第132話 食材集めの迷宮へ(3)

「んん? 別に組まなくていいよ?」

リリスはかじり付いていた肉から口を離すと、かっけらかんと言い放った。


「……その、前はそれでも良かったかもしれないが、最近禪との時間が減ってしまっているだろう?」

「ん~~。確かに最近はゼンさん忙しそうだけど……。私たちが長命種だからかな? これくらいなら、そんなに気にならないんだよね」

「そういうものなのか?」

「うん! 心配してくれてありがとう。私たちは今のままで大丈夫だよ」


 普通の人間であるレイには長命種の感覚は分からないが、リリスたちがそれでいいのならいいのだろう。レイも恋愛やそういった類のことに詳しい訳ではないので、少し首を傾げながらもリリスの言うことに納得した。二人が今の関係に納得しているのならば、自分が首を突っ込むことでも無いのかもしれない。


「……それよりレイたちはどうなの?」

「私たち……とは?」


 リリスは若干目を輝かせて、レイに問いかけた。そのキラキラ輝く新緑の瞳は、好奇心に満ち満ちている。


「そんなの、レイとゼドさんのことに決まってるよ! たまに二人で出かけているよね? どう? 何か進展した??」

「……進展? いや、普段は迷宮へ潜っているだけだが?」


 そういえば最近、珍しくも迷宮へ行くこともなく、二人で町をぶらぶらしたなと思い出しながらレイはリリスに返した。ついでに、雑踏に紛れてリリスと禪がキスしていた場面も思い出してしまって、何となく目線をリリスから外すレイである。

 レイたちがいるところでは、あまりいちゃつかない二人なので、何となく見てはいけない場面を見てしまったような心持ちになった。


「え~~。あ、迷宮デート?」

「いや、普通に魔物狩りだが」

「……え、もしかして、本当に迷宮に潜っているだけ?」

「あぁ、そうだな」

「えぇぇ。え、ちょっと待って。ちゃんと会話とかしてる……よね?」

「……必要な情報は共有している、はずだ」


 最近、レイの表情が柔らかくなってきたとはいえ、基本無表情で口数の少ない二人である。まさかとは思うが、ほとんど会話もなく淡々と迷宮を攻略している姿がありありと想像できて、リリスは少し不安に思った。


「レイ、もしかしてゼドさんの好きなものとかも知らない……とか?」

「あぁ、そうだな」


 それは先日、レイも気付いたばかりだ。ついでに、もう少しゼドに対して知ろうと努めるべきではないか、と思った。だが、その後すぐにゼドが不在にしてしまったので、思っただけで実行には移せていなかったりする。


「ぬぁ~~! 私たちのことより、レイ達はもっと二人でちゃんと話し合う時間を取ったほうがいいと思うの!」

「それは……そうかもしれないが。何というか、どういう時に聞けばいいんだ?」

「え? 普通に聞けばいいよね?」


 レイは首を傾げた。そっち方面に疎いこともあるが、あまり人に興味のないレイである。というのも、レイはその気になれば、対面した人物のある程度の人となりはわかってしまうのだ。会話を重ねてその人を知ろう、という気になったことは、ほとんどない。ちなみに、ゼドはレイのはるかに格上の存在であることから、レイがでゼドのことを知ることはできない。――つまり、会話を重ねるしかないのだ。


(レイって、大体何でも出来るのに、こういうところがあるよね)


 事情を知らないリリスであるが、首を傾げるレイを見て、ついどうしようもない子どもを持つ親のような顔をした。それは少し前に聞いたレイの生い立ちのせいもあるかもしれないが、面倒なことを避けてしてしまう、その性格のせいもあるのかもしれない。

 リリスは、仕方がないと心の中で呟いて、口を開いた。ゼドとのことは、なるべく静観する心積もりであったが、ある程度は自分が口を挟んだ方がいいのかもしれない。


「……レイは自分では気が付いていないかもしれないけど、ゼドさんといる時は随分と気が抜けているように見えるよ。それはそれだけゼドさんのことを信頼しているんだな、って思っていたんだけど、レイは自分で気付いてる?」

「え? は? 私が、か?」

「うん。そう言うってことは、気付いていなかったんだ? じゃあきっと、無意識に甘えているんだね」

「……そう、なのか?」


 そう言ったきり黙り込んでしまったレイをジッと見ながら、リリスは手元の肉に齧り付いた。少し冷めてしまったが、それでも美味い。


 リリスは先ほど自分で言ったことを改めて考えていた。レイは普段、冒険者として振る舞う為に、そうとは見えないようでいて、かなり慎重に動いている。それはそれだけ普段から気を張っている、ということだ。レイが気配に敏感なのも、普段から気を張っているからだろう。

 だが、リリスはレイがそうして普段から気を張っている、ということに最初気付かなかった。気が付いたのは、ゼドが合流してしばらく経ってからだ。


 ゼドといる時のレイは、そうでない時に比べてどこか体の力が抜けているように見える。一見、ゼドが目立つことに対して注意を払って口うるさくしているが、それでもいつもよりも周囲への警戒が緩んでいるように見えるのだ。それは、強大な存在であるゼドがいることの安心感なのか、周囲への警戒を無意識にゼドに委ねているのか、リリスには分からない。


 それが無意識だと言うのなら、それはレイがそれだけゼドを信用し、甘えているということなのだろう。二人がこの先、どのような未来を選ぶことになっても、少しでもいい関係でいられる未来であればいいな、と思うリリスである。ついでに、そこに自分と禪も一緒にいられて、美味しいものを沢山食べられるともっといい。そんなことを考えながら、リリスは黙々と肉を焼いて、口に運んだ。

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