第123話 テンラスの迷宮探索(2)

 レイは、未だ自分の首回りに巻き付いているゼドの腕を叩いて、拘束を解くように促した。日は、先ほどよりも高い位置に昇っている。


 今日は休日とはいえ、依頼も受けてしまったのだ。幸いこちら側には人気ひとけがないとはいえ、こんなところで道草を食っている場合ではない。


「これから、すぐそこの迷宮へ潜るんだ。ゼドも来るか?」

「そうだな、付き合おう」


 普段から世界の均衡を崩さぬため、地上での戦闘には極力参加しないゼドではあるが、迷宮は別であるらしい。何故だか知らないが、迷宮でならゼドも気兼ねなく魔物を狩ったり出来る。

 ……その辺りのことは、詳しく聞いてしまうと後には引けなくなりそうなので、レイも踏み込みすぎないように気を付けている。ゼドとのによって生かされているレイであるが、なんとなくまだ普通の人でいたいと思うのだ。の自分が、神の領域に足を踏み入れるには、まだ、気持ちが定まっていない。


(……そのうち、定まる日が来るのだろうか。それとも、定まらずにこの身が果てるのか)


 そんなことをぼんやりと考えるレイの心を知ってかしらずか、ゼドは先へ進むべく促してくる。


「レイラ、迷宮へ行くのだろう。さっさと行くぞ」

「あぁ、そうだな」


 考えてもどうしようもないことは、一旦棚上げするに限る。今は依頼をこなそう。レイは気持ちを切り替えて、足を踏み出した。



***

 目的地である迷宮は、さきほどの場所から目と鼻の先ほどの距離にあった。街道から外れた場所にあった入り口は、草むらに覆われている。


「レイラ、本当にこれか?」

「看板があるのだから、そうなのだろう」

「……ここに入る気か?」


 ゼドが懸念を示すのも無理はない。草むらの中心にぽっかり穴をあけたそれは、どこからどう見ても、巨大な落とし穴であった。

 その落とし穴にうっかり落ちない為であろうか、穴の周りには杭が打たれ、申し訳程度の縄が張り巡らされているものの、迷宮の入り口としてはかなり簡素に見える。


 穴は奥が深いのか、覗き込んでみても暗闇が広がるばかりで、下の様子は何もわからない。特に梯子や階段などがある訳でもないようだ。


「ギルドでは、特に注意事項は聞かされなかったのだがな……」

「その職員、職務怠慢なのではないか?」

「……まぁ、入ってみれば分かるだろう」


 不思議に思いながらも、穴の横にこれまたおざなりに設置された立て看板を信じて、レイは思い切ってその穴に飛び込んだ。この看板が何者かのいたずらであったら目も当てられないが、まぁどうにかなるだろう。


「あ、おい。待て、レイラ」


 慌てて後を追うべくゼドは穴に足を踏み込もうとしたが、それよりも一足早く、レイがその穴から垂直に飛び出てきた。ゼドの背丈よりもほんのわずか上空へ飛び出したレイは、冷静に状況を把握すると体をひねって、ゼドの横に着地した。


「……なるほど?」

「レイラ、無茶をするな」

「何かあってもゼドがいれば、どうにかなるかだろう。ともかく、ゼドも落ちてみればわかる」


 そう言って、レイは再び穴へ落ちた。穴の中は真っ暗である。が、下へ目を凝らすと、ずっと先のほうに小さな明かりが見えているのだ。落下する速度が増すにつれて、その明かりが徐々に大きくなってくる。

 と思ったら、スポッといい音が聞こえてきそうなほど唐突に、レイは広い空間に踊り出た。だが、体は未だ落下し続けている。レイは冷静に地を見据えた。


 レイの落下点には、真っ赤な色の中に黄緑色の斑点といった毒々しい花弁を持つ、超巨大な花が待ち構えている。その中心部は蛍光色の黄色で目に痛いが、その実その部分は超絶弾力性があり、ぽよぽよである。そして、このまままっすぐあの部分へ落下すれば、先ほどのように「ぽよ~ん」と地上へ逆戻りしてしまうのである。

 つまり、この毒々しい巨大花は、地上への帰還装置のようなものであるらしかった。さすが迷宮、訳が分からない。


 迷宮に潜りたいレイは、外に弾き出されるのを避けなければならない。だが、あそこへ一度落ちないと、この高さからの落下である。最悪、怪我を負いかねない。レイは、目に痛い黄色の部分に着地するや否や、受け身を取って上へ跳ね返る力を受け流した。上下に飛び跳ねようとする体を抑えて、バインバインと横へ転がっていく。

 どうやら中心部ほど弾力性が高く、花弁のある外側へ行くにつれて、弾力性は低くなっているようだ。毒々しい花弁の上まで辿り着いたレイは、その場に膝を立てて座った。


(案外、面白かったな。今度時間があれば、リリスも連れて来よう)


 レイはそんなことを思いながら、次に落下してくるであろうゼドを待った。ほどなく、ゼドがスポッと天井から飛び出して来る。が、魔法を使っているのだろう。ゼドはそのまま優雅に浮遊すると、座っているレイの隣にゆっくりと降り立った。レイはそんなゼドを無言で見上げる。


「……なんだ?」

「それでは、面白さが半減ではないか?」

「迷宮に面白さを求めてどうする」


 ゼドの最もな答えに、次は絶対にリリスを連れて来よう、と決意したレイである。リリスであれば、レイ以上にこのやたら弾力性のあるベッドを楽しんでくれるはずである。レイは、そんな楽しそうなリリスを見ることが好きだったりする。


 冒険者の仕事は、命がけである。確かに、これまで迷宮に面白さを感じたことなんてない。あるのは、生きるための手段であり、仕事であり、命のやり取りであった。

 それがこんな風に思うようになったのは、間違いなく能天気で何事も楽しそうにするリリスのせいであり、おかげであろう。

 そこにこれまで感じていたような、生きることへの焦りや焦燥感はない。


(いつの間にか、私もリリスの影響を受けているのだな)


 今頃デートを楽しんでいるだろうリリスを思い浮かべて、レイは淡い笑みを浮かべながら立ち上がった。

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