第125話 二度目の護衛依頼(1)

 ――ガタガタガタガタ


 踏み固められただけの街道を、何台かの幌馬車ほろばしゃが走る。その後方に位置するの馬車の上で、レイとリリス、それにゼドは揺られていた。


「馬車とは、これほど乗り心地の悪いものなのか」

「……不満なら走ってもいいぞ」

「不満とは言っておらん。これもまた面白いものだ」


 ガッタンガッタン、と上下左右に揺れる荷台に純粋に驚いたゼドに対して、レイは外を眺めたままおざなりに返した。その横で二人のやり取りを眺めつつ、リリスは奇嬉豆の練りこまれた茶色いケーキをモシャモシャと頬張っている。


 三人は今回、そこそこ大きな隊商の護衛依頼を受けていた。というのも、そもそもこの隊商は禪と懇意にしている商会のもので、禪は度々ここの護衛を引き受けているらしい。

 今回もたまたま、テンラスからピッオスというドゴス帝国内の町への便が出るのに合わせて、禪に指名依頼が入ったのだ。レイ達は、それに便乗させてもらったに過ぎない。


 肝心の禪はといえば、レイ達よりも前方の馬車で依頼主の護衛をしている。それはレイ達の乗る馬車よりも少しだけ乗り心地のよい馬車であったために、ゼドが神であることを知る禪が若干挙動不審に陥っていたが、レイがそんな禪をさっさと行け、と追い払った。


「それにしても、ゼドさんの持ってる身分証が冒険者証で良かったよね」

「あぁ。Dランクだったのも都合が良かった。そうでなければ、この依頼を受けることが出来なかったな」


 冒険者ランクは最低ランクのGランクから最高ランクのSランクまであるが、護衛依頼を受けられるのは、一般ランクと呼ばれるDランクからである。ゼドがこのランク証を得てきたのは、色々と都合が良かった。――竜王国の冒険者ギルドで発行してもらった、ということを除けば。


「うんうん。前の護衛依頼は何事もなく終わったけど、今回も平和に終わればいいね~」

「前回は規模も小さく、距離も短かったからな。だが、今回は距離も長く、規模も大きい。油断するなよ」

「は~い。今日は街道沿いで野営するんだっけ? 他の馬車にも護衛が付いてるんだよね?」

「あぁ、そうらしい。明日、魔獣が多い場所を抜けるようで、その前に休息を取るみたいだな。そこそこ大きな商会だけあって、慣れているんだろう。無理のない行程だ」


 出発前に他の馬車の護衛とも軽く挨拶を交わしたが、レイ達の他にも中堅ランクの冒険者が雇われていた。そこに紛れているレイ達は、ゼドが丸腰であることを除けば、どこからどう見ても至って普通の冒険者である。

 そのゼドといえば、見た目を偽装した上から更に、フードを被って認識を阻害する魔法をかけている。一見、長身の影の薄い魔法使いである。口を開くと途端に偉そうになるが。


 レイは始め、ゼドを連れてこの護衛依頼を受けることに躊躇いを感じた。今は魔法使いを装っているが、基本的にゼドは戦闘に参加しない。言ってしまうと、護衛として役立たずもいいところなのである。

 レイがその分を補えばいい話ではあるのだが、未だゼドとはパーティを組んでいないのだ。単独で依頼を受けることになるゼドが、役立たずでいいのだろうか……と葛藤するレイに、何度かこの依頼を請け負っている禪が後押しをして、結局は承諾することにした。


(禪は依頼といえど、リリスとあまり離れたくないんだろうなぁ……)


 エルフの村から戻ってからの禪はかなり忙しいようで、リリスとの時間も満足に取れていないようである。


(リリスとのパーティを解消した方がいいのだろうか)


 Dランクのリリスはやっかみを受けるかもしれないが、夫婦やカップルでパーティを組むことは珍しいことではない。リリスと自分とのパーティを解消して、禪と組んだ方が二人の時間は格段に取れるだろう。

 そんなことをぼんやりと考えていたレイは、ポンッと肩に置かれたゼドの手で、ハッと我に返った。


「レイラ、前方から魔獣の群れが来るぞ」


 ゼドの索敵能力は神だけあって、かなり高い。レイやSランクの禪よりはるか遠くから敵の動きを察知することができる、とは言え、リリスに油断するなと言った手前、少しばかり考えに耽ってしまったことにバツが悪く感じながらも、すぐさま馬車から飛び降りた。


「リリス、禪に伝達頼む。前方より魔獣、およそ十体。後方より八。左右からも数頭。……足が速いな、狼系だと思う」

「了解!」


 リリスはレイの指示を受けて馬車から飛び降りると、元気よく返事をして前方へかけていった。レイはそのまま馬車の業者に声をかけてから、周囲を警戒する。

 前方は禪がいるので、心配いらないだろう。レイは未だ馬車の荷台から動く気配のないゼドに声をかける。


「ゼド。後方八、で間違いないか」

「いや、更に後方に一頭待機しておる。それが親玉だろう」

「なるほど。ここは奴らの狩場、ということか」


 稀にこのように集団で連携して狩りを行う魔獣が現れるのだ。奴らはどこで学んだのか、魔獣の割に中々賢く、遭遇すると厄介な敵である。今回は獲物を待ち伏せした上で、前後左右から挟み撃ちにする心づもりのようだ。

 見れば他の馬車からも護衛役の冒険者たちが出てきている。レイはその冒険者たちに声をかけてから馬車を任せ、後方の森へと走り出した。狙いはゼドが親玉、と言った一頭である。


「まずはイチ


 レイは森に入ってすぐ、先頭にいた黄狼の首を落とした。次いで飛び掛かってきた一頭を薙ぎ払い、横を走り抜けようとした一頭の首に一太刀を浴びせる。これで三頭。

 休憩する間もなく、飛び掛かってきた一頭の眉間を貫き、後方から噛みつこうと突進してきた一頭の鼻頭を蹴りあげた。キャウンと犬のような叫び声をあげた其れを、向かってきていた別の一頭に向かって蹴り飛ばす。出来た間合いを一気に詰めて、別の一頭を切り伏せ、横の一頭の首を落とす。

 先ほど蹴り込んだ二頭が体制を立て直す前に、切り捨てようと思ったが、レイが足を踏み出す前に後ろから飛んできたナイフによって、二頭とも絶命した。


「レイ、遅くなってゴメン! 大丈夫?」

「あぁ、助かった」


 禪に報告を入れに行っていたリリスが、木の上からぴょん、とレイの横に飛び降りて来ると同時に、のっそりと茂みの奥から姿を現したのは、狼とは思えないほどの巨体を持った緑色の魔獣であった。

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