第116話 長い夜

 パリポリと満足行くまで食事をし、レイの膝の上でブラッシングを受けた神獣様は、満足をしたのか、レイの鞄を通してお帰りになられた。


 今レイは、やけに真剣な表情の禪と、すっかり目の覚めた様子のリリスと向かい合って、お茶を飲んでいる。本来ならば、雰囲気を和らげるために酒の一杯でも酌み交わしたいところであるが、ゼドの結界があるとはいえ、あいにくの野営中だ。冒険者ならば、そんな危険は冒せない。


「で? 何を聞きたいんだ?」


 小さくなってきていた焚火に薪を足しながら、レイは禪に問いかけた。何せゼドが現れてから怒涛の展開であった。大体のレイの事情を話はしたが、エルフの村では何かしら村人の目があったし、そうでなくても客人であった自分たちは、常に誰かに絡まれていた。ここまでゆっくりと話をする機会には、恵まれなかったのだ。


「いやァ。まァ、俺ばっかり聞くのも気が咎めるし、どこまで聞いてイイのかもわかンねェんだが……」

「構わない。但し、聞いたことはその胸に秘めてくれ」

「あァ、それは勿論だ。っても、話がぶっ飛びすぎて、誰も信じねェだろうがなァ……。大体、話が漏れて大事になったら、面倒になった旦那がすぐにでもレイを攫って行きそうだしよォ」

「えッ! それは困るよ! まだまだレイと行きたい所が沢山あるのに!」


 禪の話を聞いて、これまで大人しく話を聞いていたリリスが飛び上がった。レイはそれを宥めて、購入してあった軽くつまめる菓子を出してやる。


「ウッ……。いや、分かってるゼ。誰にも言うつもりなンて、はなからねェよ」

「あ、そういえばゼドさん、身分証を貰いに行ったんだよね? どこに行ったのかな?」

「……恐らく、竜王国だろうな」

「竜王国? さっきもそんなこと言ってよね。でもそんな国、聞いたことないような?」

「アァ。この大陸にはねェよ。ってか、竜王国って、マジで存在したンだな……」

「あぁ。大昔に滅んだだとか、天空に存在するだとか、海底に沈んだだとか言われているな」

「よくあの刻印で竜王国ってわかったな」

「あぁ、あれか。まぁ大きく双頭の竜が描かれていたし、『英雄帝伝説』にえがかれていた竜王国の国章と一緒だったからな」

「あぁ、『英雄帝伝説』ねェ……」


 英雄帝伝説と聞いて、禪は胡乱な目をした。『英雄帝伝説』とは、昔の人物過ぎて、実在の人物か怪しいと言われているドゴス帝国最初の帝である英雄帝の武勇伝を集めたと言われる物語である。伝記というには、記載されている内容に怪しいところがあり、どちらかと言えば大衆小説の色合いが濃い本だ。


「てか、竜王国の刻印が入った身分証ってだけで、悪目立ちするよなァ……。旦那、大丈夫かァ?」

「……それは知らん。どうしようもないものだったら、諦めて冒険者ギルドに登録させるしかないだろう」

「マジかよ~。Fランク証持ってる神とか、俺マジで気まずくてギルドに顔向けできねェンだけど?」

「言わなければバレないだろう。ゼドは基本的に戦闘には参加しないからな」

「……そうなのか? でも旦那が本気だせば、めちゃくちゃつえェだろォ? てか、俺がどう頑張っても勝てねぇ相手って思ったぜ、アレは」

「だからだ。ゼドの力は強すぎる。無闇に地上で振るえる力じゃないんだ」

「なるほどねェ……。てか、ちょっと気になっていたンだがよ、そのレイの剣の素材って……」

「あぁ、これはゼドの竜体の鱗から作られている」

「やっぱりかァー!」


 禪はそれを聞いて頭を抱えた。神の体の一部から作られた武器など、もはや神器である。見た目だけなら優美な剣であったが、その切れ味は如何程のものであろうか。

 何となく嫌な予感がする……と思っていたのに、好奇心に負けて聞いてしまった自分に後悔した。その横で、良くわからないが何やらヤバイ物だと気付いたリリスも顔を引きつらせている。


「てか、その剣やら身分証やらを、その辺の空間から取り出したように見えたンだが……」

「あぁ。間違いないぞ。アレは収納魔法だ。詳しくは聞くな。私にもわからん」

「でも、あの旦那の様子じゃ、レイもその魔法を使えるってことなンじゃねェの?」

「……察しが良すぎるのも問題じゃないか?」


 そう、ゼドはといった剣をレイのアイテムバッグからではなく、空間から取り出したのだ。レイの言葉に、ゼドはニヤリと勝気な笑みを浮かべた。レイは観念したとでも言うように首を振って、息を吐いた。


「詳しくないのは本当だ。だが、私はゼドと婚約契約したことで、一部その力を共有している」

「つまり、旦那の空間収納を一部利用できるってことかァ?」

「あぁ。目立つのは嫌なのでな、普段は封印しているが」

「なるほどなァ……」


 ゼドも神なので中々にやばい存在だが、その能力を一部共有しているらしいレイもレイで、中々にヤバい存在である。本当ならばそこら辺の上層部と繋がっているSランクの禪は、それらを上にあげなければならない情報ばかりであるが――。


(そんなこと、今更出来る訳ねェよなぁ……)


 確かに、レイの存在が妙に自分の感覚に引っかかる所があり、それが気になって二人に近づいたことは否めない。それでもリリスほどでは無いにしても、禪にとってはレイも今や立派な仲間である。一度懐に入れてしまった仲間を、今更売るようなことは出来そうにない。


(最初言った通り、このことは俺の胸に秘めとくしかねェかァ。やけに大きな秘密を抱えちまったもンだぜェ。まぁ、それでも悪いことする奴らじゃねェしなァ。)


 レイはひっそりと目立たないように活動している、ただの冒険者だ。今はそれをリリスと共に見守ることにしよう。禪はそうひっそりと決意した。

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