第105話 オババ様とエルフ(2)

 守り神の声は優しい。その優しく落ち着いた声を聴いていると、娘は自然と落ち着く気持ちになるのだ。事態はひっ迫しているが、娘は少しだけ冷静になった頭で、守り神にその方法を問うた。


 守り神はその方法を娘に教えた。だが最後に『それは、巫女と呼ばれるお前が代償となる必要がある。私としては、あまりお勧めできないよ』と、優しい声で添えた。娘は言った。「でも、それしか皆を助ける方法はないのでしょう?」と。その問いに、守り神は、己の枝葉を揺らすことで答えた。


 娘の心は決まっていた。迷いなどなど、全く感じなかった――。



***


「この方は、とても優しいのですよ」


 そう言って、老婆は自分を包み込むように存在する木肌を撫でた。レイたちが居るこの小屋の入口から反対側には小屋としての壁がない。いや、巨木がその壁の役割を果たしている、と言えばいいだろうか。背面の樹そのものが壁になっているのだ。木の側面に張り付くように、建てられた小屋は、本当に樹に張り付ている。


「そうして、そなたはその巨木と融合したのか?」

「えぇ。私はこの守り神様に取り込まれ、そうして、私はここのエルフたちを守る力を手に入れました」

「なるほど、長く生きた守り神と崇められた巨木と、代償としての巫女か……。よく、世界に認められたな?」

「それは、私にはわかりません。その代わり、私の力はここのエルフたちを守ることにしか使えませんし、ここから動くこともできません。そしてエルフとして、死ぬことも――」


 長老がそう言うと、慰めるように後方の樹から枝葉が伸びてきて、長老の頬に擦りついた。


「ふふふ。慰めてくれているのですか。あなたは本当に優しいですね。大丈夫ですよ。エルフたちの成長を見届けることが私の楽しみですし、私はあなたと結婚したようなものでしょう? 私はそれが嬉しいのです」


 どうやら、いちゃついているらしい。気付けば、目の前は老婆の姿は年若いエルフの姿に変わっていて、レイは目を見開いた。


「ふふふ。この姿は秘密ですよ? 長老は、老婆姿の方が威厳がありますからね」


 そう言って人差し指を口元に立てて笑った少女は、それはそれは艶やかに笑った。なんだか色々と疲れたレイである。


「ふむ。そなたらはここのエルフたち限定とはいえ、巨木と娘の二柱で一つの管理者となっているのか。なかなか興味深いな。いや、世界が認めているなら、我に言うことはない」


 つまりこのオババ様は、神になりかけている……ということである。ゼドは管理者は神ではない、と言うが、レイたち人からすれば神である。

 リリスの里帰りについてきて、このような話を聞く羽目になるとは思ってもいなかったレイである。話が高次元過ぎて、ついていけない、とも思う。


 だが、色々と分かったこともある。リリスの身に着けていた隠蔽用の耳飾りや、防具を作ったのもオババ様が作ったと聞いていたし、ここへ移転してきたあのよくわからない移転方法も、この村の存在自体も、恐らく全てはこの目の前のエルフの力なのだ。

 ここのエルフを守るためにしか使えない、とは言うが、その能力の幅は広い。そこはさすが神、と言えるのではないだろうか。


「レイラ、そなた。自分は関係ないといった顔をしておるが、我と婚姻契約を結べば、この娘と巨木のように、我ら二柱で一柱の管理者となるのだぞ」

「……は!?」

「あらあら。気付いておいででなかったのね」

「それもあって、このような話をしてくれたのであろう? 感謝する」

「……は!?」


 混乱するレイを置いて、年寄り二人は茶でも啜りそうな雰囲気を醸し出している。あいにくと、オババ様の本体は樹なので、茶を出すことも飲むことも出来ないらしい。オババ様は本当に「ここの村のエルフを守る」こと以外は何も出来ないそうだ。それはそれで不便だな、と思うが、やむにやまれぬ事情があったことを知ってしまうと、どうしようもなかったのだろうと思う。まぁ、本人が幸せそうなことが唯一の救いだろうか。

 

「まぁ、久しぶりに色々お話が出来て楽しかったわ。この村は貴方がたを歓迎します。天竜様なら一度認識されたらいつでもここへ来られるでしょうし、この村を離れてもまたいつでも遊びに来てくださいね」


 そう言って、ニコニコ笑うエルフの美少女に見送られたレイとゼドは、案内役として放たれた蝶を追って、村の中を歩いている。この蝶はオババ様の魔法で、リリスの元まで案内してくれるらしい。リリスの家がどこか聞いていなかったので、助かった。ちなみに、この蝶は村を偵察用として方々に放たれている。

 それはともかく、レイは色々とぐったりしていた。


「ゼド。我々は、もう少し話し合いをした方がいいのではないか?」

「まぁ、そう難しく考えるな。話は追々するつもりだ。ほら、ついたぞ」



 ゼドが指差す先には、小さな広場で禪の狩った土産の獲物に小躍りするエルフの村人たちがいた。その中心で、リリスは涎を垂らしている。

 レイは疲れた頭で、こいつら旨い肉で簡単に釣れそうだな、と思ったことは内緒である。

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