第127話 食の町ピッオス(1)

 道中何度か魔物に襲われることもあったが、特に問題なく護衛依頼を完了したレイ達は、ドゴス帝国の町ピッオスに到着していた。


「はー、やっと宿で寝ることが出来るよ~!」

「今回は長旅だったからな。リリスは慣れなかっただろう」

「うん。その辺で野宿するのと、護衛しながら野営するのとはまた違うんだね。緊張して、すっごく気疲れしたよー!」

「依頼完了のサインは既に貰っていることだし、先に宿を取りに行くか?」

「そうだね! そうしよう」


 日はまだ高い。レイとリリスはゼドを伴って、予め禪から指定されていた宿屋へ向かった。一方の禪は、今日はそのまま依頼主と同じ宿に泊まり、もてなしを受けるそうだ。そういった場は情報収集にも役立つだろうが、レイはSランクは大変だ、と思うばかりである。ちなみに隊商はしばらくこの町に留まって商いを行った後、また別の町へと移動するらしい。


 禪から指定された宿は、大通りから外れた場所にある元冒険者が経営する宿であった。それほど大きな宿ではないが、丁寧に掃除されており、居心地が良さそうだ。宿の主人も元冒険者だけあって、大柄で屈強そうな見た目の男性であったが、穏やかに話すゆるっとした人であった。


 この宿の魅力は、このゆるっとした主人の出す食事にあるらしいのだが、まだ日は高い。これから町を散策しても、夕食の時間には余裕がある。レイとリリスは疲れた体そのままに、ベッドに飛び込みたい欲望をどうにか抑えて、町へ繰り出すことにした。ちなみにゼドは宿について早々、部屋に引っ込んだ。どうやら護衛依頼で、疲れたらしい。体力的にということではない、慣れない馬車旅と四六時中人に囲まれるということに疲れたようだ。


「あ~~。なんて魅惑的な匂い……」


 通りに出たリリスは、しきりに鼻を引くつかせている。それもそのはず、このピッオスは食の町として有名なのである。通りを見ても至る所に屋台が立ち並び、そこら中からいい匂いが漂っている。大通りに軒を連ねる店も圧倒的に飲食店が多く、そういった戦略なのだろうか、やたらといい匂いを漂わせているのだ。言うなればピッオスは食い倒れの町なのだ。

 日が高いにも関わらず、そこかしこで人々は飲食を楽しみ、楽し気な声がひっきりなしに上がっている。見れば酔っぱらっている者もそこそこいるようだ。


「は~~。何だか賑やかで楽しい町だねぇ」

「あぁ、キリリクやテンラスも華やかな街だったが、それとはまた一味違った賑わいだな」


 キリリクやテンラスは歴史も古く、人通りも多く華やかでありながらその歴史的な痕跡を至る所に感じられる町並みであったが、こちらは何だか人も町もごちゃっとしている。だが、それがまたいい味を出しているのだ。人々の顔は明るく、笑い声がそこかしこに響いていて、活気がある。少し歩いただけでも、そこかしこの店から威勢のいい客引きの声がひっきりなしにかかり、とても賑やかだ。


「気になるものがありすぎて、逆に選べないよ~」

「リリス、財布の中身は大丈夫か?」

「ん~~。こんなに誘惑が多いと、軍資金としてはちょっと心もとないかも……」

「……先にギルドへ行くか」

「えへ」


 テンラスでもそこそこ依頼を受けて、そこそこ稼いでいた二人であるが、リリスの懐は心もとないらしい。その細くて華奢な体のどこに入っているのか、というくらい休みのたびにその稼ぎを食費に費やしているリリスである。さもありなん。


 二人はとりあえず護衛依頼の完了報告と道中討伐した魔獣素材を売り払うために、押し寄せる誘惑を振り切って冒険者ギルドへ向かった。今回もそこそこの稼ぎが入るはずである。今回の依頼では、道中討伐した魔獣は当人達で好きにしていいということになっていたので、宿代を払っても多少の余裕は生まれるはずだ。……散財さえしなければ。


