第106話 リリスと家族(1)

「あ、レイ! こっちこっち!」


 リリスの明るい声が、広場に響く。手招きするリリスに答えて、レイ達はお土産を囲むエルフ達の輪に加わった。


「こりゃあまた、すげぇ大物だな〜」

「傷もほぼねぇ。鬼の兄さん、えれェ腕がいいじゃねェか!」

「鬼人の兄さん、リリスの恋人なんだろ? リリスはいい男を捕まえたナァ! 食うに困らねぇのが一番安泰だよナァ! ワッハッハ」

「ちょっと。ちょっと皆さん勝手なこと言わないで下さいよ。リリスはまだ嫁には出しませんよ!」

「アレンよぉ、お前さん、まぁだ、妹離れできてねぇのかい? ちゃんと認めてやらねぇと、今度こそ『お兄ちゃんなんて大嫌い!』っつて、嫌われるんじゃねぇかぁ?」

「ワッハッハ! ちげぇねぇな!」


 比較的力自慢のエルフの男たちが、ワイワイと騒ぎながら、土産の魔獣を捌いていく。禪が土産として出したのは、赤鹿と赤牛のようである。村への土産として一頭ずつ出したようだが、赤魔物くらいになるとそれなりにデカい。ちょうど今朝、禪が張り切って森で倒した魔獣だ。


「ふむ。私も土産に青牛と赤狐を狩ったが、これでは見劣りしてしまうな」

「私だって、せっかくのごちそうに緑豚を狩ったのに、こんなの出されたら出せないよー」


 レイが目の前の光景を眺めながら、ポツリと呟くと、隣にやって来ていたリリスが、大袈裟に自分の獲物のランクを嘆いた。


「なんだ、嬢ちゃんたちも土産を持ってきてくれたのか! そりゃあ、ありがてぇな! 今日はこの鬼人の旦那の土産だけで、村人全員は十分に賄える。リリスたちの土産は、明日以降に家族と一緒に食べりゃあいい。今日は祭りだぜ!」

「そうだなぁ。このデケェやつを捌くだけで、日が落ちちまうわなぁ!」


 確かに。レイは夕暮れの近い空を見上げた。空を見上げてもこの村の場所は皆目見当もつかないが、いつものように空は茜色に染まり始めている。


「リリス、緑豚なんて狩れるようになったのかい!? すごいじゃないか!」

「お兄ちゃん、後でゆっくり話すから、その大きな刃物を持って、血みどろのままこっちに来ようとしないで」

「リリス! いつからそんな冷たくなったんだい!? 村にいる時は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って言ってくれていたじゃないか!」

「アレン、だからお前もいい加減、妹離れしろっての」

「ワッハッハ! そうだぞ、アレン」


 先ほどからちょくちょく発言が気になっていたが、男衆の中にリリスの兄であるアレンも紛れていたようである。リリスの話から、そうではないかと薄々感じていたが、アレンはやはり妹想シスコンいのようだ。


「禪、あれは手強そうだぞ」

「いやァ、まぁ。いきなり結婚て、訳ではねぇけど、お付き合いは許してもらわねェとなァ。土産は喜んでもらえたようだし、とりあえず筋は通すゼ」

「いくらお兄ちゃんに反対されたって、私が許可をもぎ取りに行きます!」


 後ろでコソコソやり取りをしていたレイと禪に振り向いて、リリスは両手をぎゅっと握りしめた。


「あァ。いざとなったら、頼むなァ」


 そう言って、禪は優しくリリスの小さな頭をポンポンと撫でた後、解体中の男達の方へ歩いて行った。


 どうやから客人ということで一度断られたようだが、日が暮れそうなので、解体を手伝うことにしたらしい。自分の鞄から取り出した解体ナイフで、サクサクと解体を進めて行く。

 さすがSランク。解体の腕前も見事なもので、男たちの間からは「おおぉぉ」という雄叫びがあがっている。


「……師匠が、カッコ良すぎる」


 そこは恋人と言ってやれ、と思ったレイである。

 頭を抑えながら頬を染めて、そんなことを言うリリスに目ざとく気付いたアレンが、「グギギギギ」と唇を噛み締めて、悔しそうにしていた気がしたが、レイは気付かないふりをした。

 黙っていれば、アレンも絶世の美男子なのだが、どうにも言動に残念さが漂う。やはり、これは血筋なのだろうか? なんだか面白い家族だな、とレイは忍び笑った。


「あら? 結局手伝わせちゃったのね」

「あ! お母さん、お父さん!」


 後ろから聞こえてきた声に振り向くと、そこにはアレンによく似た女性と、リリスの面影のある男性が立っていた。どうやらこの二人がリリスの両親のようだ。……と言っても、この両親、見た目がめちゃくちゃ若いので、正直、全員兄妹にしか見えないのだが。


「この辺ではあんな大物はれないからなぁ。解体まで手伝って貰うとは、申し訳ない」

「ゼン師匠は、とってもかっこいいし、優しいし、強いんだよ!」


 リリスはここぞとばかりに、恋人自慢という名のアピールを始めた。


「あらあら。リリスってば、ああいう人が好みだったのねぇ」

「うん! 村を出るまで、私も気付いてなかったけど、そうみたい! 筋肉がね、すごいの!」

「そうか。父さんは心配していたが、リリスが元気そうで安心したよ」

「えへへ。あ、でもね。ゼン師匠に出会えたのも、緑豚を狩れるようになったのも、村に帰る気持ちになったのも、全部、ここにいるレイのおかげなんだよ!」


 リリスはそう言って、レイの腕を取った。成り行きを見守っていたとは言え、いきなり腕を取られたレイは慌ててリリスの両親に向かってペコリと頭を下げた。ついでに、「冒険者のレイです」と名乗っておく。それを見ていたリリスはニコニコとしながら、両親に向かって口を開いた。


「レイはこの通り、無表情な事がほとんどだし、口数は少ないけど、とっても親切で優しいの! 困ってた私を助けてくれたのもレイだの! あ、こちらはレイの恋人のゼドさん」

「ゼドと言う」


 頭を下げる訳でもなく、口を動かすだけでそう言った無表情のゼドに対して、リリスの両親は何か感じるものがあったが、それをおくびにも出さず、ニコリと微笑んだ。

 後で、あの美丈夫は何者だとこっそりと聞こう、と思いながら。

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