第119話 テンラスの教会(1)

「さ、教会へ行こ~!」


 休憩を終えた二人は、再びテンラスの町をそぞろ歩く。宿は禪が押さえてくれているし、今日はギルドへ行く必要もない。疲れたら宿へ行って休めばいいが、リリスはまだまだ元気いっぱいだ。


 噂の教会は、この大通りを中心部に向かって進めば、自ずと行き当たるらしい。「目立つから、行けばわかるさ」と屋台のオヤジが言っていた。強い日差しを照り返す石畳を歩きながら、二人はズンズンと歩いて行った。


「結構、暑くなってきたね~」

「あぁ。ドゴス帝国は大陸の中心部にあるからな。気温の高い地域が多いんだ。ここはそうでもないが、もう少し北部の町へ行けばもっと暑くなる」

「そっか。ドゴス帝国は暑いんだ~。マーラ公国やうちの村は、暑くもなく寒くもなくちょうどいい気候だったから、あんまり想像つかないや」


 エルフの村は少し特殊な環境下にあるから、同じように考えるのは少し違う気がするぞ……とは思ったが、レイは黙っておいた。リリスたち、あの里にいるエルフ達は、生まれた時からあの村で育っているからか、あそこを特殊な環境だとは捉えていないのだ。オババ様が何も教えていないということは、レイが口出しをしていい問題ではない。


「……そうか。まぁ、行ってみればわかるだろう」

「そうだね! あ、レイ見て! 教会ってあれじゃない?」


 リリスが指差す方向を見上げて、レイは頷いた。なるほど、これは確かに見逃すはずもない。狭い土地にひしめき合うように建てられた建物が可哀想に思えるほどに、圧倒的に大きな建物は絢爛豪華で、パッと見ただけでも贅を凝らしていることが伺える。


 リリスの言葉に頷いたものの、ソレは一般的な教会とは言い難い見た目をしていた。この世界の一般的な教会とは、このような贅をこらしたものではなく、質素で素朴なこじんまりとした建物であることが多い。これはもはや貴族の邸宅、いやちょっとした城、と呼んでも差し支えないのではないだろうか。


「……これが、教会?」

「その疑問も納得ですな」


 突然背後からレイの呟きに返事が返されたものだから、二人は驚いて後ろを振り向いた。そこには、ちんまりとした杖を突いた老人が人のよさそうな笑みを浮かべて立っていた。


「いやいや、驚かせたようで申し訳ない。お二人は観光かね?」

突然会話に割って入ってきた老人に、二人はぎこちなく頷いた。


「では私が少し、この教会の説明をして差し上げよう」

「……おじいさんは、この教会に詳しいんですか?」

「あぁ! 私は生まれも育ちもこのテンラスで、数年前までこの教会で観光客相手に仕事をしていたのだが、年を取ったもので最近退職しましてな。今ではこうして、町をぶらついて観光客に相手をしてもらうのが、楽しみなのですよ」


 ふぉふぉふぉ、と笑う小さな老人にレイとリリスは顔を見合わせた。そういうことなら、二人に否はない。せっかくなので二人は、この老人の話に耳を傾けることにした。

 

 本当ならば、一緒に教会内を巡って説明をしてやりたいが、年のせいで足が不自由になってしまったものだから、ここで。という老人に、ならばせめてどこか座ることのできる場所に行きましょうと提案して、三人は近くの喫茶店カフェへやってきた。この店もこの小さな老人が教えてくれた店だ。


 観光地である教会から目と鼻の先にあるにも関わらず、雑多な路地裏の二階にある為かひっそりと存在する喫茶店には、穏やかな空気が流れている。机と机の空間も広めに取られているので、店の広さの割に解放感があって明るい。いい店を教えてもらったな、と思っているレイの横で、リリスはメニューの甘いものに目が釘付けになっていた。


 注文を終えて一息つくと、老人はのんびりとかの教会の歴史を語りだした。話し慣れているのだろう、耳にすんなりと入ってくる昔話に、レイとリリスはのんびりと聞き入った。


 レイも詳しくは知らなかったことだが、今の教会と偽教皇が存在した教会は、その性質や成り立ちが全く別物であるらしい。


 レイやリリスを始め今を生きる人々は、それぞれに信仰する神を持っている。教会はそんな人々の個々の神への祈りの場を提供しているに過ぎず、どちらかと言えば併設された孤児院の運営や慈善事業に力を入れているところが大きい。従って、教会には崇拝の対象となる石像なども安置されていない。ただ、人々のために祈りの間を開放しているに過ぎない。そこに通うも、通わないも人々の自由だ。


 では、何故そのように成ったのか。その過去の痕跡が色濃く残っているのが、ここテンラスに残っている絢爛豪華な教会なのだとか。


「今はこの教会からも神の石像は撤去されているのですが、その昔、教会はとある神を唯一神として祀っていたことは、知っておりますかな?」

「唯一神?」

「えぇ。名を消された神と言われ、今ではその名が何だったのか、どこにも残っておりませんが、当時の教会はその神を唯一とし、その神以外を信仰することを否定しました」

「そんなことが……。全然知りませんでした。今とは全く違うんですね」

「まぁ、若いお嬢さんが知らなくとも何ら不思議ではないほど、遠い昔のことですよ」

「レイ、知ってた?」


 リリスの問いかけに首を横に振って答えるも、レイは一つ思い至ったことがあって、目の前で温かい紅茶を飲む老人に問いかけた。


「……その神というのは、まさかと思うが、英雄帝が実際に会ったと言われる神か?」

「よくご存じで」


 ニヤリと笑った老人は、「ここからは歴史の話となりますが……」と言って、長い長い話を語り始めた。

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