第133話 食材集めの迷宮へ(4)
「エストの実、はっけ~ん!」
一晩ぐっすりと眠ったレイとリリスは、朝から迷宮攻略に勤しんでいた。現在、二十四層。依頼されているエストの実を発見したところだ。
エストの実は、ユールクとは異なり普通の木になる木の実だ。手のひらに収まるほどの両端が尖った楕円形の木の実で、匂いを嗅ぐと独特の匂いがする。こちらも液体が内包されており、それがパンや酒の発酵に欠かせないので、需要が高い木の実である。幸い、この木は低木であることが多く、採取もしやすい。
二人は手際よく、その実をポポポイっと採取して鞄に詰めていった。
「ん~~。こんなものかな?」
「あぁ。これだけあれば十分だろう」
「依頼、達成だね!」
「……町に戻るまで、油断はするなよ」
「わかってるよ~! この後はどうする? もう少し探索する? それとも町に戻る?」
「……もっと探索したいところだが、ゆっくり戻ることにするか。今日は迷宮を出たところで一泊して、明日の朝町に戻ろう」
「そうだね。おじさんも待ってるだろうし、町まで一日かかるもんね」
リリスの言葉に頷いて、レイは来た道を振り返った。気候の良いこの迷宮は、食材や植物素材の宝庫だった。採取できる素材に偏りはあるが、なかなか面白い迷宮である。そのため、もう少し探索したい気持ちはあるが、今は依頼中であるし、この迷宮は町まで馬を走らせて丸一日の距離にあるのだ。まずは、依頼を完了させるべきだろう。
「帰りは魔物も少し狩っておくか」
「そうだね! お肉は大切だよね!!」
依頼を完了させるために、ここまでは避けられる戦闘を極力避けて、二十四層まで駆け抜けてきた二人である。レイの言葉に、リリスは目を輝かせた。ここに来るまでに、鶏魔物の群れを発見していたのだ。色は黄と緑だった。鶏肉も調達したいが、出来るならそこら辺に産み捨てられた卵も拾いたい。リリスの魔物を見る目は、もはや食材を見る目になっていた。
冒険者というより狩人に近づきつつあるリリスを見て、それはそれでどうなのだと思わなくもないが、まぁそれもリリスらしくていいのかもしれない。
「さて、では戻るか」
レイはそう言って帯剣していたゼドから渡された剣を鞄に収納し、それと姿形は全く同じだが、普通の性能である剣を身に着けた。
「あれ、レイ。それ普通の剣じゃないの?」
「あぁ。剣の性能が良すぎて、魔物を倒してもどうにも自分の実力じゃないようで気持ち悪くてな」
「……あぁ。まぁ、そうかもね」
リリスは遠い目をした。何といってもレイが先ほどまで帯剣していたのは、神器とも呼べる剣なのだ。リリスも見ていたが、面白いほどにスパスパ何でも切れる。確かにそんな剣で戦っていれば、少し自分の実力を疑いたくなるかもしれない。だが、その剣にまつわるやり取りを目の前で見ていたリリスは、少し不安になった。
「ゼドさんは、その剣を使えって言ってなかった……?」
「どうせ、ここから先はそうそう強い魔物も出ないし、バレなければいいだろう」
そう言って、スタスタと歩いて行ってしまったレイの後ろ姿を見ながら、リリスは「大丈夫かなぁ……」とポツリとこぼした。そんなリリスの頭上に居座っている神獣もまた、レイの後ろ姿をジッと観察していた。
***
シュシュシュシュシュシュルンっと、高速回転する緑色の球体が、レイとリリスの間を走り抜ける。すごい速さで移動するそれを避けながら、脇をすり抜けようとするソレを狙ってリリスがナイフを投じるが、相手が硬すぎて全て弾かれてしまっている。
「あぁ、もう! なんでこんなところに緑鎧鼠がいるの!」
鎧鼠の攻撃はその鋭い爪と丸くなった状態での突進で、丸くなった状態では並大抵の攻撃は通じない。狙いは首と腹側なのだが、まずはこの丸まっている状態を解除させなければ、話にならないのだ。
禪などの実力者であれば、丸まっている状態でも横からけり倒してこの丸まりを強制的に解かせてしまうのだろうが、リリスの細い脚ではそんなことが出来ようはずもない。逆に怪我をするのが目に見えているし、さすがのレイでもそれは難しい。剣の腕はあっても、レイ自身も女性なのだ。女性としては長身の部類でも、残念ながら筋肉自慢ではない。
「チッ。仕方がない」
レイは小さな声で呟くと、丸まって突進してくる緑鎧鼠相手に、両手で剣を構えた。緑鎧鼠はしつこく方向を変えながら二人を追ってくるが、基本的に直線的な動きをするソレを避けることは難しくはない。
今もまた、その攻撃を交わしたレイは、横からその胴体目掛けて思いっきり薙ぎ払った。
――ガキンッ
剣が大きく折れる音を聞きながら、レイは素早くもう一本、同じ剣を取り出した。緑鎧鼠はレイが放った攻撃によって脳震盪を起こしているのか、丸まりを解いたまま倒れ、動く気配はない。
その首元に向けて、レイは剣を振り下ろした。が、打ち取ったと思ったそれは、間一髪で目を覚ました緑鎧鼠の防衛本能に遮られ、再び丸くなることを許してしまった。
「レイ、大丈夫?」
「あぁ、手ごたえはあったから、傷を負わすことはできたと思うんだが……しぶといな」
「緑鎧鼠だもんね!」
二人は再び丸まって攻撃を再開した緑鎧鼠の突進を避けながら、先ほどヤツが伸びていた場所を確認すると、そこには僅かばかりの血痕が地面に染み込んでいる。
敵が硬かった、と言ってしまえばその通りなのだが、レイは自分の手の感触を確認しながら、違和感を感じていた。
(……相手が硬い、だけか? もしや性能の良い剣に頼りすぎて、腕が落ちたか?)
いささか動揺する心を隠しながら、レイは攻撃を繰り返した。先ほどの攻撃が効いているのだろうか、随分と動きが散漫となった緑鎧鼠を打ち取ることは難しくなかった。今度はあっさりと首を落とせたことに、ホッと息を吐きだす。
(やはり、きちんと鍛錬しよう)
レイは、自分が感じた違和感の正体からそっと目を逸らした。
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