第120話 テンラスの教会(2)
老人の話は、大変興味深い話であった。
今は名を消された神を祀る教会は、それまでも細々とであるが存在していたらしい。だが、初代ドゴス帝国を作った英雄帝が、実際にその神に「
更に、英雄帝はその神から賜ったとする恩恵でもって国を統一し、その神をドゴス帝国の守り神として定め、自らもそれを信仰したらしい。そうなると、教会は増々勢いづくし、力も持つ。
(これまで、御伽噺の人物だと思っていたが、こんな話が出てくる辺り、英雄帝は実際に存在したのかもしれないな……)
老人の話を聞く横で、レイは少し違うことを考えていた。今回の話は、これまで聞いたことのない話であった。
老人の話は進む。絶対的に力と民衆に人気のある英雄帝が存命の間は、それでも良かった。教会は英雄帝の人気に支えられていたのだ。帝に対し、ご機嫌をうかがうことはあっても、強く出ることはなかった。だが、時代は進む。英雄帝が亡くなり、その息子へ、その孫へ、そのまた子孫へ……と帝位が移る度に、教会の態度は横柄になり、教会内の権力闘争も熾烈になり、いつしかその内部は汚職にまみれていった。
このテンラスにある教会を造った偽教皇と呼ばれた人物も、権力闘争に負けた者であったらしい。実際にその偽教皇が後ろ暗いことをやっていたことは、きちんと史実に残っているので、一概に権力闘争に負けた故での追放ではなかったようだが、そのような時代背景もあったようだ。
そして、それから更に進んだ時代で、事件は起こる。一部の教会の欲深い者たちが、信仰によって信者から金品を巻き上げるだけでは飽き足らず、直接民衆を支配したいと思うようになった。ついに教会が帝国乗っ取りを企てたのだ。
それに怒ったのが、名を消された神という神自身であったという。そう、教会の者たちはその頃にはすっかり忘れていたが、その名を消された神はかつて、英雄帝によって「ドゴス帝国の守り神」と定められていたのだ。
名を消された神は、自身を信仰する教会に天罰を与えた。端的に言えば、物理的に破壊した。各地の教会は破壊され尽くしたが、奇跡的に偽教皇として破門されていたここテンラスの教会だけは無事だったらしい。まぁ、その城のような建物を見ても分かるが、その頃から実質教会としては、さほど機能していなかったのだろう。
「でもその神様も、名を消されてしまったんですよね?」
「あぁ、その辺りのことはよくわかっていないのですが、その天罰が落ち着いた頃、各所に隠されていたその神の石像や家に安置されていたものが突如破壊され、記録や人々の記憶からその神の名が消されたようですな」
人の理解できない不可解な事象が立て続けて起こったことで、人々は神を恐れ、教会からも距離を置いた。そうしてそこからまた長い年月を経て、穏やかに今の教会の形に収まっていったらしい。
「ふぁ~~。過去には色々なことがあったんですね~」
「過去を想えば、今の穏やかな教会の在り方というのが一番良いのではないか、と私は思いますな」
甘いものをパクパクと口に運ぶリリスに頷いて、老人も少し冷めた紅茶を啜る。そんな二人を眺めながら、レイは機会があれば、その辺りの事情を知っていそうなゼドに聞いてみようと思った。
***
老人のおかげで思いがけず知識を得た二人は、意気揚々とその豪華絢爛な教会へと足を踏み入れた。思いがけず高い入場料を取られたが、今では教会として機能しておらず、観光地だと思えばやむなしである。これだけの施設、管理費だけでもかなりかかりそうだ。
ちなみに、老人には情報料としてお茶セットをご馳走した。老人は、ふぉふぉふぉと笑ってここらで美味い料理屋を二人に教えた後、満足気に去っていった。
老人との話が長引いてしまい入館時間ギリギリだったが、なんとか滑り込めてホッとしていると、この施設の職員らしき女性に「いい時間にいらっしゃいましたね。時間があまりないので、急いでくださいね」と言われた。入館時間ギリギリだからだろうか、二人は首を傾げながら、急ぎ足で見て回るべく足を動かした。
どうやら一番の見どころは、奥にあるガラス張りの部屋。かつては祈りの間であった場所らしい。
教会とは言っても、贅を凝らした巨大な建造物である。奥の部屋までが遠い。その道すがら、壁や窓に施された精巧な彫刻や細工に目を奪われる。その量も膨大で、これを人の手でチマチマ作ったと思うと、どれほどの時間と労力がかかったのか、計り知れない。
二人は言葉少なめに、足早に、しかし目を楽しませながら、奥の扉へ急いだ。一本道なので来た道の芸術品は、時間があれば帰りにも見ることが出来る。
奥の部屋は、大きなこれまた豪華な装飾の施された大きな扉に閉ざされていた。
「これ、開けていいんだよね」
「あぁ。入口で、中に入ったら、必ずピッタリ扉を閉めるように言っていたな」
「この扉、豪華すぎて触るのも気が引けるよ~」
「……違いない」
そんなことを言いながら二人は重厚な扉に手をかけ、室内に一歩入って固まった。
そこは、色の氾濫が起きていた。部屋は、天井が驚くほど高く、先ほどの扉と反対側の壁面がほぼガラス張りになっている。それもただのガラス張りではない。着色ガラスの小片によって絵画のように張り合わされたガラスは、緻密な計算の元、複雑な模様を描き出している。
部屋自体に灯りはなく、扉を閉めると着色ガラス越しに外からの光が溢れ、床や壁面にその色が、模様が、映し出される。室内はなんとも表現し難い、神秘的な空間を作り上げていた。
「綺麗でしょう。この時間が一番美しいんですよ」
あまりの美しい光景に言葉を失った二人に対して、扉の脇にひっそりと控えていたらしい職員から声がかかる。そちらを見るとニッコリと微笑んだ女性は「どうぞごゆっくり鑑賞してください」と言って、気配を消した。どうでもいいが、この女性、まぁまぁの実力者のようだ。
どうやら、時間によって日が差す方向が変わるので、それに合わせてこの部屋の見え方も変化するらしい。入口で職員に言われた「いい時間」というのは、このことを言っていたようだ、と後から気が付いた。
二人はしばし時間を忘れて、その圧倒されるほどの光と色の世界を楽しんだのだった。
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