第104話 オババ様とエルフ(1)

「……なるほど。そなた、我々と同列になりかけているな」


 薄暗く狭い空間には、天井から降り注ぐ光の中で舞うホコリが、キラリキラリと漂っている。ここまで口を開くことなく、何やら考え込んでいたゼドが口を開いた。


「元はただのエルフか。その後ろの魔力を纏った巨木と融合したか? どちらにせよ代償が必要だが、随分と危険なことをする」

「さすが天竜様。私も天竜様に隠し立て出来るとは思っておりません。これも天のお導きなのでしょう」

「天の導きとは、皮肉なことを言う。我はそのようなことには関わっておらん。だが、そなたがそのように成ったということは、が認めたのだろう」

「そうだといいのですが。私には確かめる術はありません。私の代償は『寿命』と『移動の制限』です。私はこの樹と融合することで、ここのエルフたちを守る術を得、そして人としての生を失いました」


 長老の言葉に、ゼドは一つ頷いた。


「ここのエルフたちの、管理者になったのだな」

「はい。話せば長くなるのですが――」



 こうしてレイとゼドは、目の前の長老からここのエルフたちの長い長い歴史を聞かされることとなったのである。


***


 もうどれ程前だったかも分からなくなるほど、遠い昔、オババ様はそこそこの規模のエルフの村の村長の娘であった。その頃は、エルフも他の種族同様に特に隠れることもなく普通の森で暮らし、森と共に生きていた。人間の町ではなく、森で暮らすのは、もはやエルフという種族の特性と言ってもいい。エルフは、森の中にいる方が落ち着くのだ。


 とはいえ人間の町とも交易があったし、普通に人間もエルフもその他の種族も、お互いの町や村を行き来していた。その頃は、度々魔獣の襲撃などはあったものの、穏やかな暮らしだったように思う。


 だが、人間とエルフは寿命が違う。次第に人は、いつまで経っても若く、美しいエルフ達に嫉妬するようになった。それと同時に、国中で美しいエルフを狩って、奴隷にする動きが高位貴族の間で高まった。


 何が原因だったかわからない。それは、美しいエルフに対する妬みだったのかもしれないし、自分たちは他の種族より優れていると思い誤った人間たちの驕りだったのかもしれない。それは人間の貴族の中で急激な流行となり、他種族の奴隷を持つことはステータスとなった。その中でも美しいエルフの奴隷を所持することは、最高のステータスとなったらしい。


 エルフとて、森の民だ。普段から魔獣狩りを生業とし、一人ひとりの能力は決して人間に劣る訳ではなかった。だが、エルフは長命種故に圧倒的に数が少ない。それに、人間は悪いことに知恵が回る生き物である。


 まず初めに弱いエルフの子どもが狙われた。エルフの子どもは好奇心が人一倍旺盛である。人間の子どもを使って、森から誘い出すことなんて恐ろしいほどに簡単であった。今度はその子を使って、森から親を誘い出す。

 森から出たエルフなど、大勢の人間の前に無力である。村からエルフがひとり減り、ふたり減り、気付けば村の約半数が連れ去られていた。エルフも戦った。だが、圧倒的数的有利の前に、勝ち目が無いのは歴然としていた。




 そんな村の村長の娘であったオババ様は、戦う力こそ持たないが、特殊な才能を持っていた。それは、草木の声を聴くことができる、という才能である。村の者が連れ去られたと気付いたのも、この能力のおかげであった。人間にとっては大したことない能力であろうが、森と共に生きるエルフの村では大変重宝された。


 その村には大きな巨木が一本、立っていた。その巨木はエルフの暮らす森の守り神であった。この樹の周りに、エルフたちは村を作ったのだ。


 娘は毎日草木の声を聴いたが、その中でもこの守り神のことが、大好きだった。巨木ということは、それだけ長く生きているということである。娘は毎日その巨木の元へ向かい、話をした。

 守り神は長く生きている分、とても物知りであった。毎日のように守り神の元へ通い、会話をする娘が、その巫女と呼ばれるまでそれほど時間はかからなかった。




 エルフの村から、奴隷として約半数が連れ去られた頃、とうとう村の周囲の森に火が放たれた。それが、人間たちの罠であることは明らかであった。一か所だけ、不自然に火の壁に穴が開いていたのだ。

 人間たちはとうとう欲を出し、エルフを一人ずつ誘き出して連れ去るのではなく、一気に捕まえてしまおうと考えたらしい。火の周囲には、恐ろしく多くの人間が集まっていた。目の前の火を消したところで、逃げることが叶わないことは明らかであった。


 残されたエルフたちの中で、誰かが叫んだ。「奴隷となるくらいならばここで焼け死んでやろう」と。残された村人は結束し、皆、決意に満ちた顔をしていた。

 巫女である娘は、そんな状況が恐ろしかった。残酷なことを考える人間も、仲間である村人を失ってしまうことも。己の死が、仲間の死が、すぐそこまで迫っていた。


 娘は村の中を走った。向かう先は毎日訪れていた、あの守り神の元である。それに気付いた村人も、一人残らず娘を追いかけた。どうせ死ぬのならば、守り神の元で。と考えたのか、守り神と共に。と考えたのか、それはわからない。


 しかし、娘は違った。守り神はとても物知りなのだ。娘はどうしてもみんなを助けたかった。守り神の元へ必死に駆けた娘は、その根元に泣きながら縋りついた。「どうか、ここにいる者だけでも助けてください」「助ける方法を教えてください」と。



――守り神は、娘にだけ聞こえる声で『ひとつだけ、方法はある』と囁いた。

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