第115話 ゼドと野営(4)
「ふむ。まともに使えそうな物はない、か」
四人は今、食事を終えてお茶を啜っているところである。あの後も、ゼドは空間の狭間からそれっぽいものをいくつか取り出したが、レイ達と目立たぬように旅をするには、どれも不相応なものばかりであったのだ。その肩書と見た目が立派過ぎるが故に。
そんなものを取り出した日には、即座にその国や町の役人が出張ってきて、貴族や王族の前に連れていかれるに違いない。レイの目には、その光景がありありと浮かぶようである。
「頼むから、そんなもの見せないでくれ。それならば、冒険者ギルドのFランク証を持っていた方がまだましだ」
僅かに苦い顔でレイがそう漏らすと、今度は禪が苦い顔になる。冒険者ギルドでもそれなりの地位にいる禪としては、明らかな強者であるゼドにFランク証を持たせることに強い抵抗感を感じるのだ。
「ふむ。仕方がない。レイラ、少し不在とするが、明日になっても戻ってこなければ、気にせず先へ進むがよい」
「どこかへ行くのか?」
「あぁ。その都合の良い身分証明証とやらを調達してくるとしよう。あぁ、そうだ。その前に、お主のその剣はなんだ?」
ゼドの言葉にレイはギクリ、と体を強張らせた。ゼドと再会してから何も言われていなかったものだから、すっかり油断していた。
ゼドは、レイの返事を待たずに先ほどの空間の隙間に再度手を突っ込むと、そこから一振りの優美な剣を取り出した。
それは、柄頭から鞘の先までまるで光を放つように感じるほど真っ白で、焚火の炎が揺らぐのに合わせるように光に反射した部分が虹色に輝く、美しい剣であった。……つまり、どうみても普通の剣ではない。
それをゼドは片手で掴むと、明らかに苦い顔をしたレイの前へズイッと差し出した。が、レイはそれを手に取ることを躊躇い、顔を横に背けている。
「別れる前に、コレを使えと言っただろう。せっかくやったのに、何故使わぬ」
「いや、こんなものを使っていたら、明らかに目立つだろう!」
「……色々突込みてェトコロだが、まァ、違いねェなァ……」
顔を背けているのに、グイグイその剣を押し付けてくるゼドに、レイは少しキレ気味で返した。
それに、もはや覇気のない声で、禪も同意する。明らかに普通ではない、しかし、素人が見ても業物と分かる剣である。その色で想像はつくが、その素材が何であるかは、もはや聞きたくはないと思う禪である。
禪は、いささか同情の混じった眼差しをレイに向けた。ここまで目立たないように、必死になって普通のCランク冒険者をしてきたというのに、それを易々とぶち壊していこうとする恋人を持つというのは、哀れである。いや、婚約者ではあるが、恋人ではないのか。何というか、色々難儀だな、と禪は息を吐いた。
そうしている間に、ああでもない、こうでもない、と言い合っていた二人は、ゼドがその美しい剣を、今レイが腰に装備している剣と同じ見た目に偽装させることで話はついたようだ。すげぇキレイな剣なのに、もったいねェな、なんて。禪はもはや他人事のような気持ちで、そのやり取りをぼんやりと眺めていた。リリスはもはや蚊帳の外過ぎて、ウトウトしている。
見た目にはCランク相当の地味になった、偽装された剣を渋々装備したレイは、立ち上がったゼドを見上げた。
「本当に、明日になったら移動しても問題ないのか?」
「あぁ。言っていなかったか? レイラは我と契約したことで、我の気配が薄く纏わりついておるのでな、どこにいても我にはわかるのよ」
「…………」
「……? そういうことかァ!」
ゼドの言うことに首を傾げながらも頷いたレイに対し、何かに気付いた禪は急に立ち上がると、一人で勝手に納得し始めた。リリスは禪が立ち上がった衝撃で、ビクッと目が覚めたようである。
「……何がそういうことなんだ?」
あまりにも禪が不可解なので、レイは首を傾げつつ、禪に問うた。
「いやァ。出会った時から、レイから妙な気配がすると思ってたンだよなァ~」
「ほう」
禪の言葉を聞いて首を傾げたレイに対して、ゼドは感心したように禪の顔をマジマジと見つめた。その視線に、禪は若干気まずく思いながら頬を掻きつつ、レイに対して言い訳まがいの説明を始めた。
「いやァ。俺が二人に同行するって言った時、レイは俺のことを不審に思っていただろォ?」
「ソロのSランクが、特に理由もなくCとEランクの冒険者に同行すると言い出したら、誰でも不審に思うだろう。何なら今も思っているが?」
「いや、まァ。それは分かってたンだがなァ。俺って勘がイイっつーか、感覚が鋭いンだよなァ。ンで、出会った時から、レイからは薄っすらと妙な気配がすンな、って思ってた訳だ。俺も確証がなかったンだけどよ、一応Sランクとしては、そういったモノは見逃さないようにしている訳」
「なるほど……。そんなことで同行を? まぁ構わないが、それで? 何かわかったのか?」
「まァ、俺は俺の勘を信じてンだよ。で、だ。薄っすらだから今の今まで気付かなかった俺も俺だが、ソレって、旦那の気配じゃねェかァ!」
つまり、レイは婚約契約を結んだことで、ゼドからどこにいてもわかる
「ふむ。よく気付いたな。普通は気付かぬはずだが」
「俺は人より感覚が鋭いっての。てかアレだな、レイの何となく近づきにくい雰囲気って、本人の無表情とか顔もあるが、その旦那の気配のせいじゃねェの?」
禪が言ったことに対して、ゼドは言葉を返さず鼻で笑って返した。その態度で何かに気付いた禪は、若干引いた。それを見てもゼドは何も言わず、レイに朝になっても戻らなければ結界の解除を頼んで、どこかへ移転していった。
「……恋愛感情はなくても、
「?」
鼻で笑われた禪は、ゼドの気配が完全に消えるのを待ってから、誰にも聞こえないように小さく呟いた。それを横にいたリリスが、聞こえないながらも不思議そうに見上げる。禪はそんなリリスに気づいて、その小さな頭を優しく撫でて、心を落ち着かせた。
「さて、旦那もいなくなったことだし、色々聞いてイイかァ?」
ニヤリと笑った表情の割に、真剣な光を宿した琥珀色の目に射竦められたレイは、面倒だ、という心情を隠しもせず、それでも頷いたのであった。
今晩も長くなりそうな夜を思って、レイは知らず満天の星空を仰ぎ見た。
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