第129話 食の町ピッオス(3)

 ピッオスに来て数日は経つが、レイとリリスは未だにこの町に留まっている。

 リリスの美味しいもの開拓は順調に進んでいて、それと共にリリスの懐は寂しくなっているが、そこはレイが定期的に依頼や近場の迷宮へ連れ出すことで、どうにかなっている。


 せっかくなので、二人はあれこれと買い物をしてみたが、これだけ店が多いとやはり当たり外れは出てくるものだ。初日に買ったクォロッケの店は、今思えば大当たりであった。店主の思惑通りにクォロッケパンにハマったリリスは、毎日のようにあの店に通っていて、今ではすっかり店主に顔を覚えられてしまっている。

 最近、クォロッケパンの最も美味しい食べ方を追求し始めたリリス曰く、ふんわりと柔らかいパンにシャキシャキとした野菜とクォロッケを挟み込んだものが、今のところの最適解らしい。この前、そんなことを宿で熱く語っていた。


 男性陣はと言えば、禪はあの休みの後も忙しくしていて、同じ宿を取っているはずだがなかなか顔を合わすこともない。心配したレイがリリスに聞いてみると、どうやら依頼で数日この町を離れているらしい。ついでにゼドも誰かに呼び出されたとか言って、移転魔法でどこかへ消えてしまった。まぁ、どちらもそのうち戻ってくるだろう。


 そんなこんなでピッオスでの足止めを余儀なくされた二人であるが、ここでの生活に不満はない。そんなある日、クォロッケ店の店主とすっかり顔なじみになったリリスが、一つの依頼を持ってきた。


「ユールクとエストの実?」

「そう。これまで近くの森で採取できたらしいんだけど、最近そこで採れなくなってきたんだって。そこで収穫出来た分は、大きなお店とか領主様の贔屓のお店に優先的に売られてしまうらしくって、おじさんの所みたいな小さなお店にまで中々回ってこないらしいの」

「それで、冒険者に頼んで迷宮で採集してきてもらおう、という訳か……」

「受けてもいいかな? 一応、ギルドで依頼票は作ってもらって来たんだけど」


 ほらこれ、と言ってリリスからペラリと渡された依頼票の写しを眺めながら、レイはしばし考え込んだ。そこには、ユールクとエストの実の必要個数とその報酬金額、依頼人が簡単に記載されている。一応、指名依頼になっているようだ。「何故弱そうなリリスに依頼を?」と思わなくもないのだが、藁にも縋りたい気持ちなのかもしれない。リリスがお世話になっている店の頼みであるし、この依頼を受けるのもやぶさかではないのだが……。


「リリス。この町の近場の迷宮は、先日潜っただろう?」

「うん。覚えているよ」

「確か、あそこにはユールクもエストも無かったはずだ」

「え、そうだっけ?」

「……ギルドで確認しなかったのか?」

「あ~、先にレイに確認しなきゃと思ったし、おじさんに依頼票を作ってもらうことに気を取られてて、忘れてた~」

「ふむ。ここで悩んでいても仕方がない。ギルドへ行くぞ」

「は~~い」


 という訳で、ギルドへやって来た。たまたま暇そうにしていた、豊満で色っぽい受付嬢に話を聞いたところ、やはり近場の迷宮ではユールクもエストも見つかっていないらしい。ついでに、それらを採集出来る迷宮を二箇所教えてもらった。片方は馬で半日、もう片方は馬で一日の距離にあるらしい。


「ただぁ、今はそれと同じ依頼が増えているからぁ、半日でいける迷宮の方は混んでるかもしれないわぁ~」

「そうか。情報感謝する。この依頼を受けるので、処理して欲しい」

「わかりましたわぁ~」


 角度的に、どうしてもその大きく開いた胸元に目線がいってしまうのは、仕方がないのかもしれない。やたらと色っぽい話し方をする受付嬢にギルドカードを渡して、レイとリリスは処理を待つ間にこの後のことを話し合うことにした。


「レイ、どっちの迷宮に行くの?」

「あぁ、馬で一日の距離の迷宮にしようと思う。いくら半日で行けるとは言っても、人が多くて争いになると面倒だ」

「やっぱり。レイならそう言うと思った。宿はどうする?」

「ひとまず宿の主人に言付けだけ頼んで、一旦キャンセルしよう」

「そうするしかないか~。じゃあ、これから買い出し?」

「あぁ。これによるとユールクは十二層、エストは二十四層で採集できるようだ」


 これ、と言ってレイが掲げたのは、一冊の冊子だ。冒険者ギルドが編纂しているもので、そのギルド周辺の迷宮で採れるものや、魔物の分布などが描かれている。処理待ちの間に目を通そうと、受付嬢に借りたものだ。レイが指さすので、リリスもそのページを覗き込んだ。


「うわ、思ったより大変そう。数日分の食料を買い込んでおいたほうがいいね」

「あぁ。比べてみると、ここから半日の距離の迷宮は、どちらも浅い層で採集できるようだ」

「それじゃあ、一層そっちに冒険者が集まってそうだね」

「間違いない。面倒ごとは御免だ」


 レイの言葉に、リリスも頷いた。依頼ボードを見ても、ユールクとエストの実の採集依頼はとても多い。その上、依頼報酬も高騰している状況である。最も近く、かつ浅い層で採集できると分かっている迷宮に冒険者が殺到することは、火を見るよりも明らかだろう。

 だが、迷宮の魔物や素材が通常よりも随分早く復活するとはいえ、刈り取ってしまえば、即座に次の実が生えてくる訳ではないないのだ。悲しいかな、冒険者というのはどうしても荒っぽい者が多い。到着した者から順に並んで採集する、なんて礼儀正しい者はまずいない。となると、どうなるか。何かしらの争いが必ず発生するのだ。


 面倒ごとを嫌うレイが、そんなところへ好き好んで足を運ぶ訳がない。リリスだって、そんな争いに巻き込まれるのは御免なのだ。特に意見が衝突することもなく、あっさりと今後の予定は決まった。

 ちょうどそのいいタイミングで受付嬢に呼ばれたので、二人は揃ってそちらへ足を向ける。


(この後、おじさんのところに寄って依頼を受けた報告と、数日分のクォロッケを買い込んでおこうっと。おじさん、今日もおまけしてくれないかな~)


 なんてことを考えながら、リリスは色っぽい受付嬢からギルドカードとギルドの承認印の押された依頼票を受け取った。

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