第122話 テンラスの迷宮探索(1)

  生誕祭から一夜明けたテンラスでは、何事もなかったかのように朝から人々がせわしなく行きかい、いつもの装いを取り戻している。


 そんなテンラスの町をスイスイと抜け出て、レイは今日は一人で迷宮へ向かっていた。

 聖誕祭当日まで依頼に奔走されていた禪は、昨晩遅くに宿に戻ってきたようで、本日は休みだそうだ。つまり、今日はリリスと禪はデート。

 このところ軽い依頼しか受けていなかったレイは、これ幸いとテンラス周辺にあるという迷宮へ向かうことにしたという訳だ。


 ギルドで情報収集を行ったところ、テンラスの周辺には二つの迷宮があるらしい。今日は、そのうち人気がない方の迷宮へと向かっている。


 相談に乗ってくれていたギルド職員にその迷宮へ行くことを話すと、これ幸いと塩漬け依頼を押し付けられた。レイはいつもの無表情で拒否したのだが、押しの強い職員に無理やり受注させられてしまったのだ。

 渡された依頼票を見ると、長年放置されていたせいか紙の端々が黄色く色焼けしてしまっている。レイは、ハァ、と息を吐きだした。


(依頼を受けてしまうと、休みという感じがしないんだよな……)


 テンラスの東門を出て青々とした空を見上げていたレイは、のんびりと歩き出した。日が昇ってからしばらく経つ。陽射しは徐々に強くなり、歩いていると少し汗ばむくらいだ。リリス達はそろそろデートに繰り出す頃だろうか、と野暮なことを考えながら、レイはサクサクと踏み慣らされた台地を歩いていく。


 当該の迷宮は、テンラスからさほど遠くないと聞いている。そろそろだろうか、と立ち止まって辺りを見回すレイの背後の空間が、不意に歪んだ。

 その歪みは次第に大きくなり、ぼんやりと人の形を取り始める。と思ったら、瞬く間にソレは実体を持ち、背後からレイに覆いかぶさった。


「……レイラ」

「…………おい」

「……レイラ。はぁ、癒される」


 背後からレイに覆いかぶさったのは、しばらく不在にしていたゼドである。ゼドの気配を感じた為、このような登場にも驚かなかったとはいえ、覆いかぶされたままのレイはその重さに不満を訴えた。が、ゼドはレイを後ろからギュッとしたまま、ぐったりとして動かない。いつにないゼドの態度に、レイは眉をひそめた。


「おい、ゼド。らしくないな、どうした」

「竜王国へ身分証を貰いに行ったのだが、王国の美妃たちをあてがわれそうになってな。……あまりにしつこいので、逃げてきた」

「……わかっていたが、大した身分だな」

「あの者たちのもてなしが、大袈裟過ぎるのだ。だが、色々と人の世の融通をきかせようと思うと、我にとってはかの王国は都合がよい」


 それはそうだろう。竜王国にとって天竜は、最高神といっても過言ではない。その神の言うことなら、大抵は聞いてしまうのではないだろうか。

 

「……なるほど。で、身分証は得られたのか?」


 せっかくならその美妃も貰えば良かったのではないか? という言葉を飲み込んで、レイは肝心の物を得られたのか、ゼドに確認を入れた。ちなみに、レイは未だゼドに後ろから抱き込まれたままである。


「……レイラ、我に妃は不要だ。我の求めるは、共に永きを分かち合える者のみ」

「……心を読まないでもらえるだろうか」

「触れ合っておれば、不可抗力よ。それにそなたの心の声は穏やかで心地よい。それより、これでどうだ」

「…………」


 婚約契約によって、ゼドからその力の一部を共有されているレイは、その対価として触れ合っているとその思考が自然とゼドへ共有されてしまう。もちろん、レイの能力もゼドへと共有されているのだが、神であるゼドの力の方が圧倒的に強すぎるのだ。

 その不足分を補う形で、レイの思考までもゼドに共有されてしまうというのは、不可抗力とはいえ、いさかさ面白くない。まぁ、普段は別に気にならないくらい、大抵は大したことを考えていないのだが。


 実は、婚姻契約に切り替わるとそれを自分で制御できるようになるらしいのだが、今考えることではないだろう。

 レイは、ゼドが「これ」と言って渡してきた身分証を受け取って、その内容を確認した。


「冒険者ギルドの身分証か。……Dランク?」

「あぁ、余りにも竜王国の奴らが騒ぐのでな、面倒になってその辺の冒険者ギルドで登録をしてきた。適当に迷宮の魔物を狩って行ったら、そのランクで発行してくれたが?」


 いきなりDランクスタートだと? そんな話は聞いたことがない。ゼドは一体どんな魔物をどれほどの量狩ってギルドへ押しかけたのだろうか、レイはその恐ろしく目立ったであろうゼドの行動を鑑みて、頭が痛くなった。


「……ちなみに、どの国のギルドだ?」

「竜王国だが?」


 それなら大丈夫だろうか。何せ、竜王国は大昔に滅んだだとか、天空に存在するだとか、海底に沈んだだとか言われている国である。そんな国の出来事なら、そうそうこの辺りには漏れ聞こえてこないだろう。

 禪なら不満を述べるかもしれないが、レイにとっては、Dランクというのも悪くはない。自分より低ランクというのは、少し微妙な気持ちになるが。


(……というより、竜王国にも冒険者ギルドがあったのか)


 レイはまだ見ぬ竜王国の姿を想像しようとしたが、それは全く形にならなかった。自分の才能のこともあり、色々と気になっていたが、自分の知らぬことはまだまだ多いらしい。


 世界は、自分が思っているよりも広いようだ。そんなことに想い馳せて、レイはどこまでも広がる空を見上げた。

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