第103話 エルフの郷へ(3)
リリスの案内に従って、三人は物珍し気に辺りを観察しながらも、リリスがオババ様と呼ぶ長老の元へ足を進めた。
エルフの村は、木で作られた簡素で素朴な家が多く、その多くが大きな木の根元に張り付くように建てられている。
小さな畑はあるものの、木々の邪魔をしないように木と一体となってひっそりと建つ小さな家々は、森と共に生きるエルフらしい、と言えるのかもしれない。村自体も開拓した、といった風ではなく、上手く森に埋没するように、調和するように集落が形成されているところは、森の民と言われるだけのことはある。
(緑が美しいな)
そんなことを考えていると、それほどもしないうちに集落の最奥にやってきた。元々が小さな集落である。
そこには、この小さな村を覆いつくすほどに枝を伸ばした、大きな大きな樹がそびえたっていた。相当古くからここに立っているのだろう、遠目から見てもその幹は固く凸凹と波打ち、威風堂々とした佇まいである。
「ついたよ!」
リリスがその樹に駆け寄って行くので、三人もそのままリリスについていく。樹が大きすぎて目に入らなかったが、よくよく見れば、その樹の根本に隠れるように、小さな家と呼べるのかも怪しい、小屋が建っているのが見えてきた。
「オババ様ー! リリス、ただいま帰りましたー!」
その小さな扉を勢いよく開け放ったリリスは、そのままの勢いで中へ転がり込んでいく。声が大きいので外まで丸聞こえである。
「この扉、禪やゼドがくぐっても壊れないだろうか?」
「「…………」」
近づいてみると、入口の扉はかなり小さい。細身のエルフやレイならば問題なく、潜り抜けられるが、大柄な禪は入るのに苦労しそうなほど小さな入口である。
入ってこない三人に焦れたのか、奥へ入っていたリリスが小さな扉からぴょこりと顔を出した。
「あれ? 三人ともどうしたの?」
「あぁ、いや、禪やゼドがこの扉を壊さないかと思ってな」
「肩がぶつかりそうだが、屈めばどうにか入れるかァ?」
そうは言っても、しきたりではここに居るという長老に挨拶しなければならない。禪は、大きな体をなんとか折り曲げて、その小屋に入ることに成功した。
「うぉッ。天井低ィなァ。床も抜けそうで怖ェ」
「あ、ゼン師匠。こっちに座ってください」
ゼドも無事に入口を潜ったことを確認して、レイも入室した。どうやらこの小屋にはこの一室しかないようだ。外から見た通り、本当にこじんまりとしている。
小屋の中は薄暗く、天井に一つだけ空いた小窓から漏れる光だけが部屋を照らしていた。
長老でありオババ様と呼ばれるその人は、その小さな部屋の奥、一段高くなったところにちょこんと座った、これまた小さな老婆であった。ニコニコとほほ笑む姿は、どことなく可愛らしくもある。
長老の前に並んで座った四人は、姿勢を正した。
「まぁまぁ。こんな大きなお客様が来ることなんて無いからねぇ~。狭いところでごめんなさいね」
「オババ様、紹介します。こちらが私のお世話になっているレイ、その婚約者のゼドさん、私の恋人になったゼン師匠です!」
リリスの紹介に合わせて、それぞれがペコリと頭を下げた。長老であるオババ様は、それをただニコニコと見守っている。
オババ様は、孫を慈しむような目でリリスを見つめ、リリスは少し気恥ずかしい気持ちで頬をかいた。それから、リリスはレイと出会った時のことや、その後の旅路、見たものおいしかったもの、出会った人々のことを元気よく報告した。
「まぁまぁ。リリスは随分とこのお客様たちにお世話になったのね」
「えへへ。そうなの! 特にレイにはとってもお世話になったんだよ。オババ様、三人をこの村にしばらく泊めてもいい?」
リリスの言葉に、長老は三人の顔を順番にじっくりと観察した後に、ニッコリ笑って頷いた。
「この子の親からもきっと感謝を伝えるでしょうけど、この村を守るものとしてもお礼を言わせてくださいね。この子をいつも助けてくれて、ありがとうございます。何もない村ですけど、どうぞゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます。リリスにも色々と助けられていますので」
エルフの村に滞在する許可を与える長老に対して、レイが代表して礼を返した。
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわね。ねぇリリス、御両親に恋人さんを紹介するのかしら?」
「はい! その予定です」
「あら。なら早い方がいいわね。私は少しレイさんに旅のお話を聞きたいから、先にその恋人さんを連れて行ってくれる?」
「ハイ! あ、そうだ。オババ様、私の防具の修理ってしてもらえる?」
「いいわよ。そこの籠に入れておいてくれるかしら?」
「は~い! では、ゼン師匠、行きましょう!」
「あ、あァ。じゃァ、先に失礼させてもらうぜェ」
禪がレイに目線を送ったので、レイはそれに頷きだけで返した。
リリスと禪が出て行った小屋では、オババ様とレイ、ゼドが向かい合って座っている。レイは姿勢を正して、この年齢不詳の長老に向き合うことにした。
この長老が言葉の通り、旅の話を聞きたい訳ではないことは気付いている。どうやら、リリスと禪には聞かせたくない話のようだ。
「……それで、私たちに何か話があるのでしょうか」
「あら、バレちゃってたのね」
半ば強引にリリスと禪を追い出した長老の言動のせいで、バレバレである。あれでは、禪も気が付いていたはずだ。だが、レイは何を言われるかわからず、首を傾げた。ゼドは、先ほどから一言も発することもせず、ただただそこに座っている。
長老は曲がっていた腰をしっかりと伸ばして、目の前の二人に相対した。その眼は、リリスと同じ新緑の光をたたえている。
「天竜様、婚約者様。ようこそエルフの里へおいでになりました」
そう言って微笑んだ薄暗い部屋に浮かぶ老婆の影は、老婆のようにも、年若い娘のようにも揺らいで見えた。
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