第118話 テンラス(2)
堅牢な防御壁の門の前で、屈強そうな門番にギルド証を提示する。ここの門番は、これまた見た目が屈強な……というか、いかつい者が多い。
実務的な部分はもちろんあるだろうが、揃いもそろってみな同じような体格と人相を備えているので、あえてそういった者を配置しているのかもしれない。確かに、この堅牢な門とこの門番の取り合わせは、よく似合っている。レイは一人何かに納得しながら、リリスと並んで屈強な門番の前を通り過ぎた。
「門が二重になってるね」
「あぁ、昔の名残だろうな。それだけ守りが堅かったのだろう」
「へ~~」
二重になった内側の門を潜ると、途端にキラキラ光を反射する多種多様な色の洪水と、これまた色彩豊かに着飾った雑多な人が目に飛び込んでくる。
いささか目がチカチカするような気もしないでもないが、これはこれで楽しい。
「わ~、こんなに高い塔初めて見たよ! こんなところに住んで、大丈夫なのかな~?」
「毎日の上り下りが大変そうだ」
堅牢な防御壁に囲まれた狭い土地は、ここの住人が生活するには不十分だったのだろう。塔は細く空へ空へと伸びあがり、先の尖った背の高い塔をいくつも見ることが出来る。
それらの塔の窓は装飾性が高く、色とりどりのガラスで彩られ、そのガラスを透過した光が石畳の上に落ちている。
「うわ、うわ~~! キレイ! ここ、足元がキラキラしてるよ、レイ!」
「あぁ、これは綺麗だな。この町はガラスの生産、それも色付きガラスの生産で有名だ」
「そうなんだ! あ、あそこのカフェっぽいところは、ガラス張りでオシャレだね」
「あぁ。この町には巨大な教会があるんだが、そこの窓の装飾がひと際素晴らしくて有名だ。行ってみるか?」
「いいの? 行きたい!」
喜びに飛び跳ねるリリスを諫めながら、レイ達はのんびりと町を散策する。飲み物を買った屋台で話を聞くと、噂の教会は町の中心部にあるらしい。
「この飲み物もおいしいね!」
「なるほど、紅茶をミルクで煮出しているのか。屋台でこの品質の茶葉を使っているとなると、この町の茶葉は期待できるな。後で見てみるか」
「さんせ~い!」
日が差してほんのりと温かみを感じる石畳を歩きながら、二人はそこかしこで開かれている露店を横目に先へ進んでいく。
山盛りに盛られたフルーツ、何に使うのか分からない雑貨、様々な色に染色された布、可愛らしい装飾品の店、いい匂いの漂う食べ物屋まで、人々の賑わう町は活気があって見ているだけで面白い。
「ちょっとお腹が空いたな~」
「……そういえば、食事を取る予定だったな」
あまりにも艶やかな町の風景に気を取られていて、すっかり忘れていた。レイはリリスに謝りつつも、辺りの食べ物屋に目を走らせる。
「こんなに食べ物屋さんがあるんだったら、屋台でもいいよね~」
「ちょうど噴水の広場もあるし、そうするか」
「やった! じゃあ、私こっちのお店を見てくるね!」
「あぁ、では私はこちら側へ行ってみるか。そこの噴水前に集合でいいか?」
「りょ~かい、だよ!」
そう言うとすぐに、リリスは軽やかに石畳を跳ねていく。よっぽどお腹が空いていたらしい。レイは悪いことをしたな、と思いながら、リリスとは反対側へ足を向けた。
甘い匂い、スパイシーな匂い、香ばしい匂い、様々な匂いが鼻をくすぐる中、レイは一件の店の前で足を止めた。見れば、魚の型を
「すまん、これは何だ?」
「あぁ? にぃちゃん、知らねぇのかい? こりゃあ、角麦から作った食い物よ。うめぇから、一つどうだ?」
「あぁ。初めて見るな。どんな味なんだ?」
「甘ぇのも、しょっぺぇのもあるぜ。中の具が選べるのさ」
「……なるほど。変わった形だな。何故魚なんだ?」
「この町には川も海もねぇからよ! 魚が手に入らねぇんだ。ウチのチビどもに魚を食わせてやろうと思ってよ」
話してる間にも、大将は休むことなく鉄の鋳型に生地を流し込んでいく。なるほど、中に入れる具を変えて、味に変化を持たせているらしい。
「……なるほど。では、その甘いのを二つもらえるか?」
「毎度ありィ!」
レイはよくわからない
土地が狭いからだろうか、噴水のあった大通りは馬車が通れるほどの道幅が取られているが、一歩そこから外れれば、途端に極端に細い迷路のような路地に突き当たる。そんな狭い路地に存在する屋台や露店は、通り抜けるのも難しいほど雑多にひしめきあっているが、それもそれで活気があって楽しい。まぁスリには気をつけねばならないが。
レイは走り込んでくるスリをするりと交わしながら、するりするりと狭い路地を通り抜けていった。
※※※
「待たせたか?」
「ん? 全然待ってないよ!」
目新しいものがあったり、迷路のような路地が面白かったものだから、少し時間をかけ過ぎたかもしれない。急いで噴水の場所まで戻ってくると、両手に肉串を持って口をモグモグさせたリリスがいた。どうやら、待ちきれ無かったようだ。申し訳ないことをした、と思いながら、レイはリリスの隣に腰を下ろすと、その手元を覗き込んだ。
「リリスは何を買ったんだ?」
「んっとねー。その辺のありとあらゆる肉串と、甘いもの! あ、これレイの分ね!」
「あ、あぁ。感謝する」
ん、とリリスから手渡された肉串を見下ろす。一体、これは何の肉だ? と思うものの、リリスが美味しそうに頬張っているので、気にせず齧り付く。しっかり炙られた肉は、香ばしくて美味い。少しピリリとするのは、香辛料だろうか。
肉を食べ終わると、レイは肉のお礼に買ってきたスープを取り出して、リリスに手渡した。リリスは次々と肉串を取り出しては、口に運んでいく。
「リリス。まさかとは思うが、肉しか買って無いのか?」
「ほほんほにくはへほ、あふぁいふぉふぉもくぁっふぁよ!」
ほとんど肉だけど、甘いものも買ったよ! と言いたいらしい。何を言っているか分からなかったが、肉と甘いものを見せながら言ってきたので、多分間違ってないだろう。
エルフってこんなに肉食だったか? と思いながら、レイは自分の買ってきた軽食に齧り付いた。薄焼のパンにたっぷりの野菜と薄切り肉を挟み込んだものだ。肉の甘辛いソースが絡んだ、シャキシャキの野菜が美味い。
空を見上げれば、背後の噴水の飛沫がキラキラと日に光って空に映える。風の向きで頬に飛沫がかかることもあるが、歩き回って火照った体には心地よい。
あぁ、今日も平和だなぁ。
忙しなく往来を行き来する人々を眺めながら、のんびりとそんなことを思った。
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