第124話 テンラスの迷宮探索(3)

 入ったときはそうでもなかったが、この迷宮はとにかく蒸し暑い。うだるような暑さに加え、湿度も高くてとにかく不快である。なるほど、この迷宮が人気がないのは、ひとえにこの気候に起因するのだろう。レイは羽織っていた外套を脱ぎ、鞄に収納した。


 レイは額に汗をにじませながら、向かってきた黄蜥蜴を切り伏せる。蜥蜴とは言っても、馬ほどの大きさの魔物だ。黄色魔物なので、レイにとっては弱い敵の部類に入るが、それでも馬ほどの大きさの蜥蜴が左右に体を揺らしながら突進してくると、中々の迫力がある。まぁ、一太刀で倒してしまうのであるが。


(私の実力というより、この剣が……だよな)


 レイは思わず、自分の握っている剣を見下ろした。レイが今握っている剣は、見た目は地味なものに偽装されているが、その実、ゼドから贈られたものである。ゼドの鱗と魔力から作られた剣は、まるで細い枝でも握っているかの如く軽くしなやかで、それでいて切れ味鋭く、魔物を切る時も全く抵抗を感じない。それでもって、刃こぼれ一つしやしない。


 剣の腕にはそこそこ自信のあるレイとしては、実力ではなく剣の性能で魔物を倒しているようで、なんだか微妙な気持ちになるのだが、それにしても馬鹿みたいな性能の剣である。さすが神器。


ドラゴンですら一刀できそうだ。これは、さすがにバレたらまずいな……)


 そんなことを考えながら、剣を振って鞘へ納めた。現在、迷宮の十六層である。確か、依頼を受けたものはこの層辺りで採集出来ると聞いている。レイは辺りを注意深く観察しながら、足を進めた。

 この迷宮の特性なのか、ここの植物や魔物はやたらに巨大なものが多い。生えている木は、見上げてもその先端が確認できないほどに高く、生い茂る草やキノコですらもレイの背丈より高い。なんだか、自分が小人にでもなったようである。


 レイは近くにあった毒々しいキノコに飛び乗った。キノコとはいえ、柄の部分が太く頑丈で、レイが少々飛び乗ったところでびくともしない。レイはそのキノコの上から、辺りを見渡した。見渡す限り、鬱蒼としている。

 周りのものが巨大化しているので、見通しが悪く、道なき道を進むしかないのだ。更には、この自分の背丈ほどの草むらから魔物が飛び出してくることもあり、それがまた巨体な訳だから、本当に油断ならない。


「レイラ、依頼の品はコレじゃないのか?」

「ゼド、戻ったのか」


 レイは足元からかけられた声に気付いて視線を落とすと、ピョンと足場にしていたキノコから飛び降りる。ゼドは入ったことのない迷宮に興味が引かれたらしく、レイとつかず離れずの距離を保ちながらも、気の向くままフラフラとしていたのだ。

 そうして今、ゼドが手に持っているものは七色羽ナナイロバネと呼ばれるもので、その名の通り七色に輝く羽である。この階層周辺にとは聞いていたが、どうやらゼドの方が先に見つけたらしい。


「鳥魔物の羽かと思っていたが……こんな色の魔物がいるのか?」

「あぁ、これか。地面から生えていたぞ」

「……生えていた? 羽が?」

「あぁ。実際に見てみるといい」


 ゼドがそう言うので、レイは案内されるがまま、その後をついて行った。そこには確かに、飾り羽のような七色に輝く立派な羽が、尾羽を広げるように地面から生えている。


「……確かに、生えているな」

「だろう」


 レイはしばらくの間その不思議で不気味な光景を観察したが、これはいくら考えてもわからないと早々に諦めて、その七色羽を毟って鞄に収納した。


「てっきり魔物素材かと思っていた」

「迷宮だからな。そういうこともある」

「……そういうものか」

「そういうものだ」


 それが迷宮、ということだろう。何はともあれこれで依頼は達成である。不快な気候なので、もう切り上げてしまってもいいが……と思いつつ、改めて辺りを見回した。

 レイと同じ目線で辺りを見渡すと、鬱蒼と茂った草しか目に入らないので、少し目線をあげてみる。と、視界の端に何か黄色いものが見えた。


「ゼド、少しあちらへ行ってくる」

「あぁ。我も一緒に行こう」


 レイはゼドに頷いて、そのまま剣を構えて薙ぎ払った。フワッと風が頬を撫でたと思ったら、次の瞬間にはその剣の風圧で周囲の草木を薙ぎ払い、気付けば一本の道ができていた。周囲には、ハラリハラリと木の葉や木片が舞っている。


「見事だ、レイラ」

「……それ、本当に思っているのか?」

「もちろんだとも」

「……まぁいいか」


 レイはその道を進みながら、ついでに吹き飛ばしてしまった目ぼしい素材も収納していく。

 普通の森でこんな破壊行為は行わないが、ここは迷宮である。どうせすぐに元通りになるのだ。とはいえ、若干この不快な気候にイライラさせられているのも事実である。


「早く、地上に戻ろう」

「そうだな。我は何ともないが、そなたにこの気候は辛そうだ」


 ゼドの台詞に、レイは顔をあげた。やけに涼しい顔をしていると思ったら、この気候を物ともしていなかったらしい。このやたら不快な気候に苦しめられていたのが自分一人であったという事実に、レイは何とも言えない気持ちになった。


(こういうのはやっぱり、同じ気持ちを分かち合ってこそ、だよな)


 やっぱり次はリリスと来よう、そう決意を固めて頷いた。それはともかく、視界をかすめた黄色い存在である。

 レイはその黄色い実をつける木の下まで来ると、上を見上げた。随分高い位置にあるが、間違いない。


「ふむ。甘椰子カンヤシか」

「あぁ。リリスが喜びそうだろう」

「……そなたは本当に、あの娘が好きだな」

「……そうだろうか?」


 無表情の癖に、何故か少し微妙な表情をするゼドを不思議に思いつつ、レイはその甘椰子の木の幹に両手をかけた。捕まる枝が無いにも関わらず、身軽な体を活かしてそのまま器用にもスルスルと登っていく。


 甘椰子というのは、レイが今登っている木に成る木の実で、その大きさは大人の頭ほどの大きさである。

 硬い殻に覆われているのだが、その中はとても甘い液体で満たされており、そのまま飲むことも可能だ。煮詰めれば砂糖も取れるし、油も取れる。他にも酒や一部の薬にも使用されており、殻ですら器替わりに利用できる、非常に有用な木の実なのだ。


 これをお土産にしない手はないだろう。レイは手に取れるだけ取って収納すると、満足してヒラリと地上に降りた。


 さぁ、この鬱陶しい気候の迷宮にはもう用はない。さっさと戻って宿でのんびりとしよう。しばらく待てば、リリスと禪も帰ってくるだろう。

 レイとゼドは茂みから飛び出してくる魔物を狩りながら、たまにゼドが加減を間違えて迷宮を破壊しながら、サクサクと帰路についた。


 ちなみに、迷宮から出るときに、何故かゼドに抱えられて「ぽよ~ん」としたのだが、その謎の行動にレイは「ゼドもこの、ぽよ~んをやってみたかったのかな」と思うことで、考えを落ち着かせた。神の考えることは、イマイチよくわからない。

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