第110話 この先の旅路もきっと

 結局、エルフの里に滞在するのは、わずか五日ほどとなった。せっかくの里帰りなのだから、もう少しゆっくりしたらどうか、とリリスには言ったのだが、当の本人が早々に飽きてしまったらしい。曰く、「小さな村だからすることが無い!」だそうだ。


 滞在中にしていた事といえば、リリスは調薬をしたり、兄にかまわれたり、兄にかまわれたりしていた。家の手伝いや、オババ様の所へ顔を出したりしていたようだが、そのほとんどを兄にへばりつかれていたリリスは、少しわずらわしそうな顔をしていた。


 同じくリリスの家に滞在していたレイや禪は、武器の手入れをしたり、村人の狩りについて行ったり、村の依頼を受けたりしていた。と言うのも、この村への出入りが特殊な為、狩りに出るにも村人の誰かの付き添いが必要であったからである。


 一方、ゼドはふらりとオババ様の所へ顔を出したかと思えば、姿を消すこともあり、一人でウロウロしていたようである。

 そんな挙動不審なゼドが、村人から怪しまれていないかと不安になってレイが尋ねると、リリスの父親からは「そもそも悪い人は、この村に足を踏み入れることは出来ないんだよねぇ」とほのぼのと答えられた。


 聞くところによると、リリスの歌で移転した先のやたらと緑の生い茂った鬱蒼とした森は、不届き者が侵入してくるとたちどころに牙を剥き、その者を跡形もなく飲み込んでしまう、なんとも恐ろしい森であった。


 何故一度あのような、生き物の気配のない森を通過しなければならないのか、と疑問に思っていたが、どうやらあの森自体が門番の役割を果たしていると聞き、レイは背中が冷たくなる思いをした。知らないというのは、幸せなことだ。


 話を聞けばなるほど、この村の守りは相当固いようだ。それは、そのままこの村の長老であるオババ様の「ここのエルフを守りたい」という強い想いに直結している。


 エルフの村でのんびりと過ごす中で、レイはひとり、考えに耽った。自分は世界をフラフラと渡り歩いているが、見ている世界は狭いように思う。

 もちろん各地で知り合った人は数多くいるが、今自分が見ているのはせいぜい目の前のリリスや禪、ゼドだけだ。助けが必要かどうかはともかく、目の前の三人を守るだけならば、自分はおそらく出来るだろう、と考える。


 だが、自分の婚約相手は天竜である。天竜の役目が何かは、ハッキリとしていないが、天竜は天と竜の管理者だ。つまり、この世界をあまねく見ている訳である。


(そんなことの一端を、私が担えるのか?)


 レイは首を傾げた。どう考えても、ただの人である自分には無理である。いや、そもそも、自分にそのようなことが求められているのか? 見ていれば、ゼドは神とは思えぬほどに随分と自由に振る舞っているように見える。いつその役目を果たしているのだろうか?


(ま、今考えてもどうしようもないか。そうこうしているうちに、ゼドも飽きるかもしれないしな)


 レイはまたもや考えることが面倒になり、その問題を棚上げした。ちょうどそのタイミングで、廊下をパタパタと駆けてくる音が聞こえてくる。


「あ、レイここにいた〜!」

「リリス、どうした?」

「もうお兄ちゃんが鬱陶しくてー!」

「まぁ、リリスが出て行って寂しかったんだろう」

「それは分かるけど、流石にずっと張り付かれるのも考えものだよ〜」


 リリスはレイの滞在している部屋に駆け込んで来るなり、床に倒れ伏した。窓から入ってくる心地の良い風が、レイの銀髪とリリスの蜂蜜色の髪をそよそよと撫でる。


「禪とのことは認めて貰えたのか?」

「うん。それは大丈夫! 両親は初めから歓迎してたし、お兄ちゃんは最初はイヤだって言ってたけど、誰のせいで婚約破棄されたと思ってるのって言ったら、半泣きで認めてたから!」

「それは……」


 先日、アレンからその辺りの事情も聞いているだけに、それは少し可哀想なのでは、と思ってしまい、思わずレイは口を濁していまう。まぁでも、それはそれで本人たちが良いのであれば、レイが口を出すことではないだろう。


「元許嫁とも話は出来たのか?」

「あ、キールね。うん! 初日の夜に話したよ。そっちはもう全然平気。元々私たちって、姉弟みたいな関係だったなぁって思い出して、もうどうでもいいかなぁって思っちゃったんだ」

「そうか」


 レイは自分でも気付かぬくらい、淡く微笑んだ。それを見たリリスは、ニヤけそうになる口元を必死で引き結んで、変な顔になる。


 最近、自分では気付いていないようだが、レイの表情が柔らかくなった。それが自分に心を許してくれているようで、リリスの胸はムズムズするのだ。でも、まだ本人には言わない。また無表情に戻ってしまうと寂しいからだ。


「レイ、ここまでついて来てくれてありがとう。自分の才能に向き合えたのも、お兄ちゃんと向き合えたのも、キールと素直に話が出来たのも、全部全部、レイのおかげだよ」

「そんなことはない。向き合ったのは、リリス自身だ」

「んふふ。ありがとう、レイ」


 ご機嫌に笑うリリスの蜂蜜色の頭を、レイはゆっくりと撫でた。リリスは、頭を撫でられながら、自分に姉がいたらこんな感じかなぁと、その幸せを噛み締めながら、ぐふふ、と変な笑い声をあげた。


「ねえ、レイ! この村を出たら、今度は何処に行く!?」

「そうだな。禪とゼドとも話をする必要はあるが、リリスは何処に行きたい?」

「えーっとね、美味しいものが食べられそうなところがいいな!」


 二人はあれやこれやと言いながら、これからも続くであろう楽しい旅路に想いを馳せる。仲間がいれば、何処へ行ってもきっと楽しい。





 そんな楽しげな二人の様子を、物陰から悔しげにアレンが見つめていたが、レイは見ていないフリをして乗り切ったのだった。

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