第117話 テンラス(1)

 長い夜が明けてすぐ、レイ達は霧の立ち込める森を出発し、ドゴス帝国内へ踏み入った。

 ちなみにレイ達が一晩を過ごした森は、ドゴス帝国と隣国との間に存在する緩衝地帯である。この大陸には、度々そういった場所があり、そのような場所は基本的に奥に行けば行くほど強い魔獣が存在する森や山脈、深い谷などが広がっている。つまり、どう頑張っても人の手が届かない場所であるので、緩衝地帯としているのである。


 それはさておき、ゼドは離脱してからまだ一度も戻ってきていない。身分証の発行に手間取っているのか、帰してもらえないのか……恐らく後者だろうな、とレイは勝手に推測した。竜王国にとって、最高神と崇めているであろう神が突然現れようものなら、国を挙げてもてなし、引き留めようとするだろう。まぁ、そこら辺はゼドが上手くやるだろうし、気にしても仕方がない。


 森を抜けると町が見えてきた。ドゴス帝国の町、テンラスだ。三人は行きに滞在したサルーラへ戻ることなく、グルっと森を迂回して、このテンラスへ来ることを選択した。

 サルーラは確かに野営地から最も近い町ではあったのだが、エルフの村に滞在していたとは言え、ゼドの襲来からまだ数日しか経っていない。森に入るところをサルーラの冒険者に見られているので、サルーラに戻ってしまうとギルドから聞き取りが入る可能性がある。

 がっつり当事者である三人は、そのめんどくさそうな追及を逃れるために別の町へ行くことを選択したのだ。


「それじゃァ、宿は言った所なァ。俺は先に行くぜェ」

「あぁ。またな」

「ゼンさん、また宿でね!」


 禪とは宿で合流するが、先に色々とギルドでやることがあるらしく、ここで別行動をすることになった。禪と一緒に行動して目立ちたくないのは元より、禪とはそもそもパーティを組んでいないので、別行動することになんら問題はない。レイは、走り去っていく禪の後ろ姿をのんびりと見送りながら、隣のリリスに問いかけた。


「本当に禪と行動しなくてもいいのか?」


 パーティを組んでいないとはいえ、付き合いたてのカップルであるリリスは、禪と一緒にいたいのではないだろうか。一応、この話が出た時に二人には確認しているものの、どうも気になってしまうレイである。


「大丈夫だよ! 流石にゼンさんとパーティ組むのは実力差がありすぎて、足手まとい過ぎるし、同じ町で同じ宿に泊まっていれば顔も合わせるし、休みを合わせればデートもできるしね!」


 ニコニコとしたリリスの笑顔を見る限り、無理をしている訳ではなく本心のようなので、レイはホッと息を吐きだした。


「それに、私のパーティメンバーはレイだしね!」

「そうか。それならいいのだが。そろそろ私達も行くか」

「うんッ! 久々の二人旅だね!」

「町はすぐそこだけどな」

「えへへ。テンラスは、要塞都市なんだっけ?」

「あぁ。かつて偽教皇が立てこもった要塞、と言われている」

「そうなの?」


 私もそれほど詳しくは知らないが……、と前置きした上で、レイはリリスに聞きかじったテンラスの成り立ちを説明した。


 かつて、大国であるドゴス帝国内で着々と地位と富を築いた教皇がいた。曰く、表面上は微笑みを絶やさず、慈悲深く、常に国民を見守って弱きものに心を痛め、信徒の支持は絶大であったとか。だが、その裏で随分と血生臭いことを行っていたらしい。その罪が明らかになると彼は破門され、偽教皇の烙印を押された。が、一部の彼の熱狂的な支持者が彼を匿った。その場所がここ、テンラスなのだ。


「へ~~。確かに見た目は要塞……っぽいね」


 徐々に姿が大きくなっていく前方の町を眺めながら、リリスは頷いた。見れば、町の周囲は巨大な岩壁か土壁のような堅牢な壁で張り巡らされており、その上部には見張りをするための小窓が見受けられる。


「今ではここは要塞の役目を終え、立派な観光地になっているがな」

「そうなの? 観光地!? 楽しみ!」


 レイの横で嬉しそうに飛び跳ねる子どものようなリリスに、レイは淡く笑った。テンラスはかつてその偽教皇が、自分の命と名誉を守るために集めまくった富を惜しげもなくつぎ込んだことで出来上がった町だ。

 町の外観は要塞らしく堅牢そのものだが、一歩中へ進むとそのあでやかさに圧巻される。色と光に溢れた町なのだ。


「宿は禪が押さえてくれるらしいから、まずは食事にでも行くか」

「うんうん、そうしよう!」

「ギルドは明日でもいいか?」

「そうだね! 狩った獲物は村でみんなと食べたりあげたりしちゃったから、鞄の中にほとんど何も残ってないし、ギルドは明日でいいかな!」


 鞄の中の食べられるものは村で放出し、素材はオババ様が欲しいというのでこれまた譲ったり、買い取ってもらったりしたので、スカスカである。多少換金したいものもなくはないが、金銭的にも余裕があるので、ギルドへ駆け込む必要はない。


 何より久しぶりの発展した町である。美味しくて、オシャレでキラキラしたものがあるに違いない。リリスは気持ち薄くなった鞄を撫でて、元気よく町への道を飛び跳ねた。

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