性から収穫方法などの詳細を聞き出していった。
そのついでに、ゼドのことも忘れずに伝えておく。こちらは神だから、変な言動をしても気にしないでくれとはさすがに言えず、ちょっと世間知らずなので、社会科見学をさせて欲しいというような適当な説明をするレイであった。どこぞの坊ちゃんを連れてきたんだ、と思われそうであるが、気のいい女性は特に気にならなかったようである。穏やかに微笑んで、受け入れてくれた。流石、個人で孤児たちを育てている人は、懐が深い。
「こんな町から外れた寂しいところですけど、夫も仕事に出やすいし、私も畑があるから、中々町中に引っ越す気になれないのよね」
少女のように笑うメアリーは元々、割と腕のよいお針子だったらしいのだが、より良い素材を求めるうちに、自ら
「さすがにこの時期は、収穫にかかりきりになってしまうけど、子どもたちのおかげでなんとかやっていけているのよ」
「こんなことを言うのもなんだが、ギルドへ依頼を出すほどでもないのではないか?」
レイは話しながら目線をあげた。畑は大きくはあるが、それほど大規模ではない。恐らく本当に、自分で仕立てる服の材料分だけなのだろう。少し離れたところでは、リリスが楽しそうな声をあげながら、子どもたちと収穫作業をしている。ちなみにレイの近くにいるゼドは、二人の会話を聞いているのかいないのか、マイペースに綿弾草や周りの様子を観察しつつ、たまに収穫を手伝ってくれている。
メアリーは目線を動かすことなく、手元の綿を難なく収穫してテキパキと籠に入れながら、話を続けた。
「そう、作業的にはね。でも、あの子たちも、たまには外の人と関わった方がいいでしょう。ほら、こんなところに住んで、こんな仕事を手伝って貰っていると、町の人と関わる機会も少なくって」
「……なるほど。それであの報酬という訳か」
「うふふ。ごめんなさいね。別に誰も受けないならば、それはそれで困らないから、つい」
「いや、リリスが嬉しそうだから、別に構わない。金銭が欲しいなら、こちらもこのような依頼は最初から受けていない」
「あらあら。あなた達は随分と余裕のある冒険者さんなのね~」
「いや、たまには息抜きも必要だろう」
「そうね。そう言ってもらえると嬉しいわ。出来ればこの後、夜ご飯も一緒にいかが? あの子たちも喜ぶわ」
「……では、ご相伴にあずかろう」
レイの言葉に、メアリーはニッコリと微笑んだ。ポンッと弾けた白いもこもこが一面に広がる光景は、なかなかに壮観だ。レイたちが穏やかに会話を続ける近くで、子どもたちとリリスの楽し気な声が跳ねて、白いもこもこが空を舞う。
それを見咎めたメアリーに「遊んでないで、ちゃんと働いてね」と注意されると「は~い」といくつかの声が返ってきた。その中に、リリスの声があったような気もするが、きっと気のせいだろう。
(今日も平和だなぁ)
青い空と白いもこもこ畑、楽しそうな子どもの声にそよぐ風。空を仰いでいたレイは、視線を手元に戻すとまた黙々と白いもこもこの収穫に戻るのでだった。
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