第128話 食の町ピッオス(2)

 食の町ピッオスに到着してから数日、ようやく合流した禪が休日と取るというので、レイはゼドを伴ってギルドへ来ていた。

 禪が休日ということは、今日はデートということである。リリスはこの町を大層気に入り、毎日のように様々な店に顔を出している。禪はいつものそれに付き合わされるか、もしくは禪が知っているリリスが気に入りそうな店に連れて行くのだろう。仲の良いことである。


 それはさておき。目の前の依頼ボートを眺めていたレイは、目ぼしい依頼が無いことを残念に思いつつ、ゼドの待つギルドの入り口脇のテーブルへ歩み寄った。


 ゼドは暗い色のローブのフードを頭からスッポリと被り、俯いているためその表情を全くと言っていいほど伺うことはできない。レイからすれば、かなり怪しい長身の男がキルドの隅でフードの隙間から睨みを利かせているようにしか見えないのであるが、この男、常に自分に隠蔽と認識阻害の魔法をかけているのだ。他の人にはただ『存在感のやたら薄い暗そうな男が、ギルドの端のテーブルに陣取って、うつむいて座っている』程度にしか認識されていない。当然、そんな陰気そうな男に声をかける者はいない。


「目ぼしい依頼がなかったか」

「あぁ、残念ながら。仕方がないから、適当に魔物を狩りに近場の迷宮へでも行くか?」

「ふむ。迷宮も良いが、その辺を二人で歩いてみるのも良いかもしれぬ。よくあの小娘としているだろう」

「え? いや、この町は人通りも多いし、ゼドはそういった場所が苦手だろう?」


 珍しいことを言い出したゼドに、レイはほんの少しだけ目を見開いた。実際、ゼドはこの町に着いた時に少し歩いただけで、もう十分だ、と言わんばかりに依頼を受ける時以外は宿に引き籠って過ごしているのだ。


「まぁ、人が多い場所は色々と鬱陶しいがな。今日はそういう気分だ。付き合え」

「は?」


 そう言って、ゼドはやや強引にレイの腕を掴んでギルドから出た。途端に目に耳に飛び込んでくる喧騒に、若干嫌そうに眉をひそめながらもその賑わいの中をズンズンと進んでいく。レイは珍しいこともあるものだ、と思いながら、掴まれた腕をさりげなくほどいてゼドの横へ並んだ。


「どこか行きたいところがあるのか?」

「いや? 人の町はさっぱりわからん」

「見たいものや、何か欲しいものはあるか?」

「特にないな。レイラは何か欲しいものはあるのか?」

「……今は特にないな」


 こちらを見下ろしてくる無表情なゼドの顔を見ながら、レイは考えた。何を思ったのか、どうやらゼドは本当にただ自分と町を歩きたいらしい。

 旅に必要なものは先日既に補充済であるし、この町は食の町ということもあり、その他の物、例えば武器や魔道具などの品揃えはさほど良くない。この町でぶらぶらするとなると、食事をしたり買い食いをしたり、食料品を買ったりということしかすることがないのだが、リリスと違ってゼドはそこまで食に興味がないように思う。


 それに、この町は飲食店もひとつひとつが間取りが狭く、その中に客がひしめき合っているのが普通である。そのような場所をゼドが気に入るとも思えないのだ。

 レイは内心困ったな、と頭を抱えた。これがリリスであれば、放っておいても勝手にその辺の屋台に突っ込んでいくので、自分はついていくだけで楽なものなのだが、ゼド相手だとそういう訳にも行かない。というか、ゼドと二人の時はたいてい迷宮に潜って、魔物狩りをするのが常だ。他でどうやって一緒に過ごせばいいのかわからない。


(そういえば、ゼドが何を好んでいるだとか、そういったことをほとんど知らないな)


 レイが知っているゼドの事といえば、そのほとんどが能力面である。それだって、全てを知っている訳ではない。どれそれの魔法を使えるだとか、剣も使おうと思えば使えるだとか、あとは天竜であるだとか。そういったことをざっくりと知っているに過ぎない。

 確かにレイとゼドは、普通の人とは違った契約で繋がっているが、このまま婚姻契約をすることになった場合、レイはゼドとその後の人生を生きていかねばならないのだ。


(リリスの言っていたように、このまま婚姻というのは、確かに良くないのかもしれない)


 どこまで踏み込むかはさておき、もう少しゼドのことを知ろうと努める必要があるのではないだろうか。そんなことを悶々と考え込んでいるレイの肩を、ゼドがポンと叩いた。


「あまり難しく考えなくてよい。小娘が好きそうな店を探すのでもいいぞ」

「……そうか。それなら、ゼドでも落ち着けそうな店でも探そうか」


 ゼドの言葉にホッと息を吐いたレイは、やや力の入っていた肩から力を抜いた。そうと決まれば、大通り沿いの店ではなく、何時ぞやの様に路地裏の通りを探すのがいいだろう。そう思って前を向いたレイは、視界の端に見覚えのある二人組の後ろ姿を捉えた。レイがそちらを向いたことによって、ゼドもその視線の先を追って自然とそちらを向く。


 そこには、身長差をものともせずに、仲良さげに腕を組んで歩くリリスと禪の姿があった。その後ろ姿が、雑踏の中で一瞬重なる。


「レイラ、あの二人は何をしているのだ?」

「…………ゼド、野暮なことを聞かないでくれ。さ、私達は店を探しにいくぞ」


 最近二人の時間があまり取れていないのではないか、と無駄に心配していたレイであったが、思っていたよりも随分と仲が良さそうで何よりである。

 まだ何か聞きたそうにしているゼドの腕を引いて、レイは雑踏から離れる為に足を踏み出した。

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