第107話 リリスと家族(2)

 パチパチと火の小さく爆ぜる音に混じって、まれに大きくパァンと薪の爆ぜる音が広場に響く。

 日はとっくに沈んでいるが、いつもはひっそりと静まった村の中心は、今日に限ってはその面影もなく、人々の話声や酔っ払いの豪快な笑い声、音楽を奏でる弦楽器の楽しげな音色に、それに合わせて踊る人々の軽快な足音などでざわめいている。


 広場の中央では火が焚かれ、肉の焼けるいい匂いが漂っている。その肉は禪の狩った獲物であり、村人に広く振る舞われ、村人も村人で各々食材や料理、酒などを持ち寄って、ワイワイと楽しく交流を図っている。レイも酒や果物などを提供して、大いに喜ばれた。言うなれば、これはレイ達の歓迎会である。


 レイは広場の中央で楽しそうに人に囲まれるリリスと禪を眺めながら、広場の隅に腰掛けていた。もちろん隣にはゼドが座っていて、しっかりとレイの腰に手を回している。


 レイは先程村人から受け取った、赤牛の串焼きを口に運んだ。赤身でありながら、しっとりジューシーな赤牛の肉は、噛むとじゅわりと肉汁が溢れ出し、噛めば噛むほど口の中に旨味が広がる。


「……美味いな」

「どれ、我にもおくれ」


 そう言って口を開く美丈夫に、レイは「やれやれ」と思いながら、残りをその口に突っ込んでやった。

 実はゼドの分もちゃんとあるのだ。レイは手をつけてないそれを手に取って、もきゅもきゅと食べ始めた。ゼドはそれを見ても文句を言わず、口に突き立てられた串を持って、自分で食べ始める。


「……確かに。美味いな」

「だろう」


 そんな二人は、遠巻きにされながらもかなりの注目を集めていた。

 実は、村から滅多に出ないエルフ達は、めちゃくちゃ暇と好奇心を持て余している。そんな中にやってきた客人である。好奇心旺盛な村人はもう、話しかけたくて話しかけたくてうずうずしていた。


 だが、二人とも無表情な美形な上に、無自覚にいちゃつくものだから、どうにも近寄り難い。村人たちは、遠巻きにしながらもチラチラと話しかける隙を伺っていた。そんな二人の元に、無謀にものっそりと近づく影があった。


「あなたがぁレイさん、ですかぁ!」


 リリスの兄であるアレンである。見ればアレンの顔は真っ赤に染まり、足腰には力が入っていない。アレンは、かなり酔っ払っていた。極め付けには、号泣している。


 人が近付いてきていたのは気付いていたが、急に大声で話しかけられたものだから、レイは牛串を手に持ったまま僅かにビクッとしてしまった。そんなレイを驚かせた人物を、ゼドは無意識で睨みつけたが、その視線に気付かないアレンはそのままレイの隣にどかっと腰掛ける。

 

(なんだか、これと似たような状況を前に見たことがあるぞ……)


 それもそのはず、この状況は、レイが初めてリリスに果実酒を飲ませた時とよく似ていた。


「レイさぁん! 聞いて下さいよぉ! 僕の可愛い可愛い妹がぁ、反抗期なんですぅ……!」


(これが似たもの兄妹ということか……。いや、リリスの兄とは初対面なんだが?!)


 この酔っ払いをどうしろと!? という表情で見上げたゼドの顔には、「そんな奴放っておけ」と書いてあった。


「いや、リリスからは、自慢の兄だと聞いているが……」

「ほんとぉですがぁ!? リリスがそんなことを?!」


 仕方がないので、アレンが手に握っていた酒の代わりに、鞄から取り出した果実水を握らせ、レイは適当に相手をすることにした。なんだかんだ、面倒見の良いレイである。ゼドは、そんなレイを呆れた顔で見ていた。その顔には、ハッキリと「放っておけばいいものを……」と書いてあるが、気にしない。


「あぁ。なんでも出来る、自慢の兄だと言っていた。村を飛び出した時も、兄を嫌いになりたくなかったからだと聞いている」

「うぅっ……。リリス……。僕が至らないばかりにぃ……」


 何故かわからないが、アレンは本格的に泣き始めた。普通に困る。いよいよ、どうすればいいのか分からない。こう言ってはなんだが、せっかくの美男子が、台無しである。

 

「その、言いたくなければ聞かないが、あなたは何故女装を? 今はそのようなことはされていないようだが、そのせいで、リリスの許嫁があなたに惚れ込んで、リリスは村を飛び出したと聞きましたが?」

「うぅっ……。ぼ、僕のせいで……。ぼ、僕が悪いんです。リリスは覚えてないようですが、リリスが小さい頃、近所に仲のいい姉妹がいて、よく遊んでもらっていたんです。で、ある時家に帰って来て、『私もお兄ちゃんだけじゃなくて、お姉ちゃんも欲しい!』って言ったんです。だ、だから僕、リリスの姉にもなろうって。うぅ……。そ、それが、リリスの家出の理由になるなんて、思わなかったんですぅ……ぐすっ」

「そ、それは何というか……」


 妹想ブラコンいの手前、口には出せないが、それはどう考えてもリリスが悪くないか? と思うレイである。いや、強いて言えば、リリスに甘いこの人にも問題はあるのかもしれないが、アレンもリリスの元許嫁が自分に惚れるとは思っていなかったのだろう。変にこじれてしまったようだが、結局、誰が悪いと言うことでもないのかもしれない。


 目線をアレンから正面に戻すと、リリスは未だ中央で禪と共に幸せそうに笑っている。


「私は詳しくは知らないが、リリスの家出の理由は色々な要因があったかもしれない。リリスもあなたも、リリスの元許嫁も色々悩んで辛かったかもしれないが、リリスは今、幸せそうに笑っているだろう。だから、結果的には良かったのでは無いだろうか。出来るなら、過去では無く、リリスのこれからの幸せを見守ってやって欲しい」


 そう言ったレイの視線の先を巡ったアレンの濡れた新緑の瞳には、幸せそうに笑うリリスと禪の姿が映っていた。

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