第121話 テンラスの聖誕祭(クリスマス小話)

「レイ、見て! あれすごい!」


 レイとリリスがドゴス帝国の町、テンラスに滞在して数日が経った。その間に二人はこの町のギルドにも顔を出したし、何ならちょっとした依頼も受けた。


 禪はと言えば、ギルドに多くの指名依頼が入っているらしく、せっせとそれを消化しているようだ。たまに宿で顔を合わせるものの、いつも忙しそうにしている為に何となく声がかけ難い。たまたま宿の受付で一緒になることがあり、「大丈夫か」と声をかけたところ、「聖誕祭さえ終われば……」と虚ろな目で呟いていた。

 あれから禪を見かけていないので、どこかの迷宮に潜っているか、もしかしたら宿に戻れないほど忙しいのかもしれない。


 その聖誕祭というのが、今日である。曰く、ドゴス帝国独特の祭りで、これまた英雄帝が始めた祭りという。今ではその起源が何であったか曖昧で、詳細は不明である。

 聖誕祭、英雄帝という言葉から、起源は件の名を消された神関係の祭りではないか、と推察はされるものの、歴史と人々の記憶から消された神でもある。深掘りした所で何も出てこないだろう。その本来の意味は消し去られ、祭りとしてだけ残ったのが、この無駄に大規模な聖誕祭ということだ。


 この祭りはドゴス帝国内の各地で一斉に開催され、町はこの日の為に装飾を施され、赤や緑、白の布地と花で彩られている。いつもにも増して賑わい、華やいだ町にリリスの心は浮足立ち、こちらもいつもにも増して飛び跳ねているような気がする。


 リリスの瞳はいつもにも増してキラキラと輝き、頬は薔薇色に染まり、ワクワクを隠しきれていない。そして、涎も隠しきれていない。

 その要因が、リリスが指差しているである。


 そう、何故か知らないが、この聖誕祭では鶏の丸焼きを食べることが、昔からの習わしであるらしい。もちろん、丸焼きでは食べきれない! 食べにくい! といった要望に応えるためか、部位ごとに切り分けて売られているところもある。が、とにかく鶏料理の屋台が至る所にあり、いい匂いが立ち込めている。


 聞くところによれば、貴族間では夜通しパーティが開かれ、素晴らしい品を自慢しあったり、親しい間柄では贈り物をしあったりするらしい。その貴族の「贈り物」のために、Sランクである禪はあれ程に駆り出されているのだろう。

 それを聞いて、リリスは「ゼンさん、すごい!」と褒めていたが、レイは密かに絶対にこれ以上ランクを上げまい。絶対に目立たない、と更に決意を固めた。


 それはともかく、聖誕祭である。この祭りは年に一度だけだというし、楽しまないと損である。


「レイ、あっちはこんっなに大きな鶏を丸焼きにしていたよ、こんなに色々あると迷っちゃう~~!」

「ほう。その大きさは魔獣だな。気になったものは少しずつ買って、分けて食べればいい。そのためにギルドの依頼も受けたのだろう」

「そうだね! じゃあ、ちょっと買ってくる! レイは座れそうな所を探しておいてー!」

「あぁ。では噴水のところで待っている」


 そう、数日前にこの聖誕祭のことを知った二人は、ギルドでちょこちょこと依頼を受けて、お小遣いを稼いでおいたのだ。主に食費に費やすであろうリリスの為に。


 リリスは人混みに紛れて、既にその姿はない。リリスにはああいったが、この人である。色々見て購入するには時間もかかるだろう。レイは噴水広場に行くまでに、自分も何か購入しておこう、と辺りを見回した。


 手掴みできる鶏料理が多いものの、そうでないものも勿論ある。鶏料理はリリスがこれでもか、というほど買ってきそうであるので、レイはそれ以外を購入することにした。歩いて見てみると、結構色んなものが売っているものである。


 大ぶりのソーセージを熱々の鉄板でカリッと焼き上げた上に、トロトロのチーズをかけたもの、豪快な塊肉をオーブンで蒸し焼きにしてスライスにしたものも美味しそうであるし、ピークやシュルクなどの果物をジュレにして小瓶に入れたものは、目にも楽しくてリリスが喜びそうだ。

 レイは目につくそれらを次々と購入し、ついでに珍し気な飲み物も購入していく。果実の丸ごと入った果実酒ワインや、癖の強そうな麦酒ビール奇嬉豆キキズと呼ばれる豆から作られた甘い飲み物などだ。


「……奇嬉豆の飲み物か」

「あぁ、珍しいだろ。大昔は神の食べ物だとか、貨幣として使用されていたとか言われる貴重な豆でなぁ。英雄帝が見つけ出して来たんだと。なんだったかな、カカア?  カカオ? とかっつって、英雄帝が喜んで奇声を上げた豆っつーことで、その名前になったんだと」

「あぁ。その話なら『英雄帝伝説』で読んだことがあるな」

「そうだろ、そうだろ。まぁ、今では帝国内ではかなり流通してるがなぁ。女子どもにはすっげー喜ばれる味だぜ」

「なるほど、いただこう」


 奇嬉豆なら、帝国内の採集依頼で以前受けたことがある。だが、その時はそれから何が作られるのかは興味がなかった。リリスと一緒にいるようになってから、甘いものを見つけるとつい、買ってしまうようになり、そういったものにも目を向けるようになったのだ。今度、奇嬉豆の採集に行くのも悪くないかもしれないな、と思いながら、レイはスルリと混み合う人を避けながら、噴水広場へ足を向ける。


 広場に到着すると、そこもすごい人であった。残念ながら、座れるような場所はないかもしれない。それもそのはず、広場にはどこから持ってきたのだろうか、大きな木が設置されており、その装飾がキラキラと光を弾いている。


「あ、レイ。やっと見つけたー!」

「リリス。思ったより早かったな」

「うん、人が多くて~。あれ、何を見ていたの?」

「あれだ」

「うわっ。すごい、何コレ! 綺麗だね~!」


 レイは、前方の木を指さした。その木は見上げるほどに高く、布や何かわからないが球形の色とりどりの装飾品で飾り付けられており、見事なものである。道行く人々も思わず足を止めて、その光景を楽しんでいるようだ。リリスもその新緑の瞳を輝かせて、その景色を目に焼き付ける。


「綺麗だけど、これじゃあ、ゆっくり食べることもできないね」


 ひと通り景色を堪能したのだろうか、その木からゆっくりと目を離したリリスは、辺りを見渡して困った顔をした。


「どこかの店で食べるか、空いてなければもう少し回ってから部屋でゆっくり食べるか」

「お部屋パーティだね! 賛成!」


 宿に戻れば、神獣を呼び出すことも出来るし、上手くいけば禪とも合流できるだろう。なんとなく不憫な禪を思って、レイはそう言った。それに対して、何も考えていないリリスは嬉しそうにその場で跳ねる。いつも楽しそうで何よりである。レイは知らず知らずのうちに、口の端に淡い笑みを浮かべていた。


 そうして、楽しそうに跳ねるリリスとレイは、賑わい覚めることのない華やかな町の人混みへ再び消えていく。


 その後ろ姿を見守るように、この日のために飾り付けられた木の、幾多の鈴の装飾品が、風でチリンチリン、と楽し気に音を立てた。

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