第114話 ゼドと野営(3)

 肉と野菜だけでは、夕食としては流石に寂しいだろうか。リリスが聞けば、精一杯首を振って否定するであろうことを、レイはふと考えた。今日はスープも作っていないし、購入しておいたパンは在庫が心もとない。出来れば残り少ないパンは、明日の朝食に使いたいのだ。


 レイは何かないかな、と自分の鞄を覗き込んだ――ら、鞄の中のと目が合った。それはぴょーんと、軽やかに鞄から飛び出し、レイの膝の上に収まる。久々の神獣様である。

 ここのところ、鞄に呼び掛けても出てくる気配がなかったので心配していたが、元気そうでホッとする。きっと神獣様にも自分には考えもつかないような、何かがあるのだろう。そう思いながら、久々に感じる至福の毛並みをそっとその手で撫でた。相変わらずの素晴らしい肌触りである。


 しかし、自分は料理をしなければならない。先ほどから神獣様に強く出られないリリスが、恨めし気な目をしてヨダレを垂らしながらこちらを凝視しているし、禪はそんなリリスに苦笑いをしながら、どうにかしろ、と目線で訴えてきている。困ったな、と思ったところで、隣から白い大きな手が伸びてきて、神獣様の後ろ首をムンズッと掴み上げた。


「なんだ。そなた、こんな所で何をしておる」


 そう言って、ゼドは自分と目線を合わせるように、神獣様をプラーンと持ち上げた。神獣様は鼻の頭と眉間に皺を寄せて、いかにも不快です、と言わんばかりの表情であるが、神獣様はひとまずゼドに任せることにして、レイは残った調理に取りかかった。


***


「ぅんま~~い!」


 ゼドの張った結界の中で、リリスは思う存分雄たけびをあげた。その新緑の瞳はキラキラと輝き、頬は高揚している。リリスは先ほどから、レイが多めに焼いた赤馬のステーキに齧り付いている。噛めば肉汁が溢れてきて柔らかく、肉!という感じであるが、意外とあっさりとしていてしつこくない。これならいくらでも食べられそうである。


「こっちの焼いた麺もうめェ。腹にたまるのもイイよなァ!」


 禪が絶賛している追加で作った一品は、角麦という穀物から作られた麺を用いた焼きそばである。以前、この麺を使った料理が美味い料理屋に出会い、そこで融通してもらっていたものが残っていたのだ。

 あの料理屋は今も繁盛しているだろうか、きっとしているだろうな、と想いを馳せた。確かあの店はドゴス帝国内にあったはずである。近くに寄ることがあれば、また食べに行こう。そんなことを考えながら、レイもそのモチモチとした太麺を口に運ぶ。


 ちなみに神獣様はいつもの迷宮産の野菜を皿に盛ってやったら、自分でポリポリと食べ進めている。

 そうして思い思いに食事を進めていると、思い出したように禪が口を開いた。


「あ、聞くの忘れてたが、旦那は何か証明証の類は持ってンのかァ?」


 相変わらず、ゼドに直接聞かずにレイに尋ねてくる禪である。それに対して、レイは首を傾げた。レイがゼドと一緒にいた一年間は、魔の森から出ることが無かったので、そういったことを確認する必要がなかったのだ。だが、これから旅を共にするなら、証明証は必要だろう。毎回国境や町の検問で足止めされたり、金銭を支払うのも手間だ。


 冒険者ギルドで新しくギルド証を作成することは簡単だが、その実力や正体を知っているレイや禪からすれば、こんな規格外をFランクで登録させるのも微妙な気持ちになる。Fランクで登録したところでゼドは何とも思わないだろうが、きっと、ランクを上げるということにも興味がないだろう。冒険者ランクFランクの神、とかなんだか微妙である。

 ここは、長く生きているゼドが何かしらの有用な証明証を所持していることを期待して、レイは口を開いた。


「ゼド、人の社会で使えそうな身を保証する物を何か所持していたりするか?」


 ゼドはゆるりと瞬きをレイに返すと、その手を空中に彷徨わせる。その指先が触れる辺りの空間が少しずつ裂けていき、出来たにその手を突っ込むと、ゼドは何やらゴソゴソとその空中に裂けた空間を漁り始めた。


「オイィィ!?」

「禪、いちいち騒ぐな。これは神だぞ」

「レイラ、我は神ではない」

「はいはい」


 突然、何もない目の前の空間に亀裂を入れ、そこに手を突っ込んだゼドを見て、思わず立ち上がって叫んだ禪に対して、レイは冷静に突っ込みを入れた。レイにとっては見慣れたものだ。驚くのはわかるが、いちいち騒がれていては気が休まらない。ちなみにリリスは、肉に夢中で全くこちらを見ていなかった。


「レイラ。これは使えるか?」


 何かそれらしいものが見つかったらしい。ゼドはその空間から何かを取り出すと、それをレイに手渡した。レイは手元に来たそれを、観察する。一見、普通の証明証のようである。冒険者ギルドの証明証のようなカード型であるが、裏側には発行国の刻印がなされている。

 パッと見は、国に仕える者達――例えば、貴族や騎士、官僚など――が所持する証明証に見えなくはない。が、それを細部まで見るまでもなく、レイはこれがその辺でおいそれと使用できない代物であると気付いていた。


「ゼド。これは使えない。いや、正しくは、使うとそこかしこで騒ぎになるから使わない方がいい」

「そうか。残念だ。他も探してみよう」

「何が駄目なンだァ?」


 レイの言葉を受けて、すぐさままた空間のに手を突っ込んだゼドとは違い、少し離れた位置にいてレイの手元が見えない禪は、その証明証に見えるソレの何が駄目なのか、レイに問いかけた。


「まず、素材が金。次に宝石に彩られた裏の刻印が、竜王国。これだけでも目立つが、証明証に記載されているゼドの肩書が『竜王国 天帝』となっている。恐らく、これは竜王国の神殿かどこかでゼドに捧げられたものなのじゃないか?」

「さすが、レイラ。よくわかったな」

「…………」


 レイの推測に無表情で返すゼド。禪はと言えば、あまりのことに言葉が出てこず、絶句するしかなかった。

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