「リリス、あまり初日から散財するなよ」

「……えへ」


 報告と換金を経てギルドを出ると、リリスは早速手当たり次第その辺の屋台へ突撃した。両手に戦利品を抱えてほくほくと微笑んでいるリリスを横目に、これは早々に金策をしなければならないかもしれない、と目を細めるレイである。


「……明日は休みの予定だったが、依頼を見に行くか」

「う、うん。そうだね! この町に居たら、お金がいくらあっても足りない気がするよ!」


 リリスも多少、自分で危機感を感じているようだが、そう言っている傍から、客引きに捕まっている。


「これこれ、可愛い嬢ちゃん、これ見て行って。美味しそうでしょ。嬢ちゃんこの町は初めて? これ、見たことある?」

「え、いえ、ないです。これ何ですか?」

「ないの? おいし~よぉ。こんな見た目だけど、一口噛むとサクッしゅわ~って幸せが口の中に広がること間違いなし! 外はサクサク、中はホクホク。そんでね、このタレがまた絶妙に美味いんだわ!」

「ふ、ふわ~~。お、美味しそう! おじさん、それ二つください!」

「はい、まいど! これね、パンに挟むとまた絶品よ! 気に入ったらまた買って行って!」


 なんてやり取りをしながら、結局買わされている。いや、これはリリスも悪いかもしれない。明らかに物欲しそうな顔をしながら、涎を垂らしそうになっているのだ。腹ペコが顔に出すぎている。これでは絶好のカモだ。

 レイはそんなリリスの腕を引っ張って、どれほど効果があるかわからないが、とりあえずその腕の中に抱え込んでいる物を食べさせることにした。


「またこんなに買い込んで……。リリス、禪から宿の夕食を楽しみにしておけと言われたのを忘れたのか?」

「だ、大丈夫! レイの分もあるよ! ほら、これ! さっきのおじさんが売ってたやつ。クォロッケって言うんだって! 温かいうちにレイも一緒に食べよう」

「……そうか。有難くいただこう」


 この町は食い倒れの町というだけのことはあり、そこかしこに座る場所が設けてある。それほどキチンと整備されている訳ではないが、ちょっと座ってサッと食べるには問題ない。レイとリリスもそのような場所のひとつに腰かけて、先ほどリリスが買わされたと言ってもいい、クォロッケという食べ物に噛り付いた。


「いっただきま~す! ふぉ、ふぁっ。あつ、あつ。う、うま~!」

「確かに美味いな」


 齧り付くとサクッと音を立てる食べ物は、店主が言っていた通り、中はホクホクとしていて、小さく練りこまれた肉の欠片の塩味とほのかな甘みが優しい味に仕上がっている。それだけでも美味いが、ほんのわずかに染み込ませた表面のタレがまた美味い。どのような香辛料スパイスを使用しているのか分からないが、ほのかなスパイシーさと酸味、そして優しい甘みが絶妙で、クォロッケを上手く引き立てている。


 あっという間に食べ切ってしまったその中身のない包み紙を見て、リリスは腕に抱えていた食べ物を鞄に収納すると立ち上がった。


「おじさん! さっきのクォロッケ、十個ください!」

「お、気に入ってくれたかい。そんじゃ、おまけに二つパンをつけてやろう。今度はこれに挟んで食ってみてよ!」

「ありがとう!」


 あの店主上手い商売するな、とレイは二人のやり取りを眺めた。パンに挟んだクォロッケに感動したリリスが、しばらくあの店に通うことになるのだろう。そんな遠くない未来がありありと目の前に浮かんで、レイは俄かに息を吐いた。リリスが楽しそうだからいいのだが、これは本格的に金策をしなくてはいけないかもしれない。


(あぁ、今日も平和だなぁ)


 食べている途中になっていたクォロッケを口に運び、サクッと口元に小さな音を立てながら、レイはぼんやりと雲の流れる空を眺めた。

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